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君のツバサ  作者: 水無月
第七章
39/83

第7章-3

 悲鳴の後、教室は奇妙な静寂に満たされていた。

 犯人が全員動けなくなった事への安堵はなく、恐怖や驚きに満ちた眼差しが空に向けられたいた。

「いっ…いってぇぇ」

 血の臭いに頭がくらっとし思考が鈍くなっていたが、私は呻くようなその声にはっと我に返る。 

 床に倒れた青年は、肩口を押さえて苦しそうに顔をゆがめていた。

 生きている。

 その事にほっとする。

「いてぇよ…ちくしょうっ」

 苦しそうに悶える青年の傍に跪き、私はハンカチを取り出して怪我したところに押し当てる。

「って、何しやがるっ」

「止血よっ!黙って大人しくしてなさい!!」

 大地が外にいる警察に窓から事態を説明しているが、救急車はまだのようだった。

 シュルっと制服のネクタイをはずし、ぎゅっとしばってハンカチを固定する。

「ってぇ…、なんで俺が…」

 苦しげに文句を述べている青年を、心臓より傷口を上にするようにして体を横にした。

 応急処置の自信はないが、確かこんな感じだったはずだ。

「文句言うんじゃないっ!あんたは、そんな道具を使ったの。人を傷付ける道具を!どんなにひどい事をしようとしていたか、その痛みで自覚しなさいっ」

 腹がたってしょうがなかった。

 私を助けるためとはいえ、空に再び人を傷付けるような事をさせたこの人たちに…。

 私の傍でただ立っている空を、他の生徒達が恐ろしいものを見るような視線で遠巻きに見ている事が辛かった。

 確かに、顔色一つ変えず銃を放ち、なんの動揺も無い瞳で血にまみれた犯人を見つめている空は、常人から見たら異様に見えるだろう。

 ただ、この青年の命に別状なさそうな事が、救いだった。

「誰にそそのかされたのか知らないけど、あんたがこんな事しなければ空だってこんな事せずにすんだのよ。あんただって撃たれる事はなかったのよ!」

「…俺じゃない」

「え?」

 空がポツリと呟くようにいった言葉に、私は顔を上げる。

「やっぱり?」

 そう言ったのは、近くに転がっていた銃を拾ってこちらに歩いてきた大地。

「?」

 何のことだか理解できずにいる私に、大地はその銃を見せる。

「そいつが肩を撃たれる一瞬前に、銃がはじかれたんだ」

 そう言って、先ほどまで私に突きつけられていた銃を私に見せる。

 銃には傷がついていた。

「え…じゃあ…?」

「うーーーみちゃーーーーん!!」

 空と大地に問おうとした時、大声と共に教室に飛び込んできた大和さんに、思わず言葉を飲み込んだ。

 教室を見回し私を見つけると、ダッシュでこちらに来てとぎゅっと私を抱きしめた。

「大丈夫だったか!?」

「ちゃんと仕事しろよ、大和さん…」

 大地の少し呆れたような言葉に我に返ったのか、大和さんは抱きしめていた手を離し、大地を見上げた。

 そして、大地の持っている銃に目を留める。

「大地、現場のものは触っちゃダメだろ!」

「お前も、仕事中に私情に走るのはダメだろう、佐々原。いくら神崎先生のお孫さんだとしてもだ」

「!?」

 大和さんに続いて入ってきた、制服の警察官と共にやってきた大和さんの上司が顔をしかめてそう言うと、大和さんは慌てて立ち上がった。

 この刑事さんも、おじい様の弟子だ。

「えーっと、事件の中心にいたようなので真っ先に事情を聞こうかと…」

「…じゃ、さっさとしろ。別室でゆっくりきいてやるんだな」

「はい…」

 なんとなく事情を察しているのか、寛容なお言葉の上司に甘え、大和さんは私たち三人を連れて移動したのだった。



「じゃ、肩を撃ったのは空くんじゃないんだね?」

 大和さんの言葉に、空はこくんと頷いた。

 空が狙ったのは、私に向けられた銃だった。

 怪我をさせない方法を瞬時に取った空に、ほっと胸をなでおろす。

「ちゃんと調べれば、朝宮が撃った銃と体を撃った銃が違う事はわかるんだろ?」

 大地が尋ねると、大和さんはゆっくりと頷いた。

「どの銃が撃った弾か、鑑識で調べればわかるからね。それに、外から狙って撃ったとしたら、銃の種類自体が違うだろう」

 そう言ってから、大和さんは考え込むように押し黙った。

「しかし、そうなるとこの事件はいったい何なんだ?」

 ポツリと、独り言のようにそう呟く大和さん。

 確かに、おかしな所が多すぎる。

「奴らの口調から察するに、誰かに何らかの指示を受けてたっぽいよな?」

 大地の言葉に、私と空が頷いた。

 銃とこの学校の制服を与え、乗り込んで騒ぎを起こす事を指示した人物がいるはずだ。

「でも、何故?目的は?」

 眉根を寄せる大和さん。

 確かに、何のメリットもないように思える。

 でも……。

「たぶん…狙われたのは私だと思う」

 私の言葉に、大和さんの表情がよりいっそう険しくなった。

「心当たりがあるのか?」

「ううん。無いよ。でも、この学校で暴れるだけなら、わざわざ入り口から遠いうちのクラスまで来る必要は無いでしょ?その間に、見かけない生徒だとばれる可能性だってある。それに、教室に入ってきた時、騒ぎの中で誰かを探している感じだった。それで、私と目があったら笑ってこっちへ来たの。だから…」

「しかし……」

 困惑した表情を浮かべる大和さんに、今度は大地が口を開いた。

「奴らが狙ったのは羽美だと俺も思う。だけど、それを唆した奴の目的は…朝宮をはめる事だと思うけど?」

 はっとしたように顔を上げ、大和さんは空を見た。

 空は、黙って視線を落とす。

「羽美を狙えば、朝宮が助けようとする。そこを狙って、あたかも朝宮が撃ったかのように見せかけた」

「でも、調べればすぐに違うとわかることだろう?」

「警察を騙すつもりはないんだろ。でも、あの現場にいた人間はその瞬間だけでも騙せた。あとから肩を撃ったわけではないとわかったとしても、その瞬間に植えつけられた衝撃はなかなか消せない」

「…空くんを、孤立させるのが目的?」

「たぶんね」

 重苦しい雰囲気が、辺りを包む。

 銃を何丁も手に入れることも、遠くからあれだけ正確に狙撃できる能力も、普通ではあまりありえることではない。

 考えられるとしたら…空の元いた組織……。

「…ちょっと、連絡を入れてくる。ここで待ってて」

 大和さんはそう言うと、走ってこの場を去っていった。

 また、静かな沈黙が流れる。

「…すまない」

 かすれた声で、空がそう言った。

「空は何も悪くないよ。謝らないで」

 胸が、苦しかった。

 空が撃ってしまったと思った自分自身が、許せなかった。

 こんな優しい空を、また闇の世界に引きずり落とそうとしている人間がいる事も、許せなかった……。


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