第7章-1
「じゃ、好きな異性のタイプは?」
笑顔で問われ、しばし固まる空。
考えても適当な答えが見つからないのか、隣にいる大地に視線を向ける。
「どんな人が好きっていうのはなくて、好きになった人がタイプだそうです」
天使のような笑顔でさらりと嘘を述べる大地に、こくりと頷く空。
インタビューをしている新聞部員は、大地の適当な通訳をメモしていた。
ここの所、平穏な日々が続いていた。
クラスメイトは若干まだギクシャクしているものの、いつも通りに戻りつつあるし、大地の母親も先日以降荒れた様子はない。
空も今の生活になれ、学校でも道場でもすっかりなじんでいる。
今は、学校新聞の『今月の注目の生徒』のインタビューを受けていた。
生年月日からはじまって、好きな食べ物やら嫌いな教科やら色んな事を聞いているが、答えているのは半分以上大地だ。
まるでマネージャーのように、空に都合の悪い質問などはうまくはぐらかしていたりする。
「それでは、初恋はいつ?相手の女の子は??」
先ほどから恋愛系の質問ばかり続いていて、周辺の女子は他の事をしている振りをしながら聞き耳を立てている。
当然、今私の前に座っている美月も清花もちらちらと気にしていた。
「…初恋?」
「初めて大切だと思った女の子」
質問に首をかしげた空に、大地が噛み砕いた説明をする。
帰国子女でいまいち日本語が理解できていないという周囲の認識があるので、誰もが知っている言葉を説明しても違和感は無かった。
「……」
記憶の中を辿るように、空の視線が彷徨う。
そんな空の様子に、また適当に答えようとしていた大地は口を閉ざした。
少しずつ心の呪縛が解けてきた空は、時折思い出が蘇る事があった。
先日話してくれた、ご両親の言葉のように…。
「…泣いてばかりいた…でも、傍にいると笑顔になった少女」
ぽつりと、呟くように言った空。
瞳の中に、優しさが灯る。
「…ずっと傍にいると約束した…気がしなくもない」
「それはいつ!?」
ようやくまともに空が答えたので、食いつく新聞部員。
周囲の女子も空の恋愛話に目が輝いている。
しかし、さあ?とでも言うように首をかしげた空に、一同がっくりする。
「はっきりとした記憶に残らないくらい、幼い頃ということで」
大地が笑顔でその質問に対する答えを終わらせた。
空はまだ、過去の記憶の中にいるようにぼうっとした眼差しだった。
「朝宮くん、守ってあげたくなるような子がタイプって事ね」
清花が、質問の答えからなにやら勝手な推測をしている。
「あら、じゃぁ清花は無理ね」
笑顔で若干ひどいことを美月が言うが、この二人はこれくらいでちょうどいいので、はじまった軽い言い合いを私と紗雪は聞き流す。
私は、空のタイプがどうこうと言うより、空にそんな思い出があることが嬉しかった。
両親が健在だった頃か、あるいは組織で出会った少女なのか…。
どちらにしろ、そんな淡い思い出があることがよかったと思う。
「羽美の初恋は大和さんでしょ?」
「え?」
どういう話の展開だったのか、急に話題をふられて思わず聞き返す。
「だーかーらー、羽美の初恋は大和さんでしょ?」
「え、うーんと、正確には違うかも?」
「えぇ!?」
三人揃って意外といった顔をされ、私は苦笑いを浮かべた。
私って、どんだけ恋愛に疎いと思われているんだろう…。
「じゃあ、麻生くん?」
おずおずと尋ねる紗雪。
「それも違うし」
「じゃあ、誰?」
「覚えてないんだけどね」
私の答えに、がっくりと肩を落とす三人。
「いや、違くて!いつとか名前とか覚えてないだけで、記憶は確かにあるの!」
「どんな子だったのかしら?」
「笑顔が優しい子」
それしか、答えようが無かった。
本当に、それしか覚えていなかった。
他に何の思い出も残っていないけど、あの幼いけど優しい笑顔はよく覚えている。
たまに、夢にもみるほどだ。
「まぁ、羽美のことだからそんなもんだと思ったけど…」
つまらなさそうにぼやく清花。
「笑顔の優しい子って、羽美ちゃんらしいね」
「ありがと」
褒め言葉と受け取って、紗雪に笑顔で答えた。
と、美月は空の横で今も質問に代わりに答えている大地に視線を向ける。
「麻生くんは…やっぱり羽美かしらねぇ」
「それはないと思うけど」
「じゃあ、羽美は誰なのか知ってる?」
問われて、初めて考える。
そう言えば、この長い付き合いで大地の好きな子の話がでた事がない。
でも、十六歳にもなって初恋がまだってあるんだろうか?
いくら母親に対する感情で、女性が苦手だったとしても…。
「誰だろう…知らない」
「羽美が知らないのか…。ってことは、まさかっ!?」
清花がわざとらしいくらいに怪しげな眼差しを大地に向ける。
「何、まさかって?」
「顔だけじゃなく…心も女の子みたいだったりして…」
「は?」
「だって、羽美とこれだけ一緒にいて何も無いし、朝宮くんとやたら仲がいいし!!」
一瞬意味がわからなくてきょとんとすると、さぁっとどこかから冷気が漂ってきた。
びくっと視線をそちらに向けると、地獄耳な大地が冷たい笑顔をこちらに向けている。
「え…えぇっと…」
「でも、朝宮くんと麻生くんならちょっとお似合いよね。許せてしまうかも」
くすっと笑った美月の言葉で、ようやく清花の言っている意味がわかる。
「いや、絶対無いからっ!!」
久しぶりの大地の冷たいオーラに怯えつつ、力いっぱい否定すると、三人はくすくすと笑い出した。
からかわれていたと気づいて、私はぷうっと頬を膨らます。
そんな私を見て、大地はちょっと笑って表情を和らげた。
空はきょとんとした顔で私を見ている。
他愛無い会話。他愛無い時間。
当たり前のようなその時間が、幸せな事だとその時は実感できない。
失われた時に、気づく。
その平穏な時間が崩れる事など、荒々しく教室の扉が開いた時も、少しも想像しなかった。