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君のツバサ  作者: 水無月
第六章
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第6章-5

 頭の中は色んな事が渦巻いていて、思考回路がおかしくなっていた。

 だから、空の瞳に自分が映っているとわかるくらい、静かな呼吸が聞こえるくらいの距離に顔が近づいても、何が起こっているのか理解していなかった。

 ただ、空の瞳を見つめたまま動けなかった。

 霧雨は音をたてず降り注いでいるので、辺りは静寂に満たされている。

 時間がいつもより遅く流れているような感覚。

 空の吐く息が感じられるほどの距離になった時、だんっと床を蹴る音が静寂を砕いた。

「てっめ、何してやがるっ!」

 大地の怒気を含んだ声と共に目の前の空の顔が消え、大地の足が現れる。

 はっと我に返ると、殺気を含んだ攻撃を珍しくまともに受けた空が、縁側から落ちて庭に転がっていた。

 見事なとび蹴りを決めた大地が、いつもは見上げる空を仁王立ちで見下ろしている。

 風呂上りで火照っているのか、怒りからか、顔が赤くなっていた。

 ころんと横に倒れていた空はゆっくりと起き上がり、濡れた庭に座ったまま大地を見上げる。

 きょとんとしたような表情。

 大地はそんな空を一睨みする。

「なーにーしーてーたー」

 可愛らしい声をめいいっぱい低くして空に問いかける大地。

 空はしばらく考えてから、首をかしげる。

「悩むなっ!首を傾げるなっ!!」

 言葉と同時に大地は蹴りも放ったが、今度はあっさりと空にかわされた。

 ちっと舌打ちする大地に、何かを再び考え始める空。

 そんな二人の横で、私はようやく事態を理解して顔を赤らめていた。

 ひょっとして…今のは…大地が止めなかったら…空とキ……・。

 ぼわんっとさらに顔が赤くなる。

「そこっ!反応遅いっ!!」

 目の端に映っていたのか、すばやく突っ込む大地に返す言葉もない。

 想定外すぎて、まったく理解できていなかった。

 だって、あの空が……。

 そう思って空に視線を移すと、空はちょうど何かを思い出したかのようにぽんっと手を打っていた。

「なんだよ…」

「…女性に潤んだ瞳で見つめられたらそうしろと、レイが…」

「あほかぁっ!」

 再び怒りの蹴りをかわされる大地と、ばったり倒れこむ私。

 空は何か問題でも?といった顔で座っている。

 そんな理由で、危うく私のファーストキスが…。

「誰だっ!そんなあほな事教えたレイって!」

「……知り合い?」

「二度とそいつの言う事に耳をかすな!」

 激しくご立腹の大地と、がっくりと倒れこんでいる私を見比べた空は、なんとなく納得したらしく頷いている。

 よけいな事を教える奴もいたもんだ…と思ったところで、私ははっとして起き上がった。

「空!今までっていうか、ここに来てから実行してないよね?」

 だいたい傍にはいたけど、見ていない所で空を潤んだ瞳で見つめる女子なんて山ほどいそうだ。

 していないと言うようにこくりと頷いた空を見てほっとする。

 よかった…まだ未遂で。

「あのね、空。そういう事は、好きな人にしかしちゃだめだからね」

「…何故?」

「え…何故って…」

 返答に困る私を、空はじっと見つめて答えを待っている。

 大地もなんと答えるのか横目で見ている。

「えぇと…それは…やっぱり愛情表現だと思うし…自分が大切に思ってる人だけにしておいたほうがいいかなぁっと」

「…なるほど?」

 理解したのかしてないのか、とりあえずそう答える空に苦笑いを浮かべる私と大地。

 もう、この話題はよしておこう…。

「とりあえず、もう一度お風呂は入ってきたら?空」

 雨に濡れた庭に転がり落ちて、服もろとも汚れてしまっている。

 空は自分の様子を確認してから頷くと、すっと立って私と大地の間を通って風呂場へと去っていった。


 そんな空の後姿を見送ってから、大地ははぁっとため息をつく。

「天然恐るべし…」

「ホントにね」

「いや、羽美も含め」

「なんでよっ!」

 私の不服な訴えにも、大地は呆れた視線しか返さない。

「空はともかく、私は天然じゃなーい!」

「いや、朝宮が飛び蹴り直撃くらった理由がわからない辺りが…」

「は?珍しいなとは思ったけど…」

 大地はわかるの?と瞳で訴えかけたが、大地は視線をそらすだけ。

「一生わからなくていい」

「何よー!」

 すねてはみたものの、とりあえず大地がいつもの様子に戻っていてほっとする。

 思わず微笑んだ私を目ざとく見つけた大地は、ちょっと唇を尖らせるところんっと私の膝の上に頭を乗せて寝転んだ。

神崎家(ここ)にいるとほっとするんだよ」

「だって、ここも大地の家だもん。当然でしょ?」

 そっと頭をなでると、大地は心地よさそうに目を閉じる。

 洗い立ての髪の良い香りが、ふわっと漂う。

「…オレは、居場所があっただけ幸せなのかもしれないな」

 静かな声で、大地はそう言った。

「一番愛してくれるはずの人に疎まれても…オレには受け入れてくれる場所があった。師匠も、大和さんも道場のみんなも、両親の代わりにオレを愛してくれた。羽美もいつも一緒にいてくれた。どんなに傷ついても、何度傷ついても、安らげる居場所があったから、オレは今、笑えるんだ」

「うん」

 目を開いた大地と視線が合う。

 家に来たときとは違う、落ち着いた瞳。

「私も大地がいてくれたから、今の私がいるんだよ」

 そう言うと、照れくさそうに、でも嬉しそうに大地は微笑んだ。

 お互い、幼い頃あまり両親に傍にいてもらえなかったけど、だからこそ分かり合えた。

 喜びも、悲しみも分け合ってきた。

 性別を超えて親友だと思えるのも、そうやって積み重なってきた大切な時間があるからだ。

「朝宮も、きっと同じなんだろうな」

 ぽつりと、呟くように大地が言った。

「え?」

「今までたくさん辛い思いしてきたんだろうけど、きっとここにきて安らぎを感じてるんだろうな」

「だと…いいな」

 それならば、嬉しいと思う。

「そのうち、きっと笑えるようになるさ。オレみたいにな」

「うん」

 そう言って私たちは微笑みあった。



 大地の頬の怪我の手当てをしている間にお風呂からでてきた空と三人、結局夜更けまでたわいもない会話をずっと続けていた。

 この穏やかな時間がずっと続くことを祈りながら…。



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