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君のツバサ  作者: 水無月
第六章
34/83

第6章-3

 電話の向こうから、楽しげな笑い声が響く。

「笑い事じゃないから」

 ふてくされる私に、母・星良は明るい声で答える。

「あら、だってその空くんのもてっぷり、空くんのお父さんの学生時代にそっくりなんだもの」

「そうなの?」

「そうよ。かっこいいし、頭いいし、運動神経いいし、おまけに優しいし。いい男だったのよ。しかも、お母さんも容姿端麗・頭脳明晰、さらには性格もいいって、完璧なカップルだったわ」

 懐かしむその声に、すこし寂しげな響きが混じる。

 お母さん達の親友…空のご両親は、もうこの世にはいない。

「その二人の子だもの、そりゃーいい子に決まってるものね!」

「確かにね。空はすごくいい子だよ」

 そう答える私に、ふふふっと嬉しそうに笑う母。

「なによ、その笑い」

「ん?よかったなーっと思って。羽美なら大丈夫と信じてよかったわ」

「は?」

「ほら、空くん色々あったでしょ?すんなり受け入れるとは、さすが我が娘!」

 すんなりでもないけどね、と苦笑いを浮かべる私の耳に玄関の呼び鈴の音が入る。

「お客様?」

 電話越しにも聞こえたらしく、母が尋ねる。

「みたいだね」

「じゃ、またね。またしばらく出張だから、帰ってきたら連絡するわ!」

「了解。気をつけてね。お父様にもよろしく」

 そう言って受話器を置こうと耳から話した時、明るい声が響く。

「愛してるわよ、羽美!」

「…私もだよ、お母さん」

 もう一度受話器をあてそう言うと、母は嬉しそうに笑うと電話を切った。

 昔から、この回線一本が私たちをつなぐものだ。

 肌に感じる温もりはほとんど覚えていない。

 ただ、母の紡ぐ言葉から愛情を探し出すだけだった…。

「っと、やば」

 一瞬呼び鈴がなった事を忘れかけ、思わず独り言を呟いてから玄関に向かう。

 こんな夜更けに来客が来るのも珍しかった。

「どちらさ…」

 言い終える前に、私は裸足のまま玄関に飛び降りて急いで戸を開けた。

 我が家の玄関は磨りガラスで、開けなくても戸の向こうにいる人影が見える。

「大地…」

「ごめん…やっぱ泊めて」

 光を失った眼差しの大地が、そこにはいた。

 いつのまに降りはじめたのか、秋雨に濡れている。

 目の前にいるのに、消えてしまうんじゃないかと不安になるほど儚げな大地。

 頬が僅かに切れ、既に一度固まった血が雨で再び滲んでいた。

「大地…頬…」

 そっと手でその血を拭うと、冷え切った大地の体温が伝わってきた。

「あぁ…割れた皿…よけそこねたかも…」

 ぼうっと呟くように答える大地。

「…とりあえず、お風呂はいって温まろ。それから、手当てしてあげる」

 そう言って家の中に入ろうと半身を返した私の手を、大地の冷たい手が掴んだ。

 再び大地に向き直った私の肩に、大地がとんっと頭をのせる。

「大地?」

「ちょっとだけ…このままで……」

 私まで濡れないように気を使っているのか、震える手は力なく拳を握るだけで触れようとはしなかった。

 いつもの笑顔も、不敵な表情も、自分自身を守る仮面すらつける事のできない、傷ついた大地。

 何度となく見てきたけれど、胸に走る痛みは増すばかりだ。

 私は、ぎゅっと大地を抱きしめた。

「…濡れるよ、羽美」

 大地は力なく呟いたが、抵抗する気はないらしい。

 素直に私の腕の中におさまっている。

「別に、濡れたって平気だよ」

 私の肩の上で、大地は僅かに微笑んだようだった。

 それでも、大地の体の震えは止まらない。

 雨に濡れた寒さからじゃない、心の震え。

「なんで…なれないんだろうな」

 ぼそりと、大地が呟く。

「何度も…何度も言われて、もう、わかってる事なのに」

「慣れるもんじゃないわよ」

「慣れたら…楽なのにな」

「大地……」

 名前を呼びながら、泣きたくなった。

 でも、私が泣いたらよけい大地は落ち込むのがわかっているから、ぐっとこらえる。

 かわりに、大地の頭をそっとなでる。

「私は、大地がいてくれて嬉しいよ」

「…うん」

 小さく、でも少し生気の戻った声で答える大地。

 それでも、実の親から浴びせられる心ない言葉の呪縛は解けるものではない。


『あんたなんか、産まなければよかった』


 大地は、幼い頃から何度その言葉を浴びせられてきただろう。

 機嫌が悪いと、心無い言葉と暴力が大地を襲う。

 武道を習いどんなに強くなっても、大地は抗う事をしない。

 いや、出来ないのかもしれない。

 幼い頃からの心の傷は、未だに癒えることを知らない。

 自分の事しか興味がなく、いらついては傷付ける母親。

 世間体しか気にせず、お金以外なにも与えてはくれない父親。

 誰も、幼い大地を守ってくれる人はいなかった。

「羽美がいてくれれば…いい」

 震える大地を、自分の温もりで心まで温まる事を祈りながら、私は抱きしめ続けた。



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