第6章-1
放課後、空と商店街へ買い物に向かっていた。
道場での手伝いがある大地は、先に一度自宅に戻っている。
「今日は、なんだか一日が長く感じるね」
「…そうか?」
首をかしげる予想通りの空の反応に、私は内心苦笑いを浮かべた。
人が目の前で命を絶とうとすることは、私や大地にとっては大きな出来事で精神的疲労もかなりのものだが、ずっと命のやり取りをしてきた空にとっては特別な事ではないのかもしれない。
それに、あの後クラスの女子と三人を取り持つために一人ばたばたしていた私とじゃ、時間の感覚も違っただろう。
すぐには戻れそうにない女子同士のギクシャクした雰囲気に少し疲れているから、私がそう感じただけかもしれない。
「今日は、何が食べたい?」
話題を変えた私の質問に、しばし悩む空。
「…目玉焼きの乗ったハンバーグ?」
「了解」
再び予想通りの反応に、今度はくすくすと笑う。
空は子供が好きそうな料理が好きだった。
「じゃー、後はカボチャのポタージュに、シーザーサラダにでもしよっか?」
こくこくと、二度頷く空。
どうやら、嬉しいらしい。
一緒に生活していると、少しずつ空の感情表現がわかってくる。
怒ったり不服そうな感情をあまり出さないのは、元来、空は温和な性格なんだろう。
「……プリン」
「食べたいの?買ってく?」
再びこくこくと頷く空。
学校の女子に見せたら、かわいいっと叫ばれそうな光景だ。
言葉のキャッチボールは相変わらず少ないものの、楽しくコミュニケーションをとりつつ商店街へたどり着く。
スーパーの買い物もいいけど、私は商店街で八百屋のおじさんやお肉屋のおばさんなどと話しながら買い物をするのが好きだった。
それに、空にもいろんな人と接して世界を広げてほしかった。
それは、いつも通り八百屋のおじさんと会話をしつつ、何気なく値引きをおねだりしている時だった。
ふわりと、商店街にはなじみのない良い香りが鼻孔をくすぐった。
それと同時に、おじさんの視線が私の背後の何かに移る。
目の端に映ったのは、明るい茶色の巻き髪。
そして、見覚えのある美しい横顔。
「こんにちは」
振り返って挨拶をすると、息をのむほどの美女はちらりと視線を向けただけで、何も言わず、歩調を緩める事もなく通り過ぎていった。
ようするに、無視。
くぅっと内心歯軋りしつつ、再びおじさんのほうを向くとでれっとした顔になっていた。
「なに、羽美ちゃん今の美女と知り合いなの?」
「大地のお母さん」
「……………は?」
私の答えに、しばらく固まるおじさん。
空は振り返って、遠くなっていく彼女の姿を見つめている。
「お、お母さん??あれで!!??」
「相変わらずお若いですよね」
「若いというか…まぁ、確かに大地君くらいかわいい子供が生まれるのはわかるけど…」
おじさんが呆然とするのもわからなくはない。
見た目は若く見れば二十代後半に見えなくもない。
実年齢より一回以上は下に見えるだろう。
大きな瞳に長い睫、すっと通った鼻に花びらのような愛らしい唇、それに見事な化粧が施され、美しさが更に増している。
髪も美容院でセットしたかのように、見事な巻き髪。
漂う香りはほのかだが、華やかな香りである。
まとう服は、お気に入りのブランド服。
手にもブランドバックを持ち、私がはいたら絶対に足を捻りそうな細くて高いヒールの靴を履いている。
手足も細くてすらっとし、でる所はでていて、引き締まる所は引き締まっているナイスバディー。
見た目は文句なしの美女だ。
大地は間違いなくお母さん似だと思う。
しかし、何の用があったのか知らないが、商店街を通るなんて珍しい事この上ない。
高級志向な人だから、いつも買い物は都内に繰り出しているし、駅まではタクシー。
まぁ、どうでもいいけど…。
どこかぽーっとしたままのおじさんから野菜を受け取り、店を離れると空が歩きながら私の顔を覗き込む。
「何?」
「…めずらしい」
「何が?」
「…嫌い?」
「…………」
空の答えに、私は目を伏せた。
恐らく、先ほどからあまりいい表情はしていないのは自覚している。
でも、一言『嫌い』ですむような感情とも違っていた。
「…羽美?」
今までにない私の反応に何か不安を覚えたのか、珍しく私の名を呼ぶ空。
顔を上げれば、どこか心配そうな顔をしている。
「あ、ごめん。大丈夫。嫌いというか…まぁ、いろいろね」
「…そうか」
空はそれ以上何も問わず、静かに私の隣を歩いていた。
気を使うかのように、少し歩調を緩めて…。
そんな空の心遣いが、嬉しかった。