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君のツバサ  作者: 水無月
第五章
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第5章-7

「紗雪はさ、自分のどこが嫌?」

 そう問いかけると、紗雪はうつむいた。

「私は、バカな所とか、突っ走って周りが見えない所とか、女らしくない所とか…その他もろもろ、自分で嫌になる。なんでこう、欠点だらけかなって」

 ふうっとため息をつく私を、紗雪は怪訝な瞳で見上げた。

 何が言いたいの、と問いかけている。

「誰でも、自分の嫌な所ってあるんだよね。それに、いい所より嫌な所の方が見えやすい。それってなんでだろうって思ったの。みんな、いい所のほうが見えたら苦しまないのになって」

 ちゃんと伝わるか、これが今の紗雪にプラスになる言葉なのか不安に思いながら、言葉を捜す。

 空まで興味深げに私を見つめていた。

「で、ここから先は受売りなんだけどね…悪い所は自分の前の部分、手とか足とか要するに見えやすい所にあって、自分のいい所は背中に、見えづらいところにあるんだって。心に鏡はないから、自分で目にする事ができなくて、確信がもてなくて不安だけど、それは翼のように自分を大きく羽ばたかせる力を秘めてるんだって」

「ツバ…サ?」

「うん。背中にあるから自分のは見えないけど、他人はいろんな角度からも見えるから翼が見える。大きなものや、綺麗なもの、人それぞれの翼がね。ただ、一方向しか見ようとしなければ、その人の背中が見えなくて翼が…いい所が見えない事もある」

 紗雪は、異国の言葉を聞いているかのような表情で私の話を聞いていた。

 私に似合わぬメルヘンチックな例えだと思いつつ、今はこれしか思いつかない。

「自分に見えない翼で羽ばたくのは、勇気がいるでしょ。もしかしたら、飛べないかもしれない。自分には羽がないかもしれない。今より下に落ちちゃうかもしれない。その為に、悪い所は見やすい場所にあるんだって」

「…何故?」

 空が首をかしげてたずねた。

 私は目線を上げて空にちょっと微笑みかける。

 そして、再び紗雪を見つめて話を続けた。

「悪い所が見えるのは、その人を成長させるため。自分と向き合う事が、自分を信じる力につながるから。だから、悪いと思ってる所も自分には必要な所なんだと思うんだ。最初からなんでもできる人なんていない。悩みながら、迷いながら、時には休んだり、急いたりしながら、少しずつ成長してく。そして、少しずつ自分の翼に気付いていくんじゃないかな」

 戸惑うような紗雪の瞳。

 でも、涙は止まっていた。

「どんなに立派な翼を持っている人でも、自分を信じなきゃ、羽ばたく意志をを持たなきゃ、その努力をしなきゃ、大空へ羽ばたく事はできない。持ってるだけじゃその本当の素晴らしさはわからないんだよね。小さな鳥に大きな翼じゃ筋力が足りなくて飛べないように、人それぞれ自分にあった素敵な翼があるはずだよ。大切なのは、人と自分を比べる事じゃなくて、自分自身の翼を思い切り羽ばたかせる努力をする事」

「でも…私は……」

「一人じゃ、大変な事だと思う。誰だって不安だもん。鳥だって、親に飛び方習ってたりするしね。だから、人は支えあうんだよ。自分には見えなくても、人から見えるものはある」

 そう言って、私はフェンス越しに紗雪の手にそっと触れた。

 紗雪は一瞬びくっとし、それから私をじっと見つめた。

「私には、紗雪の翼が見えるよ。優しくて、綺麗な翼」

「そんな事…ないよ」

「あるよ。こっちからは見えるもん」

 真顔で答える私に、紗雪は困ったように目を瞬かせる。

「俺も見えるぜ」

「えっ?」

 黙って聞いていた大地の突然の言葉に、紗雪は驚いた表情を浮かべる。

 大地はいつもの天使のような作り笑いではなく、しょうがねえなといった素の表情を浮かべていた。

「確かに、消極的だし、とろいし、見た目もぱっとはしないけどな」

「……」

「人の事、ちゃんと見てるだろ。目立つ事はしないけど、困ってる奴に何気なく手を貸したりだとか、あの我が侭恋愛バカ娘二人をクラスの奴らと仲良くさせられてたのもお前がうまくフォローしてたからだし、今それだけ落ち込んでるのも、羽美を傷付けたとわかってるからで、それって優しさからくるもんじゃねーか?それって、他を補って余りあるものだと俺は思うけど。繊細で、優しい翼が俺は見える。それに、別に断ったのはお前が嫌いとかじゃなく、俺が恋愛に興味がないだけだし…お前が自信を失う必要はこれっぽっちもないんだよ」

 大地なりに、精一杯の言葉。

「麻生…くん…」

 涙目で見つめられ、大地はかぁっとなって横を向いた。

 再びぽろぽろ涙を流し始めた紗雪の頭を、空がそっとなでる。

 そして、呟くように紗雪に声をかけた。

「…本当は死にたかったんじゃない」

「え?」

「…死だけを望むものはいない」

「……」

「…ただ、安らぎたかっただけだろう?」

 紗雪は一瞬驚いたような表情をし、そしてゆっくりと頷いた。

 痛みから逃れるために、死を選びたかった。

 それは、判る気がした。

 でも、そこで急いでその道を選んじゃいけない。

 安らぎは、ちゃんとこの世界のどこかにあるはずだから…。

「みんな、紗雪が思っている以上に、紗雪の事大切に思ってるよ。いい所も、悪い所も含めて、私は紗雪が好きだよ」 

「ありが…とう……」

 泣き続ける紗雪の頭をそっとなでている空は、無表情ながらも瞳の奥に優しさが見えるような気がした。



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