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君のツバサ  作者: 水無月
第五章
29/83

第5章-6

 私は紗雪の瞳をまっすぐに見つめた。

 うっすらと涙を浮かべた眼差しで、紗雪も私を見ていた。

「紗雪が今どんなに苦しいかは、私には想像しかできない。人の苦しみは、誰かと比べられるものじゃないから。他の人があなたは恵まれているって言ったとしても、その人自身が苦しんでるのなら、その苦しみが真実だから」

 紗雪の瞳から、再び涙が零れ落ちる。

「でも、そのまま終わらせちゃだめだよ。立ち止まってもいい、休んでもいい。でも、その苦しみのまま終わらせちゃいけない」

 悲しみが、苦しみが溢れ出るかのように、涙はとめどなく流れている。

 でも、私をしっかりと見つめ、私の言葉に耳を傾けてくれていた。

「誰でも、絶望しそうな時は周りが見えなくなると思う。そこから逃げたくなると思う。でも、夜の闇の中でしか見つけられない美しい星の輝きの様に、心の闇の中でしか見つけられない大事なものもあるはずだよ。心の闇に怯えて目を閉じないで。落ち着いて目を開けば、暗闇の中でも少しずつ見えてくるものがある。何の光もない、本当の闇なんてないよ。勇気を出して辺りを見回せば、光の中では見つけられない、そこでしかわからない大事な輝きを見つけられるよ」

「…私には、そんな自信ないよ」

「一人じゃ無理なら、一緒に探そう」

 そう言って手を差し伸べた私に、紗雪は大きく首を振った。

 肩まであるサラサラの黒髪が揺れる。

「これ以上、誰にも迷惑かけたくない。それだったら、私なんかいないほうがいい」

「迷惑なんかじゃないよ!友達じゃない!!」

「でも……」

 うつむいた紗雪の涙が、乾いたコンクリートに次々としみこんでいく。

 駆け寄って、抱きしめてあげたかった。

 言葉だけじゃ足りない気がした。

 でも、フェンスの向こうにいる紗雪をこれ以上刺激する事もできない…。


「何様のつもりだよ」


 突然の響いた冷たい声に紗雪はびくっと肩を震わせ、そして確かめるようにゆっくりと顔を上げた。

「麻生…くん?」

「そうだよ。俺だ」

 紗雪の瞳は驚きに満ちていた。

 大地はそんな紗雪を気にすることなく、不機嫌そうな表情のまま言葉を続ける。

「もう一度言うが、何様のつもりだ?これ以上迷惑かけたくない?いないほうがいい??なめてんのか?」

 止めようと思ったが、先に大地に目で牽制される。

 大地なりの考えがあっての事だと信じて、私は口を閉ざした。

「誰にも迷惑かけず、誰も傷付けず生きられる人間がいるとでも思ってんのか?そんな人間いるわけねーだろ」

 今まで見た事のない大地に、紗雪は戸惑っているようだった。

 涙が止まっている。

「生物の中には一匹で生きていける奴もいる。でも、人は一人では決して生きていけない。何故か。支えあって生きていくためだろう。傷付けあう代わりに、もっと大切な物も授かってるだろうが」

 怒鳴るような大地の言葉に紗雪が戸惑いの表情を浮かべたその時、紗雪の背後にすっと影が降り立った。

 紗雪がはっとして振り向く前に、空が紗雪の肩にそっと手を置く。

「…これでいいのか?」

「ナイス、朝宮」

 そういう事か…と、ほっとした私は思わずその場に座り込んでしまった。

 大地で紗雪の注意をひいている間に、身軽な空が身の安全を確保。

 いつの間に打ち合わせしたのやら…。

 大地は座り込んでいる私の頭をぽんっと叩き、そのままフェンスの方まで歩いていった。

 そして、フェンス越しに紗雪を見つめる。

「傷つけたら、その分優しさを返せばいい。迷惑かけたら、今度は支えてやればいい。それでいいんだよ。嫌な部分もいい部分も持っててこそ、人間だぜ」

 紗雪はかくんと膝をついた。

 声もなく泣いている。

「俺も羽美も朝宮も、あんたが知らない心の闇を持ってる。いつも、あがいてる。あんたと一緒だよ。弱い者どうし手を取り合ったって、迷惑なわけねーだろ。お互い様だ」

「でも…やっぱり私は…私には自信がないよ。自分の、悪い所しか見えない…」

 大地はふぅっとため息をつき、私を振り返った。

 バトンタッチという事か…。

「ねぇ、紗雪」

 私もフェンスのそばまで行き、膝をついて紗雪と目線を合わせた。


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