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君のツバサ  作者: 水無月
第五章
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第5章-5

 紗雪を追って外の野次馬をかき分けて廊下へ出たが、もう紗雪の姿は見当たらなかった。

 まっすぐ走って行ったなら、まだ姿は見えるはず。

 という事は、階段を上ったか下りて行ったか…。

「…上だ」

 私が迷っていると、空が確信ありげに言った。

 こういう事はきっと空は間違えないだろうと思い、私は勢いよく階段を登り始める。

 すると、ばたんと扉の閉まる音が聞こえた。

 この上にあるのは、屋上へ続く扉。

 嫌な予感が胸をよぎる。



「紗雪っ!」

 屋上へ着くとフェンスを登る紗雪の後姿が目に入る。

「ちょっ!?紗雪っ!!??」

 フェンスの向こうに降りた紗雪は、混乱した瞳のまま私たちを見た。

 つうっと冷や汗が流れる。

 フェンスの向こう側は約二メートル。

 まだフェンスのすぐそばにいるから危なくは無いはずだ。

「大人しい奴がきれると、なんでこう激しいかな」

 大地がため息混じりに呟く。

「…何をしようとしている?」

 空はいまいち事態がわかっていない様子。

「飛び降りようとしてるんだろ」

「大地っ」

 私は小声で話していた大地を止めるように、短く叫ぶように声をあげた。  

 言葉にされると、不安がリアルになる。

「紗雪、ちょっと落ち着こう」

「来ないでっ!」

 近づこうとした私に、紗雪は涙声で叫んだ。

「私のことなんて、放っておいて!」

「友達を放っておけるわけないでしょ!」

 何が紗雪をここまで追い詰めてしまったかはわからないけど、飛び降りさせるわけには絶対にいかなかった。

「私なんか、いてもしょうがないもん」

 悲しみに満ちた声。

 胸の中の血を吐き出すような、そんな声。

「私は、美月や清花みたいに可愛いわけじゃない。麻生くんや朝宮くんと違って勉強や運動もできない。羽美ちゃんみたいに、友達がたくさんいるわけじゃない。何の取り柄も無いし、こんな嫌な心も持ってて、いてもいなくても…ううん。いないほうがいいんだよ」

「嫌な心って…そんなの、誰にだってあるよ。でも、良い心だってちゃんとある。いないほうがいいなんて、そんな事は絶対ないよ!」

 紗雪の瞳に涙が溢れてくる。

 冷静さを失った紗雪に何を言えばいいのか、私は必死に頭を回転させた。

「美月と清花がよくケンカしてもうまくやっているのは、紗雪がいてくれるからだと思うよ。紗雪が見守っててくれると思うから、安心してケンカできる。そういう温かさを、紗雪は持ってるじゃない。人のいい所、ちゃんとわかってくれるじゃない。それは、すごい事だと思うよ」

「そんな事ない。私は…嫌な人間だよ」

 涙をぽろぽろこぼす紗雪。

「羽美ちゃんは何もしてないのに、私が妬んだから美月や清花まで…。二人は私のせいで怒ってたのに、それなのに…私はそんな二人が嫌だった。私は羽美ちゃんが嫌いなんじゃない、羽美ちゃんみたいになりたかった。二人が羽美ちゃんを悪く言うたび、羽美ちゃんに憧れる私は惨めな気持ちになった。そのうち、二人が悪く言うのは私のためじゃない、自分達以上に男の子と仲のいい羽美ちゃんが嫌なだけなんじゃないかって疑ったり、二人がこんな私と一緒にいるのは、冴えない私で二人を引き立たせてるんじゃないかと思ったり…」

「紗雪…」

「どんどん悪い方にしか考えられなくなっていって、そんな自分が嫌でしょうがなかった。でも、羽美ちゃんは私たちを一言も責めない。それがよけい苦しくって、自分がすごく情けなかった」

 紗雪はぎゅっと唇をかんだ。

 瞳からは大粒の涙。

 フェンスを掴む手はわずかに震えている。

「私のせいで二人はみんなに責められたのに、私のせいで羽美ちゃんを傷つけたのに、私は何もできなかった。弱くて、卑怯で、何の取り柄も無くて、ただ人を傷付けるだけの私なんか、いない方がいいじゃない。いたっていなくたって、何も変わらないよ。だから、止めないで」

 他人から見たらたいした出来事じゃないかもしれない。

 でも、紗雪の中で少しずつずれ始めた歯車は、今は大きな歪みとなってしまった。

 心が悲鳴を上げている。

 何と言ったらいいんだろう。

 何を言えば、伝わるんだろう。

 そう考えていた時だった。

「…何か取り柄が無くてはいけないのか?人を傷付けたことがある人間は、いないほうがいいのか?」

 空が静かな口調で紗雪に問いかけた。

 二番目の問いに、きゅっと胸が痛む。

「朝宮くんは、たくさん才能があるじゃない。運動も、勉強も人並み以上にできて、ルックスもよくて、私なんかとは違う」

「…それに、何の意味がある?」

「え?」

「…学びたくても学ぶ場所すらない者もいる。運動どころか、動く事もできない者もいる。それでも、生きている」

「それは…」

「…生きるために、人を傷つけるしかない者もいる。そんな者たちは存在してはいけないのか?」

「そんな事無い!」

 黙ってしまった紗雪の代わりに、私は思わず叫んでいた。

 空が自分の事を言っている気がして、黙っていられなかった。

「理由なんていらない。そこに在るだけでいいんだよ。どんな人でも、そう」

 自分にも言い聞かせている気がした。

 誰だって、生きている事に不安を覚える事はあるはずだ。

 自分はいてもいいのか…。

 どうして、産まれてきたのか…。

 私だって不安になった事は何度だってあった。

 自分は必要ないんじゃないかと、何度も思った。

 それでも、今ここにいる。

 必要としてくれる人も、今はいる。

「誰だって、間違える事はある。誰かを傷つけてしまうこともある。でも、いていいんだよ」

 不安になる事もある。

 でも、ここに今存在する事を感謝することだってある。

 それを、忘れちゃいけない。

 不安や悲しみにとらわれて、それを見失ってはいけない。

 そのほんの小さな輝きを、大切にしたい。してほしい。

 

 紗雪や空にそれを伝えたくて、私は頭で考えるのではなく、想いをそのまま口にした。



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