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君のツバサ  作者: 水無月
第五章
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第5章-4

 一夜明けて、昨日の事が気になったのか、大地は早々と家に迎えに来た。

 そして、私の顔を見るなりぼそりと呟く。

「さすが育ての親…」

 私の顔が昨日より晴れ晴れとしていたからだろう。

 ほっとしたような、少し悔しそうな、複雑な微笑を浮かべている。

「…親?」

「小さい頃から一番私の面倒を見てくれてたって事」

 真に受けて首をかしげる空に、苦笑いを浮かべて説明する。

 大地の言うように、確かに大和さんは育ての親に近いかもしれない。

 保育園の頃から、私の面倒を見てくれたのは大和さんだ。

 でも、大地もその時から一緒にいてくれている。

「大地のことも頼りにしてるよ」

 ゆっくり歩いていたはずの大地は急につまづく。

「…あのな」

「何?」

 ちょっと顔を赤くして上目遣いに睨む大地を、笑顔で見返す。

「元気が出たならいいんだけどさ…」

 ぶつぶつと文句を言いながら再び歩き始める大地を、空は不思議そうに見つめていた。

 一番に力になれなかった悔しさと、私が元気になった安堵感と、気にしていた事をフォローされて嬉しいような恥ずかしいようなという大地の複雑な心境を、空に説明するのは難しかったので、私は笑って空を見上げるだけだった。



 学校まであと少しという所で突然私の携帯が鳴る。

 この着信音はクラスメイトから。

「なんだ、こんな時間に?」

 私の着信音まで熟知している大地が、首をかしげる。

 確かに家は出ている時間だし、今頃電話しなくても後少しで教室で会えるのはわかっているはず。

 よっぽどの急用だろうか?

 発信者の名前を見れば森田だった。

「おはよー」

『今どこ!?』 

 のほほんとした朝の挨拶に返ってきたのは、急いた声。

「どうしたの?」

『まだ学校に着かないなら、ダッシュで教室まで来てくれ。俺じゃ、無理』

 森田には珍しく、会話がかみ合わない。

 よっぽど困っているらしいが、話がみえなかった。

「だから、どしたの?」

 森田が答えるまでの間に、電話の向こうで激しく言い合う声が耳に入る。

 女子の諍う声。

「ケンカ??」

『神崎が怒らない代わりに、他の女子がとうとうキレたらしい。男はしゃしゃりでてくるなって一蹴されてさ…』

 止めようとして、怒られたのだろう。

 心配なのと落ち込んでいるのが入り混じった声。

 確かに、女子のケンカはある意味男子のそれよりも怖いと私も思う。

「わかった。森田、お疲れ」

『待ってる』

 電話を切ると、大地と空が話を聞きたそうな眼差しを向けていた。

「クラスで非常事態発生。ダッシュで教室に向かうから」

 そう言って走り出す私を、一瞬キョトンとしてスタートが遅れた二人が追ってくる。

「何、非常事態って」

 走りながら大地が問いかける。

 本気で走っているので、話すのは少々息が苦しい。

「行けばわかるよ」

 大地もそれ以上話しながら走るのは大変らしく、ちょっと眉をひそめただけだった。

 ただ空だけは息を切らせもせず、軽がると私の後をついてきていた。 



「調子に乗ってんのはそっちでしょ!ふざけんじゃないわよっ」

 廊下の人垣の向こうから、そう怒鳴り声が聞こえた。

 仲良しクラスのケンカ勃発に、他クラスからの見学者がたくさん集まっているようだ。

 人垣を掻き分けて教室にたどり着くと、入り口にいた森田がほっとした顔で出迎える。

「朝からお疲れ。ごめんな」

「いやいや。私の事でなんでしょ。森田が謝る事じゃないよ」

 そう言ってから、息を整えて三対十数人で睨み合っている現場へと向かう。

「だいたい、あんた達っ…て、羽美!あんたも言ってやんなさいよ!!」

 クラスの女子の中心となって話していた子が、憤った顔のまま私を見つめた。

「いいかげん、頭にきてるでしょ!自分を棚に上げて、好き放題悪口言って。聞いてるこっちがむかつくっての」

「まーまー、落ち着いて」

 怒りのあまり息のあがっている彼女の肩をぽんっと叩く。

 そして、三人の方を振り返った。

 美月と清花が冷たい表情で前に立ち、二人に隠れるようにいる紗雪は小さい体をさらに小さくするように俯いて立っている。

「そーゆーとこも、嫌なのよね。正義感ぶっちゃって」

 清花のその一言に、背後の女子が殺気立つ。

 何も、火に油を注ぐようなことを言わなくても…。

「ほんと、人前ではいい子ぶってるわよね」

「あんたたちっ!」

 飛び掛らんばかりのクラスメイトを、私は腕で制する。

「大丈夫、気にしないから」

「気にしてっ!!」

「じゃ、自分で怒るから、とりあえず落ち着いて」

「……うん」

 しぶしぶと後ろに下がる友人にほっとしつつ、改めて三人に向き合う。

 美月と清花は、鋭い眼差しで私を見つめていた。

「他にも言いたい事があるなら言って。直せる事は直すし、誤解だと思うなら反論するから」

「……」

 予想外の反応だったのか、二人は口ごもる。

「とりあえず、男好きって表現は反論させてもらうね。私、男女問わず友達は大切だよ。別に、男子だけ特別って訳じゃない。美月も、清花も、紗雪も、同じくらい大切だと思ってる」

 紗雪はさらにうつむき、美月と清花は目をそらした。

「あと、正義感ぶって見えたならしょうがないけど、私、そこまで考えて動くほど頭良くないんだよね。だから、人前もそうじゃない所でも、態度を変えてるつもりはないんだ。思ったまま行動してるだけだから、そこを嫌いと言われるとどうしようもないけど…」

 怒ってないじゃん、という大地の呟きを聞き流しながら、私は三人をじっと見つめていた。

 三人の瞳の中を様々な感情が浮かんでは消えていく。


 最初はただ、ほんの少しのウサ晴らしのつもりだったのだろう。

 失恋した紗雪に何もしてあげられないばかりか、大地のそばにいる事を選んだ私に対しての怒りの捌け口。

 ただ、引き際がわからなくなってしまって、いつのまにかここまで騒ぎが大きくなって、自分達では止められなくなってしまったのかもしれない。


 良いほうに踏み出すには勇気がいるが、悪い方に転がり落ちるのは簡単だ。

 それは、行動も考え方も…。

 だから、本当は私がもっと早く対処すればよかった。

 でも、今はそれを悔やんでもしょうがない。


「それとは別に、謝らなきゃいけない事があるのはわかってる。今更だけど、ごめんね」

 私の言葉に、紗雪がびくっと肩を震わせた。

 他のクラスメイトは何の事かわからずに不審そうな顔をしている。

「配慮が足りなかったよね」

「そんなの関係ないわよ」

 清花がそっぽを向いたまま冷たい声を放つ。

「上から物を見たような言い方しないでくれるかしら」

 美月は冷たく私を見つめた。

「わかってないのよ、全然。何が私たちを気分悪くさせてるか」

「じゃ、言ってよ!言ってくれなきゃわからないもの」

「じゃあ、言わせていただこうかしら」

 そう言って、美月が一歩踏み出した時だった。

「もうやめてよっ!!」

 ずっと黙っていた紗雪がそう叫んだ。

 目からはぽろぽろと涙が零れ落ちている。

「紗雪…」

 美月と清花に驚きと不安の色が浮かぶ。

「二人とも、いい加減にしてっ!私はそんな事望んでないっ」

「でもっ」

「やめてよっ。これ以上、惨めな思いさせないでっ!!」

 普段大人しい紗雪が、こんなに大声を上げるとは誰も思わなかったのか、騒がしかった教室がシーンとなる。

 そんな雰囲気にいたたまれなくなったのか、紗雪は身を翻すと走って教室を出て行った。

 こんな事は初めてなのか、美月と清花は呆然として追うことすら出来ずにいる。

 なんだかわからないが私に原因がありそうなのは確かだし、前回追えなくて後悔した事を繰り返したくなかった私は、出足が遅れたものの、後を追って走り出した。

 その後を、大地と空がついてくるのを感じながら…。


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