第5章-3
数日たって変わった事といえば、紗雪がさらに目を合わせてくれなくなり、三人は授業以外は教室にいなくなり、仲のよかったクラスに僅かに不穏な空気が漂い始めるなど、あまり嬉しくない事ばかりだった。
何もできない自分を不甲斐なく思いながらも、あからさまに目を逸らされて話しかける勇気が持てぬまま、時間がだけが過ぎていた。
「うーみー?帰るぞ」
「ふぇ?」
いつの間にHRが終わったのか、鞄を持った大地が私の顔を覗き込んでいた。
隣の席の空も、首を傾げて私を見ている。
「あ、うん。帰ろっか」
慌てて支度を始める私を見て、大地は小さくため息をついた。
「ったく…」
「何?」
「何でもねーよ」
ぼそっと不服そうに呟くと、大地はすたすたと先に歩き出した。
私はその後を追い、空は私の後ろをゆっくりとした歩調でついてくる。
靴に履き替え、いつもなら正門に行くのだが、大地は裏門に向かって歩き出した。
「ちょ…どこ行くの?」
「いいから」
不機嫌そうな顔のまま、裏門へと向かっていく大地。
不思議に思って空を見上げたが、空もそ知らぬ顔をするだけだった。
裏門に着くと大地はぴたっと足を止め、振り向いて私を見る。
「いってらっしゃい」
「は?」
大地の言動がよくわからなくて眉根を寄せたが、校門の影から現れた人を見て、全てを悟る。
「お疲れ様、羽美ちゃん」
「大和さん!?」
校門の外の道路には、大和さんの車。
私服姿だし、仕事の途中によってくれたというわけではなさそうだ。
「久しぶりに羽美ちゃんとドライブに行きたくなってね」
そう言って爽やかに微笑む大和さんだが、間違いなく大地の策略だろう。
最終兵器投入と言ったところか…。
「道場の手伝いは俺がやっとくから」
「…家の事はまかせろ」
二人は見送るようにひらひらと手をふっている。
「さ、行こう」
「あ…」
何か言うまもなく、私は大和さんに手を引かれ助手席に乗り込む。
走り出した車のミラー越しに、一瞬、大地の少し寂しげな笑顔が映った。
「どこへ行くんですか?」
少し走ってから尋ねると、大和さんは苦笑いを浮かべた。
「えーと、オレ、単純だからなぁ」
「海…ですか?」
「あはは。当たり」
昔の思い出がよみがえり、私は思わず微笑む。
私の名前と同じ響きの場所。
まだ幼い私を、大和さんはよく連れて行ってくれた。
「昔は自転車で行ってましたね」
「そうそう。あの距離をよく走ったよなぁ。若かった…」
「今でも十分若いじゃないですか」
「そうかな?」
クスクスと笑う大和さん。
私に何も聞かず、いつもと変わらない態度の大和さんの隣にいるのはとても心地がよかった。
昔から、いつも一番落ち着く場所。
いつも、心の支えだった人。
たわいもない会話が、濁っていた私の心を少し澄んだものに変えてくれた。
「おー、ちょうどいい時間だったな」
海につくと、夕日が海に溶けていくところだった。
幻想的な風景に、しばし無言で見惚れる私たち。
やがて水平線から太陽が消えてしまうと、大和さんに促され私たちは砂浜に並んで座った。
「大地がさ…」
「え?」
突然大地の名を出され、私は聞き返すように大和さんを見上げる。
大和さんは優しい微笑を浮かべていた。
「大地が、羽美ちゃんに説教してこいって電話してきたんだよね」
「はぁ?説教??」
慰めるじゃなくて説教…。
眉をひそめる私を見て、大和さんはクスクスと笑った。
「うん。説教。自分じゃ何言っても聞かなさそうだからって」
「……」
「我慢しすぎるんじゃありません、ってさ。自分で言えばいいのにね」
「大地……」
確かに今回の事は大地も関わってるし、大地に美月たちのことはあまり言えない。
何か言ったら、大地は本当に彼女達を嫌いになってしまいそうだから。
他の友達にも、言えない。
彼女達を嫌いになりたくないから…。
「あのね、羽美ちゃん。ケンカしないのが仲のいい友達って訳じゃないと思うんだ。相手が間違ってる事をしてるのなら、たとえケンカになっても言ってあげるのが友情だと思うよ」
「でも…嘘をつかれてるわけじゃ…」
「悪意を持った噂を流すのは、本人達にとっても良くないことだよ。聞いてて気持ちのいいものじゃないしね。止めてあげるのも優しさだと思う。勇気はいるけどね」
うつむく私の手を、大和さんは優しく握り締める。
「人はね、間違いを犯すものなんだよ。どんなに立派な人でも、優秀な人でも、間違いを犯さない人はいない。肝心なのは、間違いを犯した後どう動くか。周りの人と協力し、どれだけ被害を小さくできるか。お互いにそうやって助け合って、人は成長していくと思うよ」
「……」
「それに、大地や空君をもっと頼っていいと思うよ。二人だってまだまだ不安定な所はあるけれど、頼られる事によって成長する事もある。誰かを頼るのは、相手に負担をかけるだけじゃないんだよ」
「…はい」
現に、落ち込んだ私を励ますために動いてくれたのは二人だ。
いつも、見守っていてくれる。
二人以外にも、私はいろんな人に支えられている。
だったら、私もいろんな人を支えてあげられるようになりたい。
「さ、じゃーとりあえず、胸にたまってるものを吐き出してみよう!」
「え?」
そういうと、大和さんはすっくと立ち上がった。
「○×警部のわからずやー!」
誰もいない海に向かって叫ぶ大和さん。
呆然としている私の手をとり、立ち上がらせる。
「さ、羽美ちゃんも言ってみよー!誰もいないし、何言ってもOK!」
季節外れの日の沈んだ海には確かに誰もいない。
だからと言って、海に向かって叫ぶって…。
笑い出した私を見て、大和さんは再び海に向かって叫ぶ。
「△○□警視の石頭―!!!」
「大和さんってば…」
クスクス笑う私を、微笑みながら見つめる大和さん。
私も、意を決して海に向かう。
「言いたい事あるなら、直接こーい!」
「そうそう」
二人で笑いあいながら、気の済むまで海に向かって叫び続ける。
バカだなーと思いながら、もやもやしたものが晴れていくのがわかった。