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君のツバサ  作者: 水無月
第五章
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第5章-2

 放課後。

 クラスの女子と談笑していたので、先に教室を出た空と大地を追い、私はひとり急いで歩いていた。

 しかし、廊下の角を曲がろうとした所で聞き覚えのある声がし、歩調を緩める。

「へー、そうなんだ」

 相槌をうつ声は知らない男子の声だ。

「むかつくでしょー」

「ほんと、大して可愛くもないのにさー」

 胸に小さな痛みがはしる。

 聞き覚えのある声。清花と美月の声。

 昼休みに聞いた噂から察するに、きっと私のことなのだろう。

 大して可愛くないという言葉も、否定しようがない。

 でも、実際に言われているところを耳にすると、やっぱりなんだか嫌なものが胸に渦巻く。

「噂の転校生と一緒に住んでんだっけ、そいつ」

「そう。それなのに、一緒に遊びにも行ってくれないんだよ。いい男独り占めしたいだけのくせに、そんな気ないみたいな顔してさ」

「へー、家で何してるんだろうな、二人で。その男も物好きだね」

 角の向こうにいるので顔はわからないが、下卑た表情を浮かべているのは想像が付いた。

 美月や清花は紗雪の事で私にイラついているということで我慢するが、男の方には回し蹴りでもくらわしたい気分だ。

 でも、さすがにこの場で私が二人の前に顔を出すのはまずい。

 こんな話を私が直接耳にしたとわかったら、気まずさが増して関係の修復が難しくなる。

 これ以上聞きたくも無いし、遠回りになるけど戻って違う階段を使って外にでたほうがいいだろう。

 はぁっと小さくため息をつき、踵を返そうとしたときだった。

 すっと影が動いて誰かが角の向こうからこちらへ来た。

 私に気付いてはっと見開く瞳。

 紗雪だった。

 即座に身を翻して私とは逆方向に去っていく。

 美月と清花は気付いた様子もない。

 追ったほうがいいのか少し迷った間に、紗雪の姿は消えてしまった。

 紗雪は一言も私の批判をしていなかった。

 私に気付く前は、居たたまれないような表情をしていた。

 美月と清花は、ちゃんと紗雪の気持ちを考えられているのだろうか?

 胸にもやもやしたものを抱えたまま、私は家路についたのだった。




 夜中の道場で一人、私はがむしゃらに体を動かしていた。

 流れ落ちる汗が気持ちがいい。

 体を動かしている間は頭が空っぽになるのも心地よかった。

「はぁっ」

 大きく息をついて、ぱたんと畳の上に転がる。

 道場の天井を見つめながら、乱れた息を整えていた。

 と、気配を感じて顔だけ横に向けると、空が扉の影からこちらの様子を窺っていた。

 こっそり見ているつもりらしいが、体はしっかり扉に隠しつつも、顔は思いっきり見えている。

 そんなんで仕事は平気だったのかと、思わず笑いが込み上げた。

 それにしても、見ていない様で、私の行動をよく把握している。 

「何してるの、空」

 笑いながらそう言うと、空は静かに道場の中に入ってきた。

 起き上がった私に、冷たいペットボトルを手渡してくれる。

「ありがと、空」

 こくこくと喉を鳴らして水分をとる私の横顔を、じっと見つめる空。

「……特訓?」

「違うわよ」

 首をかしげる空に、笑ってしまう。

「なんていうか、ストレス解消?」

「……ストレス」

 しばし考え込む空。

 そして、何か思い当たったのか小さく頷く。

「……男好き」

「えーっと、そうなんだけどそうじゃないから」

 苦笑いを浮かべながら、よくわからないツッコミを入れた。

 しかし、空はそんな事は気に留めた様子もなく、じっと私の目を見つめている。

 話せ、という事だろうか?

「悪口言われる事はしょうがないと思うんだけどさ」

「…何故?」

「だって、事情が事情だし…」

「…事情があれば、人を悪く言っていいものなのか?」

「いや、それは…」

 空のまっとうな質問に口ごもる。

 どんな事情があっても、人を悪く言うのは良い事ではない。

 ただ、誰も悪く思わずに生きられるほど、人は強くない。

「良くないんだけど、でも、しょうがない時もあるのよ」

「…しょうがないで、そんな顔をするのか?」

 どんな顔してるのだろうと、つい手で顔を触ってしまう。

 あまり、表に出しているつもりはないのに…。

「もっと、心の広い人間になれればいいのにね」

 頭だけじゃなくて、心の底から許せれば顔に出ることもないんだろう。

 そうすれば、周りに心配を掛けることもない。

 それに、もっと私が人として大きければ、紗雪にかける言葉も見つかったのに。

 あんな顔をしたまま、一人で帰らせたりしなかったのに。

 そう、ストレスになっているのは悪い噂を耳にしたからじゃない。

 そうさせてしまった、自分の至らなさ。

「…自分には厳しいな」

「えっ?」

 伏せていた目を上げると、空の澄んだ瞳と目が合う。

「…人を責める事はしないのに、自分は責めるんだな」

「そんなこと、ないよ。人を責める時だってあるよ」

 自分はそんなに出来た人間じゃない事は理解している。

 だからこそ、そうありたいと望んでいる。

 理想と現実のギャップに、悩んでいるだけだ。

 うつむいた私の頭を、空は何も言わずに優しくなでた。

 空なりの慰めや励ましの方法。

 人の気持ちの変化をよく見て、そっと見守ってくれる。

 苛酷な状況で生きてきても、心がないと自ら思っていても、人の心を感じ取れる空のほうが、ずっとすごい人間だと思った。


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