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君のツバサ  作者: 水無月
第四章
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第4章-8

「そっかぁ」

 話を終えると、翠さんはそう呟いた。

 そして、言葉を探すように天を仰ぐ。

 その瞳は、過去の自分を見つめているかのようだった。

「難しいね、恋の悩みは。誰もが通る道だけど、決まった答えはないものね」

 そう言って、翠さんは私を見つめた。

「率直な意見を言えばね、羽美ちゃんは何もしない方がいいと思うの。好きな人が一番大切にしてる異性が何をしても、今はきっと素直に受け入れられない。羽美ちゃんが自分の為を思ってくれてるとわかっててもね」

「大地と私は親友で、恋愛感情がなくても?」

 尋ねる私を見て、翠さんは苦笑いを浮かべる。

「他人から見れば、羽美ちゃんと大地くんの絆は恋人以上だよ」

「でも…」

「もし大地くんに本当に恋人ができたとしたら、羽美ちゃんは平気?」

「え?」

 突然の質問に、私はぱちぱちと目を瞬く。

 翠さんは、私をまっすぐに見つめて言葉を続けた。

「大地くんが羽美ちゃんよりも大切な人を見つけたら、どう?」

「どうって…」

 大地に大切な人が増えるのは嬉しい。

 好きな人が出来たら応援すると思う。

 それは、嘘じゃない。

 でも、現実感はない。

「隣を歩くのはもう自分じゃないって気付いたら、どう?」

「……」

 私がいなくなったら大地はどうなるんだろうと思ってた。

 でも、大地がいなくなったら私は…?

「ほら、悩むでしょ」

 翠さんは、目を伏せた私をやさしく見つめた。

 この前、清花たちにからかわれた時はそんな事ないと思えたのに、翠さんに真面目に聞かれたら、なんで答えられないんだろう。

 大地が大切だから、大切な人が増えるのは嬉しいはずなのに、どうして…。

「大地くんはそれだけ大きな存在なんだよ。そんなに大切に想いあってたら、たとえ恋愛感情じゃなくても、大地くんを好きな子からしたら同じことだと思うんだ」

「じゃあ、何も知らないふりをするしかないんですか?」

 ただ、見ているのは辛かった。

 哀しそうな瞳が目に焼きついている。

「そのお友達が相談してくるまでは、いつも通りにしているのがいいんじゃないかな。それは冷たいことじゃないと思うよ。むしろ、そっとしておいてほしい時に、心配だからっていろいろされる方が辛いかもしれない」

「そう…なのかな…」

「純粋に相手のためを思ってした事が、かえって人を傷付けてしまうこともあると思うよ。悪意だけが、心をえぐる凶器じゃないからね。自分がどうしたいかより、相手が今何を求めているかを考える方が大切だよね」

「相手が求めていること…」

 学校での紗雪の様子を思い出す。

 美月たちは私に何か言いたそうだったが、紗雪はあまり目を合わせようとしなかった。

 紗雪が切ない瞳で追っていたのは、大地…。

 大地と仲の良い私と話すことも、もしかしたら今は苦痛かもしれない。

「それにその子には、ちゃんと仲の良いお友達もついててくれてるんでしょ。それだったら、きっと大丈夫よ」

 ため息をつく私の頭を、翠さんは優しく撫でた。

 小さな手がとても心地いい。

「でもきっと、それでも羽美ちゃんは何かしてあげたいんだよね」

 微笑みながら、翠さんはそう言った。

 まさに、その通りだったりする。

 何もしないほうがいいとは思っても、でも、それだけでは心苦しい。

「私が言ったのはあくまで私の意見。人生に正解なんてないし、年長者が言ったことがあってるって訳じゃないわ。その人には、その人なりの答えが必要だと思う。だらか、自分の見たこと、感じたこと、胸に抱えてる想いをちゃんと見つめて、自分なりの答えを見つけて。それは、羽美ちゃんのためにもなるから。その結果落ち込むことがあったら、私でいいならいくらでも話くらい聞いてあげるわよ」

 そう言って、にっこりと微笑む翠さん。

 しみじみと、大和さんが選んだ人だな、と思う。

 話を聞いてくれて、意見も述べてくれる。

 でも、押し付けたりはしない。

 最終的には、自分を見つめなおして答えを出すきっかけをくれる。

 見守っててくれる心強さ。

 大和さんの帰る場所が翠さんだと思うと、なんだか安心しできる気がした。

「私は、見てて辛いっていう自分の気持ちをなんとかしたかっただけかもしれないです。紗雪がどうしてほしいとか、大地がどんな想いなのかとか、もっとちゃんと考えてみますね」

「えらいっ」

「わっ」

 翠さんの柔らかな胸に抱かれて、思わずドキッとする。

「いい子だねー」

 さらにぎゅーっと抱きしめる翠さん。

 いい匂いが鼻をくすぐる。

「あのっ、翠さん!?」

「…何してんの?女同士で…」

 突然背後で冷たい声。

 翠さんに抱きしめられてじたばたしている私を、稽古が終わって家に来たらしい大地が若干冷たい眼差しで見つめていた。

「あら、大地くん。お疲れ様」

 ぱっと手を離した翠さんから逃れ、私は呼吸を整える。

 翠さんは柔らかくて、いい匂いがして、私とは大違いだ。

「稽古終わったのね。じゃ、私は大和のお師匠様にご挨拶してくるわ」

 ぱっと立ち上がると、笑顔を残して去っていく翠さん。

 その後姿を見送ってから、道着姿の大地は私の隣にどさっと座った。

「女同士で、何の相談?」

「え、いや…」

「って、察しはつくけどな」

 うろたえる私を横目でみて、大地がふてくされた表情を浮かべる。

「羽美が気にすることじゃない。まー、そこで気にする所が羽美のいい所だったりするけど、気持ちに応えられないんだから誰が何しようと事態は変わらねーよ。恋の病に薬はねーんだよ」

「……」

 思わずじっと見つめた私を、大地は不振な眼差しで見る。

「なんだよ…」

「大地が恋愛を語るとは思わなくて…」

「んなっ!?」

 かぁっと顔を赤くする大地。

「別に、語ったって程じゃねーだろ!」

「だって、今まで全く興味なしだったじゃない。むしろ…」

「愛だ恋だなんて、未だに信じちゃいねーよ。でも、いつまでも昔の俺のままでもない」

 そう言って、ふいっとそっぽを向く大地。

 確かに、昔よりも何を考えているかわからなくなってきた気もする。

 成長してるということだろうか…?

「それに…俺だって……」

 ほんの少し頬を染めて、どこか遠くを見つめるような眼差しで何かを言いかける大地。


 しかし…。


「…茶」

 気配もなく背後に立っていた空の一言で、思いっきり縁側から庭に転がり落ちた。

 そんな大地を見て、湯飲みののったお盆を持った空は首をかしげる。

「気配もなく人の背後に立つなーーっ!」

 顔を真っ赤にして怒鳴る大地。

 おそらく、空には聞かれたくない事を口にしようとしていたのだろう。

「…以後気をつける」

「ったく…」

 ふてくされた大地をよそに、空は私の手元に湯飲みをことんと置いた。

「ありがと、空」

 最近お気に入りの緑茶を、私にもついでに入れてくれたのだろうか。

 良い香りに少し和む。

 お茶をすすりながら空を見上げると、空はじっと私を見つめていた。

「何?」

「…落ち着いたならそれでいい」

「え?」

 それだけ言って去っていく空。

 大地は隣で、小さくため息をつく。

「羽美が凹むと、色んな奴が心配するってことだ」

「……そっか」

 空の小さな気遣いに、心が少し温まる。

 自分の事を気にかけてくれる人たちがいる。

 私は幸せ者だと、そう思った。 


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