第4章-6
「だって、おかしいだろ?知らないで好きになるって事は、勝手にイメージした姿を好きになってるだけじゃねーか。それは、俺を好きだって事にならねーだろ」
ふてくされつつも、ちゃんと空の問いに答える大地。
しかし、空は納得した様子がない。
「…どれだけ知ればいい?そもそも、人のことを本当に分かることなどできるのか?」
「なっ…」
空の質問に、困惑する大地。
恋愛というより、もっと深い意味の質問になっている。
「それは…」
悩む大地をしばらく見つめていた空は、ふと思いついたように私を見た。
「…羽美は、大和の事をどれだけ知っているんだ?」
「えっ…」
天然爆弾がこちらにも被弾してきた。
私が大和さんを好き=全てを知っている、と思ったのだろうか。
「うーん、どれだけ知ってるかなんて、私にはわからないよ。私が知ってるのは、私と一緒にいてくれた時の大和さんだけ。知らない大和さんのほうが多いかもしれない。もしかしたら、勝手にイメージしてるだけかもね?」
私の最後の言葉に、大地はむっとした顔になる。
「羽美は、そんなことないっ!」
「…その根拠は?」
「羽美は、ずっと見てきたんだからいいんだ!」
空の冷静な突っ込みに、むきになる大地。
空は首を傾げた。
「……時間の問題?」
「いや、違うと思うなぁ」
空が変な納得をしたら困るので、とりあえず否定する。
かといって、正しい答えが分かるわけではない。
しかし、答えを求めるような眼差しで空が私を見ている。
「好きって感情は、人それぞれ捉え方が違うと思うんだよね。一人しか好きにならない人もいれば、同時に何人も好きになる人もいる。一目で好きになれば、長い間一緒にいて次第に好きになる人もいる。だからといって、どれが嘘でどれが真実ってこともないと思うんだよね」
空に答えながらも、大地に対しても私の考えを伝えようと言葉を選ぶ。
大地は、黙って私のほうを見ている。
「人のことを本当に知ることができる人なんて、きっといないと思うんだ。たとえ心が読めたって、それは理解したことにならない。自分自身ですら持て余すことがある感情を、他人が分かることなんて無理だよ。出来るのは、理解しようとする努力。信じようとする心。私はそう思うけど、でもきっと、答えは人の数だけあるのかもしれないね」
「…なるほど」
納得したような、しないような、微妙な表情の空。
しかし、今は大地の予想以上の怒りを静めるほうを優先したかった。
「大地は紗雪が何にも知らないって言うけど、私はそんなことないと思うしね」
大地がむっとした顔で私を睨んだ。
しかし、口は開かない。
空もただ私を見つめている。
「確かにみんなの前で見せてる顔しか知らないかもしれないけど、紗雪が好きになった優しさは嘘じゃない。どんな理由があっても優しくしたことは事実だし、それを受けて嬉しいと思った紗雪の気持ちは本物だよ。それに、大地が本当は優しい事、私はよく知ってる。その、大地の一部を好きになったったんだもん。間違ってないよ」
「……」
視線をそらす大地。
怒りではない、不安げな弱々しい瞳。
その揺れる瞳を見て、私はふと気付いた。
「なるほど」
思わず、まるで空のような口調で呟いてしまう。
大地は眉をひそめて私を見た。
「なんだよ、なるほどって…」
「あー、いや、なんでそんなに不機嫌なのか分かった気がした」
「それは、さっき俺が説明したからだろ?」
何を言ってるんだと言いたげな瞳。
でも、大地が言っているのとは違う理由を見つけた気がした。
きっと、本当は心苦しいんだ。
断って、傷ついた瞳をされて、申し訳ない気持ちが、いつのまにか怒りへ切り替わってしまったのだろう。
好きだという気持ちを否定することで、断って傷付けてしまったことを正当化したかったのかもしれない。
大地なりの防衛本能。
まぁ、これが真実とも言い切れないけど…。
「大地…叶わぬ想いがあるって事、紗雪も分かってると思うよ?」
「…そんな事、わかってるよ」
「その気持ちに応えられなくたって、大地は悪くないよ?」
大地はむっと唇を尖らせる。
「むかつく…」
ぼそっと、大地が呟いた。
「だーかーらー、紗雪は悪いことはしてないでしょ?」
「じゃなくて、羽美が」
「なんでよっ」
予想外の言葉に、今度は私がふくれた。
大地はがっくりとうなだれる。
「だって、なんでこう、俺の気持ちの裏まで見透かすかな…」
どうやら、図星だったらしい。
そして、一応自覚もあったらしい。
「わかってるなら、最初からそう言いなさいよ!隠し事ばっかり!!」
「別に、隠してるわけじゃねーよ。大して知りもしないのに好きになられて迷惑ってのも事実だ。まぁ、本気で好きになられてももっと困るけど…」
しゅんとする大地。
好きだと思われて嬉しいという気持ちより、申し訳ない気持ちの方が勝っているのだろう。
しかし、再び不機嫌そうな顔に戻る。
「それに、羽美とけっこう仲いいくせに、告白してくる辺りも迷惑なんだよ」
「なんでよ?」
「お前も気を使うだろ。それも考えろってんだよ」
「…それが一番不機嫌な理由?」
空の突っ込みに、大地はかぁっと赤くなる。
「悪いかっ!」
「…別に」
私は一人、ぱちぱちと目を瞬いてしまった。
要するに、告白されて困ったとか、申し訳ないとか言うことより、紗雪が告白したことが私の耳に入れば私が困るに違いないってことに、一番腹を立てていたのだろうか?
だからこそ、美月たちが近づけないように私のそばにいて彼女らを無視し、私が知っていたとわかった時にあれだけ怒ったと…。
大地の世界がほぼ私中心に回っているのは感じてはいるが、そこまでとは…。
空まで納得してるし……。
私は、嬉しいような、不安なような、複雑な心境になった。
やっぱり、どんなに長く付き合っても、人の心はよく分からないものだ…。