第4章-5
「はぁぁ…」
これで、何度目のため息だろう。
体育祭から二日後。
大地も、紗雪たちも、私には何も言ってこない。
あの日、家から道場の打ち上げ会場に戻ってきた大地は『用ができた』と言って帰っていったし、紗雪たち三人は戻ってすら来なかった。
昨日は学校が休みで、大地は道場に顔を出していたけど、特に変わった様子はなし。
しかし今日、異変を目の当たりにした。
たぶん、事情を知らない人から見たら何の変わりもない大地。
でも、まるでそこに存在すらしないかのように、紗雪を無視している。
彼女たちもそれは気付いているようで、その度に泣きそうな表情になる紗雪。
そんな反応をわかっていながら、頑なにその態度を変えない大地。
今までだって大地が告白されたことはあったけど、ほとんどが年上だったり、大地の笑顔に道を誤った男子など、普段はかかわりの少ない相手ばかりだったので、その後の事など気になったことはなかった。
でもまさか、こんな態度をとるとは…。
返事をすぐしなかったのは、優しさからじゃなかったのだろうか?
紗雪が私に何も話してくれないということは、知ってほしくないのかもしれないし、下手に動くことも出来ない。
どうしたらいいものかとため息をついているうちに、いつのまにか昼休みを告げるチャイムが鳴った。
「羽美!」
授業が終わったとたん、美月が私を呼んだ。
しかし、振り返ろうとした私より早く、私の腕を大地ががしっと掴む。
「屋上でご飯食べよ。ほら、朝宮もっ!」
笑顔ではいるけれど、有無を言わせぬ迫力が漂っている。
「あ…いや…」
顔だけ美月たちのほうを振り向いている私を、大地は無理矢理教室の外にひっぱりだした。
哀しそうな紗雪の表情が、胸にちくりと刺さった。
「…どうした?」
屋上に着くなり、空が大地にそう尋ねた。
「何が?」
大地はなんでもないというように、笑顔を浮かべている。
「…変だ」
「変じゃないよ」
空は自分の感情に疎いわりには、人の微妙な変化には鋭い。
笑顔と無表情の間で、静かに火花が散っている。
「変だよ、大地」
いいきっかけだと思って、空に加勢する。
大地はとたんに笑顔を消した。
「何が?」
「だって…なんか、ぴりぴりしてる」
大地は黙って目線を落とした。
聞かれたくないオーラが漂っている。
「紗雪と…なんかあったの?」
思い切って言った言葉に、大地は絶対零度の凍るような視線で私を見た。
「あいつらが、何か言ったのか?」
「いや、三人は何も…」
じゃあ何故?と瞳だけで問いただす大地。
予想外に冷たい反応に、私はちょっと焦る。
と、その瞳があまりに冷たかったからだろうか、空が大地から守るように私の前に立ちはだかった。
「空…」
私は思わず苦笑いを浮かべてしまった。
人の心に鋭いんだか、おかしいんだか、やっぱりよくわからない。
大地の張り詰めていた空気も、空のおかげで解けていた。
「…朝宮、羽美には何にもしないから、どけ」
呆れ顔でため息をついた大地がそう言うと、空は頷いてそこをどいた。
「とりあえず、座ろ」
空気がすこし和んだ所で、私たちは座ってお弁当を広げる。
空はさっさと食べ始めたが、大地は食欲がないらしく、じとっと私を見つめた。
「じゃあ、何で知ってるんだよ」
ふてくされた声で、私に尋ねる。
態度でわかったと言っても納得しそうだけど、嘘をつくのも心苦しい。
「ごめん。一昨日、ちょっと立ち聞きしちゃった」
正直に言うと、大地は眉をひそめた。
「だったら、早く言えよ」
「大地から言ってくれるの待ってたんだけど」
「それは…」
目をそらし、黙り込む大地。
空は自分には関係ない話と判断したのか、もくもくとお弁当を食べている。
「親友には隠し事なしじゃなかったの?」
「相手のプライバシーも…」
「そこで気を使うなら、無視することはないんじゃない?」
「だって…」
ぷうっと頬を膨らます大地。
さっきみたいな怒り方より、子供っぽくてつい微笑んでしまう。
「笑うなっ」
「だって…可愛い」
「あのなぁっ!」
噛み付きそうな大地を笑顔で見つめると、大地は観念したようにため息をついた。
「…むかつくんだよ」
「何が?」
「俺のこと何も知らないくせに、何が好きだよ」
返答に困っていると、大地は先を続けた。
「病院連れて行ったのも、大和さんが来るから羽美を残したかっただけだし、送っていったのだって、羽美もあの女たちも残るのに、同じ方向の俺が送ってかなかったら後で文句言われると思ったからで、別にあいつのためじゃない」
言いながら、だんだん口調に怒りが満ちてきている。
「羽美が比較的仲良くしてるからちょっと親切にしただけだ。本当の俺のことなんか何もわかってないくせに、なんで好きって言える。勝手に勘違いで好きになって、傷ついた顔されて、迷惑なんだよ」
「えーと…」
大地が恋や愛に対して、あまりいい感情を持っていないのは知っている。
しかし、嫌いではないはずの子に告白されて怒るとは…。
何をどう伝えれば良いのか言葉を捜していると、すでにお弁当を食べ終わった空が口を開いた。
「…全てを知らなければ、好きになってはいけないものなのか?」
首をかしげる空の質問に、大地が固まる。
空の口から『好き』という単語がでてくるとは思わなかったので、私も驚いてまじまじと横顔を見つめてしまった。
ただ、純粋に疑問に思ったことを口にしたのだろう。
嫌味や説教ではない、ただ不思議そうな瞳。
大地がどんな答えをするのか、私は黙って見守った。