第1章-1
門下生が帰り、やたら広く感じる道場で一人、私は汗を流していた。
肉体的に強くなるための武道はもう辞めた。
今はただ、精神を鍛練する為に時たまやるだけだ。
乱れた心も、幼い頃から叩き込まれた武道をするとやはり引き締まる。
鍛練を終え、瞳を閉じて息を整えている時だった。
こちらに向かって複数の足音が近づいてきた。
一つは聞き慣れたおじいさまの足音。落ち着いた乱れの無い音。
もう一つは軽い足取り。聞き慣れないが、よく知っている。たぶん父様だろう。
最後に、知らない小さな足音があった。
彼等の足音が道場の入口で止まる。
その瞬間だった。
ざわっと背中に悪寒が走る。
今まで感じたことの無い、精神が圧迫されるような重く、冷たい気配。それが私に絡み付き、冷や汗と共に嘔吐感が込み上げる。
私は反射的に半身を翻し、その気配に向かって身構えた。
本能が、危険を知らせていた。
だが……。
「やほー、羽美ちゃん!久しぶりー!!」
険しい顔の私と対象的に、そこにいたのは久しぶりに見る能天気な父様と、何故か満足そうなおじいさま。
そして、長い前髪で顔は見えないが、見覚えのない同じ歳くらいの少年がいた。
先程の嫌な気配はもうない。
「…??」
「構えを解きなさい、羽美」
困惑した表情のまま固まっていた私は、おじい様の声で我に返る。
「あっ、はい。すみません」
姿勢を正し、改めて見知らぬ少年を見る。
身長165センチの私が少し見上げるくらいだから、174~5センチくらいだろうか?
細身だが、シャツの下は引き締まっているように見える身体。
少し茶色の柔らかそうな髪が顔の半分くらいを覆い隠しているので、顔の造作はよくわからない。
こんな時間に父様とおじい様が連れてくるなんて、いったい誰なんだろう?
「あっ、紹介するね!」
私の考えを察したのか、父様がにっこり笑う。
そしてまず、私の肩に嬉しそうに手を置いた。
「この可愛い子が、僕の羽美ちゃん!」
なんだその紹介は!っと突っ込みたくなるのを抑えて、私は軽く会釈する。
「それで、こちらが…」
父様が促すように振り向くと、彼はゆっくりと口を開いた。
「……朝宮 空」
静かな、落ち着いた声。悪く言えば、感情がこもらない声。
彼は名前だけ告げると、会釈もせずにただ立っている。
な、なんだろう…この人?
「空君はねー」
父様が話し出そうとすると、おじい様がすっと手を出して止める。
「話せば長くなる。部屋に行ってからにしよう」
「…そうですね」
いつも不自然にテンションの高い父様だが、おじい様に対してはさすがに落ち着きを取り戻す。
父様はおじい様の後につき、彼を促して母屋に向かった。
私も汗を拭きつつ三人の後に続く。
さっきの嫌な気配。
今は微塵も感じられないけど、朝宮空という彼が発したものだろうか?
父様やおじい様とは思えない。
話せば長くなるという、おじい様の言葉も気になる…。
いったい彼は何者なのだろう…?




