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君のツバサ  作者: 水無月
第四章
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第4章-4

「最強の帰宅部にかんぱーい!」

 森田の妙な掛け声と共に、体育祭の打ち上げが始まった。

 場所はうちの道場。

 アルコール厳禁、後片付けは完璧に、という条件でおじい様にお許しを得た。

 お菓子や食料は各自持参、飲み物は優勝のご褒美に担任からのプレゼントだ。


「いやー、帰宅部三人はいって勝てるって、通常ありえないよな」

 森田が私の隣にやってきて、笑いながらそう言った。

「朝宮は転校してきたばっかだからともかく、なんで神埼も大地も部活はいらないかな。どこでも大歓迎だろうに」

「んー、道場の手伝いあるし、家事もやらなきゃいけないし。部活って団体行動だから出たり出なかったりってのもまずいでしょ?」

 うーん、と残念そうな表情の森田。

「大地くんはなんでー?」

 周りにいた女子が、私の隣にいる大地に問いかける。

「僕?僕は、運動あまり得意じゃないから…」

『嘘をつけー!!』

 言い終える前に、後ろにいた数人の男子に押しつぶされる大地。

「その笑顔に今まで騙されてたが、実はそーとー運動神経いいだろっ」

「明らかに、今日は授業のタイム測定より早かったし」

 下が畳ということもあって、思う存分もみくちゃにしている。

 今まで人と距離を置くことが多かった大地が、半ば無理矢理とはいえ、男子と楽しそうにじゃれあっているのはなんだか嬉しい。

「朝宮は、部活はいらないのか?」

 森田の問いに、空は首をかしげた。

「悩んでるんなら、ぜひわが陸上部に…」

 にっこりとさりげなく勧誘をする森田を、他の運動部員が目ざとくみつけ、空の周りにすっとんでくる。

「いや、バスケ部も大歓迎だからっ!」

「こないだのサッカーも楽しかったよなっ!?」

「いや、うちも…」

 打ち上げというよりも部活勧誘合戦に発展し、空は困惑した表情で周りの男子を見つめる。

 そんな彼らを見て女子が笑い出し、楽しい空気が道場を包んでいた。



「神崎ー!飲み物がもうありませーん!!」

 打ち上げが始まって一時間ほどたった時、誰かがそう叫んだ。

 見ればあたりに転がっているのはカラのペットボトルばかり。

 キッチンにまだ冷やしているものがあったはずだ。

「じゃ、とってくるよ」

 そう言って立ち上がったものの、一人では持ってくる本数に限界がある。

 辺りを見回したが、空は数人の男子と腕相撲大会をしているし、大地は見当たらない。

 今一緒に話してた女子に頼むのも…と、少し考えていると、近くにいた森田がこちらを見た。

「俺、行こうか?」

 ほんと、気配り上手だと思わず感心する。

「サンキュ。でも、けが人はおとなしく待ってて。たぶん、大地は家のほうに行ってそうだし」

「ん。じゃ、頼んだ」

 私は了解、と手を振って道場を出た。


 道場にいないという事は、大地はたぶん家のほうにいるのだろう。

 トイレでも行っているのか、休憩しているのか…。

 じゃれあっているのが嘘の笑顔じゃない気がして、今日は大地と離れて女子と話をしていたけれど、やたらテンションのあがっている男子とずっといっしょじゃ疲れたのかもしれない。

 大地を探しつつ、私は渡り廊下を歩いていた。

 と、話し声が耳に入る。


「ほら、頑張って!」

 聞き覚えのある声…。清花だ。

「言うって決めたでしょ」

 これは、美月。

 そういえば、三人も道場にいなかった。

 声は、おそらく縁側の方から聞こえている。

「…でも……」

 か細い紗雪の声。

 何の話をしているのだろう。

「…話がないなら、戻るけど?」

 大地の声も聞こえ、私はドキッとした。

「ちょっと待ってよ、大地君。ほら、紗雪っ!」

 清花がせかすように、紗雪に声をかけている。


「ま、まさか…」

 立ち止まり、私は思わず呟く。


 誰もいないところに呼び出された男子。

 友達に励まされながら、ためらいながらも何かを伝えたい女子。


 こ、この状況って、もしかしなくても……。


「あの…私、ず、ずっと麻生くんのこと……」 

 震える紗雪の声に、何故か私までドキドキする。

 立ち聞きはよくないと思いながらも、足が動かない。


「…す、好きでした」


 決定的な言葉を聞いて、私はぺたんとその場に座り込んでしまった。


 さ、紗雪が、大地の事を……。


 でも、思い返せばそんな気がしなくもない。

 私に他に好きな人がいると知った時のくいつきようとか、引ったくりにあった時の様子とか…。

 納得がいくからこそ、心臓がばくばくした。

 清花や美月が『空を好き』というのとは、何かが違う。

 二人ともそれなりに真剣で、失恋すれば傷つくだろうけど、きっと想いの大きさが違う。

 紗雪の想いはたぶん、二人よりも真摯で純粋。

 しかも、内気な紗雪が告白するなど相当の勇気が必要だっただろう。

 私は高校からの付き合いだから今までどうだったのかは知らないが、人の恋愛沙汰を楽しむ美月と清花が私の耳に入らないように気を使うぐらいだから、もしかすると初めての一大決心だったのかも知れない。

 大地もその気持ちの大きさを感じて言葉を選んでいるのか、なかなか答えない。

 沈黙が、やたら長く感じる。

 これ以上聞いちゃいけないと思うのに、なかなか立ち上がれない。


「…どうした?」

「!?」

 突然、背後から声をかけられて、声も出ないほど驚く。

 振り返ると、空が不思議そうな顔をして立っていた。

 たぶん、荷物もちに森田がよこしたのだろう。

「あ、いや…」

「……?」

 動揺する私を、首を傾げて見つめる空。

 と、大地が口を開いたのが聞こえた。


「僕は…」


 私は思わず、空の腕を掴んで道場の方にダッシュした。

「??????」

 訳も分からずに、空は私につられて道場に戻る。

 ばんっと勢いよく道場の扉を開けると、みんなが一斉にこちらを見た。

「おかえりーって、神崎。ジュースは?」

「…忘れたっ!」

 言い切る私に、一瞬の沈黙。

 そして、次の瞬間大爆笑に変わる。

「何をどうしたら忘れるかな?」

「バカだとは思ってたけど、ここまでとはっ」


 あはははー、と私も笑ってごまかしつつも、心はなかなか落ち着きを取り戻せなかった。


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