第4章-3
晴れ渡る青空に、爽やかな風。
これぞ体育祭日和といった良い天気だ。
応援合戦も終わり、体育祭もそろそろ終盤。
残すはクラス対抗リレーのみ。
点数は各クラス均衡しており、リレーの勝者が優勝という状態。
リレーは余裕勝ちと思われていた我がクラスは、本来ならば盛り上がっているところだった。
しかし…。
「…す、すまない」
手当てを受けている男子達に、空が少しうろたえながら謝っている。
ちゃんと謝れるんだと、私は思わず微笑んでしまった。
「おい、神崎。笑うところじゃないだろ」
足首に包帯を巻かれながら、森田がつっこむ。
そして、空には笑顔を向けた。
「朝宮は気にすんな!俺らが鈍いだけなんだし」
「……すまない」
先ほど行われた男子の騎馬戦。
空の運動神経や身長に合わせてクラスの運動神経のいい男子達でチームを組んだのだが、反射的に敵をよけようとした空の動きについていけず、思いっきり体制を崩して転んでしまったのだ。
空以外の三人が負傷してしまい、さすがに空も自分が悪いと思ったのか、相変わらずのポーカーフェイス中にも申し訳なさそうな雰囲気がかもしだされている。
「いやいや、悪気があったわけじゃないんだし、練習も一生懸命やった上での結果だし、お前に非はないって」
嫌な顔一つ見せない森田に、ちょっと感心する。
さすが、信頼厚いクラス委員なだけはある。
「いい奴だねー、森田」
「お前はもう少し心配しろ」
空の周りにいい友達がいる事が嬉しくてニコニコしている私に、森田は再度突っ込みを入れた。
「ったく、たいした怪我じゃないからいいけどさ…。で、リレーはどうするよ?」
「さすがに、その足じゃ走れないしね」
日常生活に差し障りはない程度の怪我だが、全力で走るのは無理だ。
本当は空の変わりに走るはずだった男子も、森田と共に怪我をしている。
「まあ、そんな速い奴じゃなくても、神崎と朝宮でフォローできるだろうけど…」
そう言ってクラスメイトを見渡す森田の視線から、男子達は何気なく目をそらす。
「…やる気無しかよ、お前ら」
だってよーと、男子達の言い訳が始まる。
バトン練習などしばらくやったこともない上に、確実に勝てるメンバーに入るのはプレッシャーがありすぎる、との言い分だ。
確かに、他のクラスだってベストメンバーでくるのだから、バトンでも落としたりすれば余裕勝ちではなくなるだろう。
「じゃー、そうだなー」
ちらりと大地を見ると、笑顔のままだが『嫌だ』とオーラをかもしだす。
しかし、プレッシャーにも負けず、練習無しでも息が合いそうなのは大地くらいだろう。
「大地、やってくれるよね」
問答無用の意味を込めて満面の笑みを向ける。
他のクラスメイトも、それは良いといわんばかりに大地に顔を向けた。
「大地なら、練習無しでも神崎とならいけそうだしな」
森田も決定と言いたげに大地に笑顔を向けた。
全員に期待の眼差しを向けられ、大地はちょっと恨みがましく私を見つめつつも、仕方なく承諾する。
「よし。んじゃ、選手交代、知らせてくるな」
軽く足を引きずりながら、本部のテントへ向かおうとする森田。
「いいって、森田。私行ってくるから休んでて!」
あわてて引き止めて座らせると、私は内心ふてくされている大地と、うろたえている空を連れて本部へ向かった。
「これ以上、目立ちたくないんだけどな…」
三人だけになると、ものすごく不機嫌な声を出す大地。
これ以上…と言うのは、きっと先ほどの応援合戦のことだろう。
うちのクラスは、男子は学ラン・女子はチアの格好をしたのだが、当日になって私と大地だけ、衣装を交換させられたのだ。
女子に捕まり、いつのまにか用意されたかつらをつけられ、薄化粧までされ、チアリーディングの格好をした大地は、ものすごく可愛かった。
ちょっと恥らう顔がまた愛らしく、たかれるフラッシュのすごいこと…。
「あれは、目立ってたもんね」
苦笑いを浮かべると、大地は噛み付きそうな顔をする。
「わかってたら止めろっ!」
「女子を敵に回すのは、私も恐いもん」
「くそぅ…」
「ま、リレーは順位落とさなければ、本気で走らなくてもいいからさ」
「適当にやらせていただきます」
ふんっとそっぽを向く大地。
私は苦笑いを浮かべ、今度は空のほうを見上げると、物憂げな表情をしている。
「空。怪我させちゃったこと気にしてるなら、リレーで勝とう!」
「…勝つと、喜ぶのか?」
首をかしげる空。
「そりゃ、もちろん」
「…わかった。全力を尽くす」
力強く頷く空は、頼もしく見えた。
そんな空を嬉しそうに微笑む私を見て、大地がぼそっと呟く。
「じゃ、俺もそこそこ頑張る」
やきもちを焼いている大地が可愛くて、私は思わず笑ってしまった。
リレーは最初の三人はグラウンド一周、アンカーのみ二周となっている。
第一走者が位置につき、今にもスタートがきられようとしていた。
「頑張れー!!」
声援があがる中、スタートのピストルの音が校庭に響き渡った。
一斉に走り始める六人の男女。
うちのクラスの女子は、二位というなかなかの好スタートだ。
さすが陸上部と思っていたのもつかの間、彼女はカーブのところでバランスを崩した。
次の瞬間、地面に倒れこむ。
きゃぁっと、悲鳴のような声が観客席から上がる。
彼女はすぐに立ち上がり走り始めたが、足が痛むのか最初のスピードは無い。
他のクラスが次々と第二走者にバトンを渡していく中、大地は静かにその子が来るのを待っていた。
一人取り残され、泣きそうになりながら走ってくるその子を見つめている。
離れていて言葉までは聞き取れないが、彼女がごめんねと言って大地にバトンを渡したのが見えた。
ダントツの最下位。
おそらく、クラスの誰もが優勝は諦めていただろう。
しかし、走り始めた大地に歓声があがる。
そこそこなんてもんじゃない、真剣な表情で全力で走っている。
空へのやきもちではなく、責任を感じて泣いている子の為だろう。
私へバトンを渡す頃には、五位に追いついていた。
「羽美、あとはまかせた!」
「まかされたっ!」
絶妙のタイミングで、バトンを受け取る。
二人の想いがこもったバトンを大切に握り締め、走り始める。
上位二クラスとはだいぶ離れているが、空ならきっと何とかしてくれる。
怪我してでれなかった森田のためにも、転んで責任感じている子のためにも、そして、応援してくれているクラスメイトのためにも負けるわけにはいかない。
一人、二人と抜き去り、直線にはいり空が見える頃には私は三位にあがっていた。
「空っ!」
思いを込めて、空にバトンを受け渡す。
走り始めた空の背中は、一気に遠ざかって行った。
風のように走るとは、空のための表現ではないかと思った。
軽やかに、音も無く、ハチマキをなびかせて颯爽と走っていく。
一周を過ぎる頃には、当たり前のように前の二人に追いついていた。
そのままスピードはおとろえる事無く、空は二人を抜かすとゴールテープを切った。
空の走りに見とれて思わず静かになっていた観客席から、わぁっと大歓声があがる。
「あーさーみーやー!!」
喜びのあまり飛び出してきたクラスメイトが、次々と空に抱きついていく。
空にとっては予想外だったようでおろおろしているが、みんなの嬉しそうな顔を見て、少し表情が和らいでいる。
「大地も実は速いんじゃねーか!よくやった!!」
森田が大地を捕まえて、ぐしゃぐしゃと頭を撫でていた。
そんなことないよと言いつつ、大地も嬉しそうだ。
人と触れ合うことが苦手な二人が、大勢のクラスメイトと共に喜びを分かち合っていることが、私は何よりも嬉しかった。