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君のツバサ  作者: 水無月
第四章
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第4章-1

 いつもならおじい様や大地、道場の人達などで賑やかな夕飯時。

 今日、おじい様は町内の旅行で留守だし、大地も自宅にいる。

 めずらしく、と言うよりも、初めて空と二人きりの夕食だ。

 空から話をふるわけもなく、無言も嫌なので、先程から私が喋っては空が微妙にリアクションを返すということが続いていた。


「明日の体育祭、晴れるといいね」

 少し開けた障子の間から見える、澄んだ星空と儚げに輝く三日月を見上げて私はそう言った。

 空はちらりと夜空を見上げ、こくんと頷く。

 晴れるという肯定なのか、晴れて体育祭ができるといいという意味なのか、相変わらずはっきりわからないが、どうやら体育祭は嫌ではないらしい。

 この一週間ほど、リレー以外の競技もよく知らなかった空は、放課後にクラスメイトから競技の講習を受けていた。

 個人競技はすぐに習得したものの、問題は集団競技。

 空の運動神経がよすぎるために、他の生徒にあわせることに悪戦苦闘だった。

 首を傾げつつ、周りに合わせることを覚えていく空は、なんだか微笑ましかった。 

 

 ふふっと思い出し笑いをした私を、空は不思議そうな顔で見る。

「あ、ごめん。空が体育祭の練習してる姿思い出したら、なんか楽しくなっちゃって」

 笑いかける私を、空はさらに困惑したような表情で見つめた。

 何が面白いのか理解できないのかと思ったが、そうではなかった。

「…恐くないのか?」

 予想外の空の言葉に、私はきょとんとした。

 今の会話の流れで、何か恐がることがあっただろうか?

「…俺と二人で、恐くないのか?」

「は?」

 真剣な空に思わず間の抜けた返事をしてしまい、私は慌てて口をふさいだ。

 いつもの天然ボケ的な発言ではない。

 心に秘めた想いが零れ落ちた言葉。

 私は手にしていた箸を机に置いた。

「恐くないよ」

 空の瞳をまっすぐに見つめてそう答える。

 戸惑うような視線が、私の瞳をしっかりと捉えていた。

「どうしたの、急に」

 目をそらさずに言葉を続けると、空は僅かに目を伏せた。

「…俺の過去を知っていて、なぜ怯えない。今は、お前を守る者は誰もいないのに」

 その想いに驚きつつも、初めて空と会話らしい会話をしていることに、不謹慎ながら嬉しくなる。

 少しずつ、心を開いてくれている証拠だといい。

「空から守ってもらう必要なんてないじゃない」

 そう言うと、空は目を上げて私を見た。

「…お前を傷付けて、逃げるかもしれない」

 空がそう考えているわけじゃない。

 きっと、今までそう言って警戒されていたのだろう。

 空自身にそんな不穏な気配は全くない。

「空はここから逃げたいの?」

 静かに首を振る空。

「だったら、問題ないじゃない」

 にっこり笑う私を、空は戸惑うような瞳で見つめる。

 自分には心がないと思わなければいられないほど、どれだけの傷を心に刻み込まれたのだろう。

 ありのままの自分を受け入れられるはずがないと、思い込んでいる。

「…人を殺めた男といて、何故平気なんだ」

「……」

 ただ信じているといっても、納得しなさそうな雰囲気だ。

 論理的な事を言うのは苦手だが、曖昧な表現だけでは空にはきっとわからない。

 私はしばし考え、自分の空に対する気持ちを整理した。

「そりゃ、最初空の事情を父様から聞いたときは、ちょっとは恐いと思ったよ。殺気放たれて気持ち悪くなったしね。どんな事情があれ、人の命を奪うことは許されないことだと思うし、一緒に暮らして平気なのか疑ったりもした」

 口を開いた私を、空はじっと見つめている。

「でも、一緒に暮らしてみたらすぐに恐くなくなったよ。口数少ないし、何をどう思ってるかなんてわからないけど、でも、ちゃんと優しさを持ってることわかったしね」

 首を傾げる空。

 私は、にっこりと笑う。

「守ってくれたり、慰めてくれたり、優しさがある証拠だよ。それに、絡んできた先輩にも手を出さなかったし、引ったくり犯も手加減して怪我をさせなかった。自分を傷付けるものにも手を出さない空を、どうして恐がる必要があるの?」

 戸惑う瞳をしっかりと見据え、私は言葉を続けた。

「空が過去にしてきたこと、私は簡単な話を聞いただけで本当のところは何も知らない。そんな情報だけで、今の空を判断できないよ。私にとっての空はこの家で出会ってからの空であって、過去の空は関係ない。今の空が、人を傷付けたりしないいい子だって言う事実だけで、信じるには十分じゃない?」

 空は目を伏せて、しばし黙り込んだ。

 私は静かに、ただ待っていた。

 澄んだ空気が、私たちの間を通り抜けていく。

 この風が空の心の闇も祓ってくれればいいのにと、ひっそりと願った。


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