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君のツバサ  作者: 水無月
第三章
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第3章-2

「ったく、なんで女ってくだらない恋愛話が好きなんだろうな。うっとおしい」

 放課後、一緒に帰っていた美月たち3人と別れたとたん、大地が毒づいた。

「うっとおしいって…友達にそんな事言わないの」

「俺は友達じゃない。羽美が仲良くしてるから、しょうがなく愛想振りまいてんだよ。っつーか、なんで羽美があんな軽い女達と一緒にいるのか理解できないね」

 帰路延々と大地の嫌いな恋愛話をされ相当イライラしていたのか、いつもより割り増しで口が悪い。

「そう?自分にないもの持ってる人と一緒にいるのも楽しいよ。色んな価値観の人がいるから、世の中面白いんじゃない」

「羽美があいつらと同じ価値観になったら俺は…」

 言葉の途中で、大地は先ほどから自分をジーっと見つめている空を見上げる。

「なんだよ、さっきから」

 物言いたげな空が気になったらしい。

 空は大地を見つめたまま、ちょっと首をかしげる。

「…二重人格?」

「なっ…!?」

 空の思わぬツッコミに、大地はかぁっと赤くなる。

 私は思わず笑ってしまった。

 確かに、学校での穏やかな態度と、今のふてぶてしい態度じゃそ、う言われてもしょうがない。

 大地の両面を知っている人は、彼が心を開いているごく一部の人間だけだし、その人たちは付き合いが相当長いので、今まではっきりとそう言われたことがなかった。

「笑うな、羽美っ!」

「ごめんごめん」

 むくれる大地に謝って、私は不思議そうに大地を見つめている空に向き直る。

「あのね、空。大地がこうやって文句言ったりしてる時は甘えてる証拠なの。二重人格というよりは、心を許してるか許してないかの違いね」

 空はよくわからないのか、今度は逆側に首を傾げた。

「別に甘えてないっ」

 大地は顔を赤くして、ぷいっとそっぽを向く。

「そう?」

「あのなー、俺は…」

 からかうような私の声に反論しようとした大地は、突然、はっとしたように今来た道を振り返る。

「なんだ、今の声」

 同時に振り返っていた私と空も、同じ物に反応していた。

「女性の悲鳴…だよね?」

 私の問いかけに、空が頷く。

『………』

 一瞬無言で見つめあうと、次の瞬間には三人とも悲鳴が聞こえた方へ駆け出していた。

 声がしたのは先ほど別れた三人の行った方角。

 まだ日が落ちていないとはいえ、あっちの方は人気の少ない場所が多く、近頃物騒だ。

 私の胸を一抹の不安がよぎった。



 角を曲がると、前方から一台のスクーターがこちらに向かっていた。

 二十歳前後の男性が二人乗っている。

 車道と歩道に別れていないくらい細い道なのに、スピードを出しすぎだ。

 危ないと思って二人をむっと睨んだ時、後ろの男が見覚えのあるバックを手にしていることに気付いた。

 可愛いマスコットのついた、うちの高校のバッグ…。


 悲鳴+スクーターに乗った感じの悪い男+バッグ=ひったくり


 頭の中にそんな計算式が浮かぶ。

「止まりなさいっ!」

 私は立ち止まり、道をふさぐように手を広げて立ちはだかった。

「どけっ!轢くぞ、コラ!!」

 スクーターは若干スピードを緩めたものの、止まる気配もなく近づいてくる。

 友達のバッグを奪った奴らを逃す気はなく、私はその場を動かなかった。

 スクーターは数秒もかからずに、目の前まで来る。

「羽美っ!!」

 大地がそう言って私の腕を取り、道の端に引っ張るのと、空が私を庇うように前に立ちはだかったのはほぼ同時だった。

 見た目よりずっと逞しい大地の腕に抱かれた時、背後でどんっと鈍い音がし、どさっと何かが倒れる音が聞こえた。

「空っ!?」

 空が轢かれたのかと思い、大地の腕の中であわてて首だけ振り返る。

 が、何が起こったのか目にしたとき、私は思わずぽかんと口を開けてしまった。

 空は片足をスクーターの前部にかけて、平然とした顔で立っている。

 おそらく、その片足一本でスクーターを止めたのだろう。

 急に止められた反動で、乗っていた二人は道に転がっていた。

「…止めたぞ?」

 私が呆然としていると、空がちょっと首をかしげてそう言った。

「あ、ありがと」

 ようやく言葉が出て、我に返る。

 そうだ、引ったくりだ。

「ちょっと、あんたたち」

 大地の腕から抜け出し、転んだ拍子に痛めた場所をさすりながら起き上がった男達に詰め寄る。

「そのバッグ、どうしたのよ」

 後ろに座っていた男が手にしたバッグを指差す。

 男はチッと舌打ちすると、懐に手を差し込んだ。

「羽美っ」

 再び引っ張られ、大地の背後に追いやられると同時に、男がナイフを振りかざす。

 視界の端に、空の背後にいた男が同じようにナイフで空を襲おうとしているのが映った。

 しかし、それは空と大地に対しては無駄な抵抗だった。

 空は軽く半身を返してナイフをよけると、男のみぞおちを軽く突く。

 大地は男のナイフを持った腕を取り、鮮やかに背負い投げを決める。

 一瞬後には、二人の男達は気を失って道端に倒れていた。

「さすが…」

 私がそう呟くと、大地が般若のような顔で振り返った。

「だ、大地?」

「アホかっ!」

 怒りの叫びと共に、ゴンッと私の頭をげんこつで殴る。

「痛っ」

「正義感溢れるのは結構だが、ちょっとは後先考えて行動しろっ!そんな痛さどころじゃない事態になるところだったろうがっ!!!」

 怒鳴ったあと、大地は力が抜けたかのように私の肩に顔をとんっと乗せた。

 肩がわずかに震えている。

「心配させんな。心臓が止まるかと思った」

「ごめんね」

 カッとして、確かに無茶な行動をした。

 二人がいなければ、怪我をしていたかもしれない。

「守ってくれてありがと」

 そう言うと、大地は顔を上げ、小さくため息をついた。

「今度からは無茶すんなよ」

「うん」

 大地が落ち着いたようなので、私は地面に落ちているバッグに近寄った。

 このマスコットは、紗雪の物に間違いない。

「大地、空、ここ任せるね」

「ああ、警察に連絡しとく」

 大地がそう答え、空が頷くのを見てから私は走り出した。



 数十メートル走り、角を曲がると道端にうずくまった3人の姿が見える。

「紗雪っ!」

「羽美!?」

 名を呼ぶと、美月と清花が振り返った。

「大丈夫?」

「引ったくりにあったの!紗雪が足を痛めて…」

 駆け寄ると、動揺して涙目になっている清花がそう言った。

「羽美、どうして…」

 美月が潤んだ瞳で、私を見つめて不思議そうに呟く。

「その引ったくりがこっちに逃げてきたの。紗雪のバッグもってたから捕まえたわ」

 安心させるように微笑んでから、泣いている紗雪の足もとに跪く。

「紗雪、ちょっと見せて」

「うん…」

 そっと靴を脱がせ、紗雪の痛めた足を見る。

 道場で足の怪我は日常茶飯事なので、ある程度怪我の具合は判断できた。

「骨は折れてないみたいね。でも、早く病院に行って治療してもらおう」

「うん…」

 涙声で答える紗雪。

 おそらく怪我の痛みより、精神的なショックのほうが大きいのだろう。

「近くによく知ってる先生がいるの。そこに行こう」

 道場でお世話になっている診療所が、ここから歩いていける所にあった。

 救急車や車を呼ぶよりきっと直接行ったほうが早い。

 痛めたのは足首だけのようだし、私がおぶっていけばいい。

 そう思ったとき、背後に気配がした。

「僕が連れてくよ」

「大地?」

 驚いて振り向くと、穏やかな表情の大地がそこにいた。

「現場は朝宮に任せてきた。すぐに警察がくるから大丈夫だよ」

 私に向かってそういうと、今度はしゃがんで紗雪のほうを見る。

「ちょっと恥かしいかもしれないけど、すぐだから我慢してね。直接連れて行ったほうが早いからさ」

 そう言うと、大地は軽々と紗雪を両腕で抱き上げた。

「えっ、あっ…」

 紗雪は驚きで涙が止まり、かぁっと顔が赤くなる。

「痛くない?」

 優しく尋ねる大地に、紗雪はさらに顔を赤らめて頷いた。

「事情聴取は二人に任せるね。羽美と朝宮のいる方で待っててくれる?」

 有無を言わせぬ笑顔で美月と清花にそう言うと、大地は私のほうを見る。

「二人連れて現場戻ってて。僕も治療終わった戻るから」

「うん」

「じゃ、行ってくる」

 そう言って、大地は早足で診療所へと向かっていった。

 しばし呆然としていた清花が口を開く。

「大地くんって…意外と男らしいのね」

 美月も頷いている。

 突然の事態にも冷静に動き、さらには紗雪を軽々と抱き上げた事が、学校で見せる大地の顔とは違って見えたのだろう。

「とりあえず、空と合流しよう」

「そうだね」

 急ぎ足で戻ると、スクーターと犯人二人が道の端に寄せられ、その脇に空が立っていた。

 通行の邪魔になるからどけたのだろうが、何も知らない人が通ったら空が通報されそうな状態だ。

「空、何もなかった?」

 頷く空に少しほっとした時、パトカーのサイレンが近づいてきた。

 少しして、パトカーと覆面パトカーがそれぞれ一台づつ到着した。

 覆面パトカーの扉が勢いよく開き、人が飛び出すようにこちらに駆けてくる。

 何事かと思ってその人の顔を見て、私は息を飲んだ。

「羽美ちゃん!大丈夫かっ?」

 心配そうな顔で私の肩をがっしりつかんだのは、私のよく知っている人だった。

「大和さん…」

 思わず名を呼んだ私は、少し顔が赤くなった気がした。

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