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君のツバサ  作者: 水無月
第二章
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第2章-5

「あー!羽美が男連れてるー!!」

 美容院の後に空と夕飯の買い物をして帰ると、家の前で道場に稽古にきた子供たちにそう叫ばれた。

「あのね…」

「だいちー!事件だ、事件!!羽美がいい男連れてきたぞー!?」

 私が言葉を続ける前に、子供たちは大騒ぎしながら道場に駆け込んでいく。

「…事件?」

 子供たちの言葉を真に受けて、買い物袋を持った空が首を傾げた。

「驚いただけよ」

「?」

 空はよくわからないといった顔で私を見た。

 長すぎる前髪を切ったおかげで、瞳の僅かな変化で感情がなんとなく読みとれる。

 空の瞳は、思っていたよりも澄んでいた。

「私がいい男と歩いてるのがよっぽど珍しいみたいよ?」

「…なるほど」

 納得するなっと突っ込みたいところだが、どうやらとりあえず返事をしただけらしい。

 空は子供達が去って行った方を、考え深げに見ていた。

 子供たちに興味があるのだろうか?

「あとで道場見学してみる?今の時間だと、大地が子供たちに指導してるけど」

 空は振り返って私の目を見ると、少し思案してから頷く。

「じゃ、荷物置いて着替えたら行こう」

 私たちはとりあえず、道場の奥にある自宅に戻った。


 学校帰りにいろいろよったので、ジャージのままだった空は、私が夕飯の材料をしまっている間に私服に着替えてきた。

 服は空の趣味で買ったのかはわからないが、ブラックジーンズに黒いシャツを羽織っている。

 シンプルだが、顔が小さく体も程よく引き締まってすらっとしていてスタイルがいいので、なかなかかっこよく見える。

 何よりも、端正な顔立ちにシャープな瞳がシックな黒によく似合っていた。

「やっぱり顔が見えたほうがいいね」

「…そうか?」

「顔見て話す方が安心するし、それに服もさらに似合って見えるよ」

「………」

 褒められた時のリアクションをどうしたらいいのか知らないのか、瞳が少し戸惑ったように揺れる。

 それがなんだか可愛くて、私は思わず微笑んでしまった。

 勉強は私よりはるかに出来るけど、世間の事は幼い子供のよう。

 元暗殺者ということですごく不安に思っていたけど、ちょっと不器用な弟が出来たような感じだ。

 クールな見た目と、少し幼い感じがする中身のギャップが愛らしく感じる余裕すらでてきていた。


「じゃ、道場行ってみようか」

 頷いた空と共に、自宅と渡り廊下でつながっている道場に向かう。

 道場の扉を静かに開き、稽古中の子供達に邪魔にならないよう、彼らの視界に入らない位置に二人で立った。

 空は黙って子供達の稽古を見つめていた。

 しばらくして、空が私のほうを見る。

「何?」

「……ここも何かの組織なのか?」

「は?」

 予想外の言葉に、思わず間の抜けた返事をしてしまう。

 そ、組織って…。

 笑いそうになったが、思いとどまる。

 子供達が真剣な表情をし、集団で武道を学ぶ姿は、空にとっては組織での訓練を思い出させるものだったのかもしれない。

「…ここも子供に戦わせるのか?」

 子供たちに視線を戻して空が呟く。

 少し哀しげな声に聞こえたのは、私の気のせいだろうか?

「道場って空が今思っているようなものじゃないよ」

「?」

「今は武道って習い事の一種だからね。自分の意思で通って、鍛錬してるの」

「…誰かを倒したいのか?」

「そうじゃなくて…」

 子供たちを見つめながら、私は言葉を探す。

「強くなりたいと思ってやってると思うよ。でも、たぶん空が言ってる誰かを倒す強さとは違うんじゃないかな?体を鍛え、技を磨くだけじゃなくて、自分自身の弱さと戦っていくの。心を強くするんだよ。まぁ、まだあの子たちはそこまで考えていないだろうけど、武道って体だけじゃなく、精神も鍛えるものだと思うんだ」

 空は不思議そうに首をかしげる。

「心が伴わない力はただの暴力であり、凶器。力の使いどころを間違えないよう、心も育てなきゃいけないと思うんだよね」

「…そうか」

 私の言葉に、暗い影が空の瞳をよぎる。

「…俺は、凶器だな」

「えっ?」

「…人形に、心はいらない。心が無ければ、心は伴わない」

 空が組織で人形(ドール)と呼ばれていたことを思い出す。

 心など必要ないと育てられたのだろうか。

 今は壊滅したとはいえ、組織への怒りが溢れる。

 でも、怒った所で過去は変えられない。

 大切なのはこれからの事。

「なーに言ってんの!!」

「???」

 ばしっと思い切り空の背中を叩いた私を、空はキョトンとした目つきで見た。

 私は笑顔で空を見つめる。

「気付いてないの?興味がありそうな顔したり、不思議そうだったり、哀しげだったり、ちゃんと感情が変化してるじゃない。私の事守ろうとしてくれたのも、空の心に優しさがあるからだよ。空は人形じゃないの。ちゃんとした人間だよ」

 揺れる瞳が空の戸惑いを表している気がして、私は彼の手をとってぎゅっと握った。

 僅かでもいい。

 手から伝わる温もりと共に、空の心に温かな光が差し込んでほしかった。

 私が昔、その温もりで救われた時のように…。

「今までの生活を忘れることは出来ないと思うけど、もう空は空の人生を送っていいんだよ。空は今、心がないんじゃない。心を何処かに隠してしまってるだけ。もう、いいんだよ。自由になって」

 じっと見つめる私を、空はまっすぐに見つめ返した。

 澄んだ瞳に、様々な感情が浮かんでは消えていく。

 しばらくして、空がゆっくりと口を開いた。

「…俺に、そんな資格は…」

『羽美がらぶらぶーー!!』

 何かをいいかけた空の言葉を、子供達の楽しげな声が遮る。

 いつの間に稽古が終わっていたのか、上気した顔の子供達が興味津々に、手をとりあっている私たちを見つめていた。

「いやっ。別にラブラブとかいうわけじゃなくっ」

 あせって手を離し、慌てて言い訳をしようとするが、楽しげな子供達が聞くはずも無い。

 あっという間に彼らに囲まれる。

 無邪気な子供達に、空は少しうろたえているようだ。

「稽古中になにしてるのかな、羽美ちゃん」

「やましいことはしてない!」

 子供達の手前笑顔を保っているものの、確実にご機嫌斜めの大地がこちらに歩み寄ってくる。

 私の事をよく理解しているのだから、本当は妬きもち焼く事じゃないと解っているくせに…。

「空に道場の見学させてたついでに、話をしてただけでしょ」

「へぇ…」

 チラッと空を見る大地の目に、何か企みを感じてちょっと不安になる。

「武道に興味があるんだ?」

「…少し」

 答える空に、不敵とも思える笑顔を浮かべる大地。

 なんだか嫌な予感…。

「うちの道場は基本的に柔道と空手を教えてるけど、細かいルールは気にしなくていいからさ。僕と試合してみる?その方が見てるよりわかりやすいでしょ。武術は習ったことあるんだよね?」

 どちらの問いに対して答えたのかわからないが、頷く空。

『おぉぉぉぉ!!』 

 盛り上がる子供達に反して、私は頭を抱えたくなる。

 もう、なんで大地はこんなに負けず嫌いかな…。

「ちょっと!」

 大地の稽古着を引っ張って、子供達から離れた所に連れて行く。

「何考えてんの!空がどんな格闘技習ってたかもわからないのに、試合になるわけないでしょ。それに、絶対に空は強いわよ」

「やってみなきゃわからねーだろ」

 他の人に見えない位置だからと、大地は思い切り不機嫌な顔になる。

「暗殺者って言ったって接近戦で仕事するわけじゃないだろうし、案外武器使わなければそんなに大した事ないかもしれないぜ」

「あの身体と雰囲気で、弱いわけないでしょっ」

「他の奴よりは強いだろうけど、俺より強いとは限らない。ぼこられても我慢できたんだから、手加減もできるだろうしな」

 そう言い捨てると、大地は空のほうへ向かって行く。

 頑固者だから、こうなったら止めても無駄だ。

 確かに大地は昔と違ってすごく強くなったけど、そんなむきにならなくたって…。

 見た目はあんなに女の子っぽいのに、中身はしっかり男だ。

「んじゃ、やろっか。羽美が審判ね」

 空に服の上から稽古着を着せて、簡単に最低限のルールを説明すると、大地は笑顔そう言った。

 空も一応やる気があるようだし、しょうがない。

「お互い怪我はさせないように」

 審判の位置に立ち、二人にそう告げた。

 頷く二人を見て、私は試合開始の声をかける。

「はじめっ!」


 穏やかだった大地の表情が一変する。

 空が試合になれる前に、けりをつけるつもりだろう。

 久しぶりに見る、本気で相手を倒す時の表情だ。

 すばやく手を伸ばし、空の襟をつかみ得意の投げ技に入ろうとした時だった。

 ふっと、空の瞳から光が消える。

 その瞬間、全身が寒気立った。

「空っ!」

 思わず叫んだ時には、大地は畳に叩きつけられていた。

 私の声で我に返ったのか、空ははっとしたように大地の腕を放す。

 深い闇で覆われた瞳は、もとの光を取り戻していた。

「って…」

 辛うじて受身を取ったものの、大地は腕を痛そうにさすった。

 空は投げると同時に腕の関節をきめていて、少しでも力を抜くのが遅かったら大地の腕は確実に折れていただろう。

 それに、大地くらいの実力がなければ受身が取れなくて大怪我は間違いない。

 ぞっとするほどの強さ…。

「すっげー!大地に勝ったー!!」

 あまりに一瞬で試合が決まったので最初はキョトンとしていた子供達は、我に返って大騒ぎを始める。

 再び子供達に取り囲まれてうろたえている空を見ながら、私は大地に駆け寄った。

「大丈夫?怪我してない??」

「ちっくしょー」

 返事には答えず、悔しそうに呟く大地。

 腕も動かしているし、どうやら怪我はないようだ。

「だから言ったじゃない」

「あの強さは反則じゃねーか?」

「予想以上でびっくりしたけどね…」

 先輩達に暴行を受けても反撃しなかったから自分の力をコントロールできるかと思ったけど、そうではないらしい。

 ただ単に、先輩達が弱くて反射的に動くほどではなかっただけ。

 ある程度強い相手には、体に叩き込まれた攻撃を反射的にしてしまうのだろう。

 さっきの空は、一瞬心を失っていた。

「まぁ、俺くらい強い奴がざらにいるとは思えないからいいけどさ…」

 大地も同じ事を考えたらしい。

 起き上がって、ぼそりと呟いた。

「普通の生活してたら、まず強い相手に戦いを挑まれることもないしね」

 大地と二人、思わず小さなため息をつく。

 空の育った環境がどれだけ大変なものだったか、自分達がよく知っている武道で身に染みて判った気がした。


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