密着四日目
祠を壊してから二週間。鈴原さんからの連絡がぱったりと途絶えてしまいました。友人のNさんにも確認してみましたが、やはり音信不通とのこと。
そこで、鈴原さんの自宅を訪ねてみることにしました。彼に一体何があったのでしょうか。まさか本当に、祠に祀られていた神様の力で何かしらの罰を受けてしまったのでしょうか。そうだとしたら、命を落としているような、最悪のケースも想定する必要があるかもしれません。
鈴原さんは東京都内のマンションで暮らしています。部屋の前にあるインターホンを鳴らすと、玄関扉が開いて鈴原さんが出迎えてくれました。どうやら命は無事だったようです。しかし、二週間前と比べてだいぶ痩せたように見えます。顔色は真っ白で、体調はとても悪そう。目の周りにできた黒い隈とのコントラストで、顔がパンダのように見えます。
あれから、鈴原さんの身に何がったのでしょうか。お部屋でお話を聞かせてもらいました。
鈴原「帰ってきてから、何を食べても吐いちゃって……。ここ二週間、水分しか摂れてないんです。体重は八キロ落ちました。睡眠も全く……ずっと声がしてて、眠れないんです。女の人の声で『逃がさない、逃がさない』って」
鈴原さんの体調に異変が起きている様子。「ペロンチュラの森」にあった祠は、祈りを捧げずに近づくと、それだけで体調を崩してしまうという噂がありました。もしかしたら本当に、噂どおりのことが起きているのかもしれません。
鈴原「あっ! ……ほら! 聞こえるでしょ!? 今! 女の人の声! 『逃がさない』って言ってる! 天井のほうから! 聞こえますよねえ!?」
訴えかけるように言う鈴原さんですが、女の人の声は聞こえません。聞こえるのは、鈴原さんがその声をかき消すためにスピーカーから流しているというヘヴィメタルの音楽だけ。
両耳を抑えて床にうずくまる今の彼に、ヤンキーらしさは全く感じられません。あれだけ強がっていた鈴原さんが、殺虫剤をかけられたゴキブリのように弱々しく見えます。精神的に相当追い詰められているようです。
祠にまつわる噂が事実だった。そう考えることもできます。けれど、もしかしたら偶然にも鈴原さんが体調不良になり、心身が衰弱したことで「神聖な祠を壊した」という恐れや罪悪感に苛まれ、幻聴まで聞こえるようになってしまった可能性も考えられます。
ヤンキーを目指していましたが、根はとても真面目な鈴原さん。三十五歳になるまで、悪いこととは無縁の人生を送ってきました。そんな彼だからこそ、自分がやったことの悪質さを理解しているはずです。自分自身を追い詰めてしまうほどの罪悪感を覚えていても不思議ではありません。
そう伝えてみましたが、鈴原さんに否定されてしまいました。
鈴原「罪悪感とか幻聴とか、そんな話をしてるんじゃないんです! 呪われてるんですよ俺は! 見てください、俺の足! 指が変色してるでしょ!? 壊死し始めてるんですよ! 指先から足首に向かってどんどん黒ずんできてるんです! たぶんいつか俺の全身が……呪われてるんです絶対に!」
履いていた靴下を脱ぎ捨て、右足を見せてくれた鈴原さん。確かに健康そうな色合いではないものの、彼が言うような壊死が起きているわけではありません。医療の知識がない素人でも、それははっきりとわかります。
鈴原「壊死してるでしょうが! なんでわからないんですか!? 明らかに異様な色じゃないですか!? 臭いも! 腐った生ゴミみたいな臭いがしてるでしょ!? 消臭剤をいくら撒いても消えないんです!」
消臭剤の香りはしますが、その中に腐った生ゴミのような臭いは感じられません。もし本当に体の一部が腐り異臭を放っているとしたら、市販の消臭剤だけで臭いを完全に上書きすることは難しいでしょう。幻聴だけでなく、視覚や嗅覚にも異常が起きているように思われます。
病院に行くことを勧めましたが、鈴原さんは「医者がどうにかできる問題じゃない」と拒否。その後も「俺は呪われている」と繰り返していました。
鈴原「俺が祠を壊したから……だからこんなことに……祠の神に呪われて……あああ! あそこ! 女の人! 女の人が!」
突如怯え出し、部屋の隅を指差す鈴原さん。
鈴原「裸の! 足が何本も生えてる女の人! こっちを見て笑ってる! あそこ!」
彼が指差す先には観葉植物が置いてあるだけです。そのような女の人はいません。
鈴原「なんで見えないんですか!? いるじゃないですかあそこに! 追い払ってください! お願いですから!」
そう言われても、存在しない女の人を追い払うことはできません。困っていると、今度は鈴原さんが両手で自分の体を叩き始めました。
鈴原「ああ! あああぎいやあああ! 虫が! 俺の体に虫が! 虫があああ!」
何かを手で払っているような動作です。しかし、やはり鈴原さんの体には何も起きていません。パニック状態に陥っているようです。
体を叩くのを止めて、急にキッチンへと向かう鈴原さん。その上部にある棚から小さな瓶を取り出し、中に入っている錠剤を何個も口に放り込みました。
鈴原「何かあったらこれを飲めって! 昨日祈祷をしてくださった除霊師さんから買ったんです! 聖浄院天蓮という方で! 心と体を清らかにして呪いから守ってくれる薬だと! おっしゃってました! ……ああ……よし、消えた……消えたぞ……消えた消えた消えた」
鈴原さんが飲んだのは、心と体を清め呪いから守ってくれるという薬。正確には、精神を落ち着かせる類いの薬なのでしょう。ですが、彼の口ぶりからして、お医者さんから処方されたものではない様子。そんな薬を飲んで大丈夫なのでしょうか。
鈴原「三時間くらいですけど……これを飲むと、呪いの影響が収まるんです。体が守られるんですよ。女の人の声も聞こえなくなるし、腐った臭いもしなくなる……。今は、この薬と聖浄院先生だけが頼りです。先生も安全な薬だと言ってくれました。実際、副作用なんかはほとんどありません……血尿が出るくらいで」
もう一度、病院に行くことを勧めましたが、鈴原さんには受け入れてもらえませんでした。「薬をくれた聖浄院先生しか対処できない」と頑なです。
こんな状態では、もうヤンキーを目指すことはできない。そう思いました。現に、この家に来てからの鈴原さんは、これまでの「何々っすよね」というヤンキーのような喋り方をしていません。ヤンキーらしさを意識する余裕がなくなり、彼本来の性格である真面目さが表に出てきてしまっているのでしょう。
それでも鈴原さんは、「現在進行形でヤンキーをやれている」と言い張ります。
鈴原「心霊スポットで罰当たりなことをしたヤンキーがどうなるか……知ってます? 心身を病んで、まともな生活が送れなくなっちゃうんですよ。呪いが原因で。怪談の定番ですよね。……まさに今の俺じゃないですか。心霊スポットで祠を壊して、体調がおかしくなって。……今、確かに苦しいですけど、その分これまでで一番ヤンキーをやってるなって感じます。病んでる俺も、これはこれでめっちゃヤンキーだなって」
幻覚に襲われてもヤンキーらしく生きる。それは「人生を楽しみたい」という当初の鈴原さんの思惑から外れているように思えます。目的と手段が逆転していると思えてなりません。彼の声も、どこか震えているように感じました。本心では、現状を解決したいと願っているのでしょう。除霊師を頼ったのも、その気持ちの表れのはず。
それでも鈴原さんが、今もヤンキーをやれていて、人生が楽しい方向へ進んでいると言うのであれば、取材も止めません。鈴原さんが目標を達成できるまで、密着し続けます。




