密着二日目
翌日、渋谷駅のハチ公像前で鈴原さんと待ち合わせました。先に到着していた鈴原さん。しかし、どこか浮かない顔をしています。
鈴原「昨日、中学時代のヤンキーが『渋谷駅前で女の子百人をナンパしてみた』って動画をYouTubeにアップしてた話、したじゃないっすか。取材が始まるまで時間があったから、真似しよう思って。成功しようが失敗しようが、とりあえず百人に声かけてみようと思ったんすよ。一時間くらい前に。でも七人に断られたところで、心が折れかけて。八人目の女性に声かけたとき『俺、めっちゃ貯金あります』って、アプリで口座残高を見せちゃったんすよね。そしたらその人、『遊んでもいい』って言ってくれたんですけど……そうじゃないんだよな、俺が目指してるヤンキーは。口座に入ってる金は俺が銀行員だったときに稼いだもので、それに縋るのは卑怯というか……自分がつまらない人間に逆戻りしてるように思えて」
ヤンキーらしくナンパをしようとした鈴原さんでしたが、銀行員時代に稼いだお金で女性を誘おうとしたことで、自己嫌悪に陥ってしまった様子。その女性とは遊ぶことなく、その場でお別れしたそう。
鈴原「金じゃなくて、人間性に興味を持ってもらわないと。『初対面だけど、こいつと遊ぶのは楽しそうだな』って思ってもらえてこそのヤンキーっすよね。今の俺はそれができない上に、金に物を言わせようとする半端者ってことがわかりました。なら、本当の意味でヤンキーになれるまで、ナンパはしません」
浮かない顔をしていたのは、自分の行動を振り返り、反省していたからでした。
本当の意味でのヤンキー。それがどんな姿なのか、鈴原さんは明確にイメージできているようです。
鈴原「カツアゲも、まだ練習が必要そうなんで今日はやりません。他にヤンキーがやることといえば……やっぱ『ケンカ』っすよね。ケンカの一つもしたことがないくせに悪ぶってるのなんて、ダサすぎますから。ヤンキーってのは、ケンカをやってなんぼです」
鈴原さんが目指す、本当の意味でのヤンキー。それになるため今日やろうとしていたことは、ケンカでした。ナンパは、ケンカする相手を探す前の暇潰しだったのだそう。その暇潰しで思った以上に精神的な負荷がかかってしまった鈴原さんですが、本番はこれからだったのです。
カツアゲは、未経験ということで念入りに練習をしていた鈴原さんですが、ケンカは練習なしで大丈夫なのでしょうか。
鈴原「銀行を辞めてから、キックボクシングのジムに週二で通ってるんで、殴る蹴るの心得はそれなりにあります。あと、ケンカは何度も経験があるんすよ。小学生の頃、四つ下の弟とよくやり合ってましたから。戦績は六勝五敗で、俺が勝ち越してます。ストリートファイトは初めてですけど、今までの経験で補えると思うんで、練習しなくてもいけるかなと」
腕にかなり自信がある様子の鈴原さん。渋谷駅前を歩く人々を眺め、ケンカをするのにふさわしい相手を「品定め」します。
鈴原「もちろん弱そうなやつは狙いませんよ。女子供にモヤシ野郎、家族連れや、老ぼれなんかは論外です。そんなやつらをボコしても自慢にならないんで。ヤンキーの名折れですよ。狙うなら、ケンカ慣れしてそうなチンピラとか、ラグビー選手みたいにガタイの良いやつとかっすかね」
そうしてターゲットを待つこと四十分。鈴原さんが動き出しました。お眼鏡にかなうケンカ相手を見つけたようです。
鈴原「マジでヤバい戦いになると思いますから、巻き込まれないよう遠くで見ててください。近づくと病院送りになりますよ。俺、一度暴れ出すと見境がなくなっちゃうタイプなんで」
そう言い残し、歩き出します。鈴原さんが向かった先にいたのは、三人組の男性。三人とも柄物の衣服を着ていて、ヤンチャそうな印象を受けます。
男性たちと何かを話す鈴原さん。突然、男性の一人に殴りかかりました。ケンカ勃発……と思いましたが、鈴原さんは顎に反撃のパンチを受け、その場に力なく倒れ込みます。そして三人に囲まれ、サッカーボールのように何度も蹴られ続けました。
三人組が立ち去ったのを見計らい、鈴原さんに近寄ります。その顔は腫れ上がり、原型を留めていません。鼻と口からは血がだらだらと流れ出ています。自慢のサングラスは粉々に。
今どんな気持ちなのか、横たわる鈴原さんに聞いてみました。
鈴原「あいつら、カタギじゃないだろうなって思って声かけたら、『暴走族上がりの●●組のヤクザだ』って言うんで。ぴったりの相手だと思って殴りかかったんですけど……やっぱり三対一じゃ不利でした。このざまです。でも一対一なら勝てましたよ。俺、キックボクシングやってるんで」
そう言う鈴原さんですが、どう見ても人生初のストリートファイトは敗戦。幸先の良いスタートとは言えないものの、鈴原さんは後悔していないそうです。
鈴原「初めて路上で戦った相手がヤクザで、ボコボコにされて……面白いでしょ? 俺、面白いでしょ? これがヤンキーでしょ? 俺の人生、楽しくなってきてますよねえ?」
腫れた瞼の隙間からこちらに視線を送り、にやにや笑いながら、自分に言い聞かせるように語る鈴原さん。しかし、笑える状況ではありません。暴行された影響か、正常な判断ができていないように見えます。
ひとまず、ご自身のスマホで救急車を呼んでもらいました。
鈴原さんが倒れている地面には、血だまりができ始めています。その異様な光景を目にした駅前の人々が、ざわめき出しました。騒ぎを聞きつけ、警察官も現れました。せっかくなので、男性警察官のWさんにお話を聞いてみます。
W「よくあるんですよ、いい年した大人同士のケンカって。本当に馬鹿ですよね。こんなくだらない要件で出動したくありません。僕ら警察も暇じゃないんで。他の市民の皆さんとしても、心底迷惑だと思います。ここだけの話、こういう馬鹿どもは射殺したいですよ、射殺。本気で射殺したい」
うんざりという表情を浮かべながら、鈴原さんに肩を貸して立ち上がらせるWさん。しかし、鈴原さんの足はふらふらで五秒と立っていられません。
事情聴取よりも先に病院へ行ったほうが良いと判断された鈴原さんは、到着した救急車で運ばれて行きました。
数時間後、鈴原さんから連絡がありました。「複数箇所の打撲と骨折、そして内臓の一部が損傷。全治四ヶ月で、歩けるようになるまで最低でも一ヶ月の入院が必要になる」とのこと。かなりの大怪我だったようです。
これ以上の密着は難しいため、取材中止……。そうなるかと思っていましたが、一ヶ月後、退院した鈴原さんから「取材を再開してほしい」という申し出がありました。
ナンパで心が折れても、体中の骨が折れても、「ヤンキーになって楽しい人生を歩みたい」という彼の信念は、まだ折れていなかったのです。




