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密着一日目

 東京都内某所、コンビニの入口脇に(たたず)み、電子タバコを吸う男性がいました。サングラスをかけ、右半分を刈り上げて左半分を長く伸ばした頭髪。ボタンを閉じずに学ランを着るその姿は、一昔前のヤンキーのよう。


 鈴原貝星(すずはらかいせい)さん、三十五歳、独身。超名門のT大学経済学部を卒業後、メガバンクに就職しました。支店長代理まで昇進し、最高年収は一千四百万円だったそう。しかし二ヶ月前に退職し、現在は無職になっています。鈴原さんは、なぜ職を手放してしまったのでしょうか。


鈴原「ふと自分の人生を振り返ったときに、『めちゃくちゃつまんねーな』って思ったんすよ。学生の頃はずっと勉強漬けで、銀行に就職した後は週五で朝から夜中まで働いて、休日は寝て終わり。ただ苦しいだけっすよね。なのに、手に入ったのは少し高めの給料くらい。モテるわけでもないし、有名になれるわけでもない。社会の歯車として回ってるだけ。本当に楽しくないし、割に合ってない人生だなって思えて、急に辞めたくなりました」


 エリート街道を歩んできた鈴原さんですが、その生き方に楽しみを見いだせなかった様子。メガバンクを退職後、「人生を楽しむとはどういうことか」について、真剣に考えました。


鈴原「中学のとき、同じクラスにヤンキーがいて。そいつが毎日楽しそうに過ごしてたのを今でも覚えてます。テストの点が悪くても落ち込まないし、先公(せんこう)から『もっと勉強しろ』なんてことも言われない。でもクラスの中心人物で、同級生はみんなそいつの言うことを聞いて、妙に信頼されてて。……正直、うらやましかったっすよね。俺みたいに馬鹿真面目なやつなんかより、そいつのほうがよっぽど人生楽しんでるなって思ってました」


 学生時代、ご両親や先生たちから「成績優秀」「品行方正」であることを求められ、それに応えることが正しい生き方だと思っていたと言う鈴原さん。しかし、自由気ままに生きる同級生に密かに憧れを抱いていたのだそう。その憧れを心の奥に封印しながら生きてきましたが、ある日、抑えきれなくなる出来事が起きました。


鈴原「この前、中学の同窓会があって、そのヤンキーだったやつと再会したんすよ。そいつ、今はヤンチャ系YouTuberとか名乗って、動画配信で食ってるらしくて。いくつか見せてもらったら、なんか楽しそうなことばっかやってるんすよ。『渋谷駅前で女の子百人をナンパしてみた』とか、『心霊スポットに突撃してみた』とか。かなり人気のチャンネルみたいで、登録者数が何十万人もいて。それで年収二千万超えてるって言ってましたね。その上、奥さんと子供もいて。……こんな華やかな人生を送ってるやつがいると知って、俺もう我慢できなくなっちゃいました」


 そしてメガバンクを退職。かつて憧れた同級生のような生き方をこれから始めようと、三十五歳にしてヤンキーになる決断をしました。


鈴原「俺が今のあいつを真似したところで、同じようには生きられないと思うんすよ。たぶん今度は、『こんな不真面目な生き方してて良いのか』って悩み始める。あいつは心の(しん)からヤンキーだから、いわゆる真面目な生き方をしてなくても不安を感じない。そういう精神的な土台が俺と違うんすよね。だから、あいつみたいに生きるなら、俺もヤンキーになることから始めないと。芯からヤンキーにならないと。……学生の頃の俺はグレることなんて許されませんでした。でも今は、親も先公も監視してないから好き放題できる。俺の人生が芽吹くタイミングが、ようやく来たって感じっすね」


 すでに見た目はヤンキーそのものな鈴原さん。それだけでなく、言動もヤンキーを意識しているそう。


鈴原「この『何々っすね』みたいな喋り方がヤンキーっぽいでしょ? それからタバコを吸い始めました。ヤンキーは漏れなくみんな喫煙者っすからね。あと昨日、タトゥーを入れました」


 左腕の(そで)(まく)り上げ、二の腕に彫られたドクロのタトゥーを見せてくれました。タトゥーの周りの皮膚は、まだ痛々しく()れています。


 ヤンキーらしく悪いことをしようとしている鈴原さん。ですが、今のところ自分一人でできることしかやっていません。


鈴原「何事も形から入るタイプなんで、まずは自分の心身をヤンキーっぽくして、『俺はヤンキーになったんだ』って思い込もうかなって。でもそれだけじゃ、(はた)から見るとマイルドヤンキー止まりっすからね。もっとマジもんのヤンキーらしい行動をしないと」


 鈴原さんが言う「マジもんのヤンキーらしい行動」。それは、本人いわく他人を(おど)してお金を巻き上げる「カツアゲ」とのこと。しかし、実際にカツアゲをしたことはまだ一度もないそうです。


鈴原「未経験の俺がぶっつけ本番でやっても、間違いなく失敗するでしょ? 受験も、学校の定期考査とか模試とかを繰り返し受けて、模擬練習をした上で挑戦するじゃないっすか。カツアゲをやるなら、しっかり練習してから(のぞ)むべきだと思うんすよ」


 カツアゲをやるなら、しっかり練習してから。人生の進路をヤンキーになることへ切り替えても、鈴原さんが(つちか)ってきた考え方は変わりません。本番の前に準備や練習を徹底して行うという姿勢が、これまでに様々な成功を導いてくれたことをよく理解しています。


 タバコを吸い終えた鈴原さんは、コンビニから近くの公園へと移動しました。そこにいたのは、黒いロングコートにベージュのチノパン姿の男性。鈴原さんの大学時代の同級生・Nさんです。卒業した今でも交友関係が続いています。


 Nさんは今朝、鈴原さんに突然呼び出されたのだそう。


N「鈴原が、『カツアゲの練習台になってくれ』って電話してきて。何言ってんだって感じでしたけど、密着取材が入ってるって聞いたから、興味本位で来ました」


 昔からの友人であるNさんの前でも、鈴原さんのヤンキーっぷりは変わりません。むしろ、さっきよりエンジンがかかっているように思えます。


鈴原「N、お前いくら持ってんの、今」

N「現金?」

鈴原「そうだよ。他に何があんだよ」

N「いや、電子マネーしか持ってないけど」

鈴原「持って来いや、現金! カツアゲの練習するって伝えただろうがよお!」

N「マジで巻き上げるつもりだったのかよ。ふざけんな。カツアゲしたフリでいいだろ、フリで」


 鈴原さんの想定とはやや違った形ではありますが、早速カツアゲの練習が始まりました。Nさんに向かって、鈴原さんが大声で恫喝(どうかつ)します。


鈴原「おい、金出せ、この腑抜(ふぬ)け野郎。じゃねえと、お前の全身の皮膚引っぺがしてウチのカーペットにして、その上でタップダンスするぞ! ああん!?」


 実際に恫喝されてみて、Nさんはどう感じたのでしょうか。


N「全然怖くないっていうか、長い。脅しの文句が長いから、『何て言われたんだろう』って考える()が生まれちゃう。その間が頭を冷静にさせて、怖くなくさせる。結果、ただ目の前でぎゃーぎゃー(わめ)かれてるだけ、みたいな。ムササビか何かの小動物に威嚇されてるのと同じような感じで、微塵(みじん)も怖くなかったかな」


 残念ながら、鈴原さんの必死のカツアゲは、Nさんの心には響きませんでした。Nさんの感想を聞きながら、鈴原さんはメモ帳に反省点を書き出します。


鈴原「まあ、こんな風に人を怒鳴りつけること自体、あまりやったことがないんで。最初はこんなもんでしょう。どこに問題点があるかわかっただけでも、儲けんもんっすね。それに、Nは昔の俺のことを知ってますから。バイアスがかかって、怖くなく見えたんすよ」


 その後も二時間ほど、鈴原さんのカツアゲ練習が続きました。


 練習後、Nさんにお話を伺いました。三十五歳にしてヤンキーを目指すと言い始めた鈴原さんについて、友人の立場でどう考えているのでしょうか。


N「アホの極みですよね。メガバンクで順調に出世してたのに、それを捨てるなんて、マジでアホだと思います。楽しい人生を送りたいからヤンキーになるってのも意味不明ですし。本人がそれで満足してるなら別に構いませんけど、僕が鈴原だったら絶対にこんなことしませんね」


 Nさんは大学卒業後に起業し、現在はITベンチャー企業の社長です。最近の経営は安定していますが、そこに至るまで多くの苦難があったそう。そんなNさんは、メガバンクというしっかりとした基盤の上に成り立つ会社で働いていた鈴原さんを、うらやましく感じていたのだとか。だからこそ、そのキャリアを放り出してヤンキーになろうとしている彼の考えを理解できないようです。


N「鈴原は(ヤンキーに)向いてないと思いますけどねえ。大学のときに同じゼミだったんですけど、ゼミ生の中で一番真面目だったのがあいつですから。ビン底みたいな眼鏡かけて、いつも教授の目の前の席に座って、居眠りひとつせずに板書(ばんしょ)してましたよ。ゼミはもちろん、他の授業もサボったことは一度もないんじゃないかなあ。ヤンキーの対極にいるような人間だと、僕は思ってます」


 十五年(らい)の友人から「向いていない」と言われてしまった鈴原さん。それでも、ヤンキーになることを諦めません。


鈴原「安定とか、真面目とか、くそ喰らえです。つまらない。ヤンキーになることがどれだけ大変だとしても、俺は元の生き方に戻るつもりはありませんよ。ヤンキーになって、人生を薔薇色(ばらいろ)にしてみせます。……今しかないんです。年齢的にラストチャンスなんですよ。三十代後半になってヤンキー気取るのなんて、痛すぎるんで」

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