第一話:夜の街へ
20時30分。
帰宅した柊壮一郎は、スーツのジャケットを椅子に掛けた。
夕食に簡単なものでも作ろうかと考えていた時。
スマホに通知が表示された。
担当作家・白雨紡から。
『同調します』
担当して間もないころ、不穏なメッセージに振り回されたことを思い出す。
最初に宣言をするようにと指導し、以降はそれが守られている。
「きちんと約束を守っていますね、よろしい」
冷蔵庫を見ると、週末に作り置いた煮物があったので、電子レンジへ。
白飯をよそい、味噌汁を注ぎ、盆に乗せたところで、スマホが震えた。
再び、白雨紡から。
『同調おわりました。情報がたりないので、夜の街を見にいってきます』
柊の眉間に、皺が寄る。
「……夜の街を、見に行く」
スマホの地図アプリを片手に。
きょろきょろと辺りを見回しながら。
柊は、素早くメッセージを送信した。
『取材同行します。迎えに行くので、待機してください』
夕食を冷蔵庫に戻し、ジャケットを羽織る。
「わかりました」と返ってきた返信にため息をついて。
柊は玄関を開けた。
白雨のマンション。
インターホンを押すと、扉が開いた。
白いニットセーター、紺色のズボンとスニーカー。
肩掛けのポシェット。
「こんばんは、柊さん?」
「お疲れ様です。身分証はありますか」
「…えっ」
白雨はごそごそとポシェットを探し、「あった!」と運転免許証を出した。
「……必要になるかもしれないので、なくさないように」
「そうなんですか? わかりました!」
放っておくと、どこにでも無邪気に飛び込んでいきそうだ。
柊はドアをロックする白雨を、無言で見つめた。
夜の繁華街を目にした白雨は、「へぇ…」と声を漏らした。
連なる居酒屋の看板。
赤やオレンジのネオン。
酔っぱらいの声や笑い声。
焼き鳥など食べ物の匂い。
行き交う人々。
白雨はきょろきょろと物珍しそうに見回しながら歩く。
隣を歩きながら、柊は口を開いた。
「何を見たいのですか?」
「夜の街の雰囲気? 人? そういうの」
「……そうですか」
辺りを見回し、隣をもう一度見た時。
白雨がいなかった。
「…白雨さん?」
後ろ。
周囲。
近くに、いない。
見回した、行き交う人の隙間。
白いセーターが、路地裏へと消えていくのが見えた。




