第三話:同調
柊は、ぬるくなったお茶を啜る白雨を観察する。
訪問時より、しっかりとした受け答えになっている。
「残りの2割について、聞かせていただけますか?」
白雨は、視線を泳がせた。
「その…創作のための、儀式と言いますか」
「儀式ですか。それはどのようなものですか?」
「営業秘密、ということに、できませんかね…?」
柊の眉間に皺が刻まれた。
「できません。守秘義務があるので、人に言い触らしません。疚しいことがないなら、報告を」
「えー…」
「これはお願いではありません。命令です」
白雨は一瞬息を止め。
大きくため息をついた。
「……命令なら、仕方ないです」
空になったマグカップを弄びながら、白雨は口を開く。
「ちょっと、物語の登場人物に、同調を試していまして…」
「同調。……感情移入ということですか?」
「んー。感情というか、その人自身になろうとするんです。自分を薄めて、私は彼女だ、みたいな」
柊は黙って、続きを視線で促した。
「そうしたら、どんな気持ちで、次にこう動くんだって、分かるようになるんです。だから、時々そうするんですけど、少し自分に戻るまで、時間が必要でして……」
指遊びをする白雨。
「……今日、私の訪問前に、それをやってました?」
「はい….」
「……どういうキャラクターでしたか」
「普通の生活を維持するために、ゾンビタバコに手をだした、という設定です……」
柊は、何度か目のため息をついた。
「……つまり、使用した気分を再現しただけで、実際は使用していない、ということですね?」
「もちろんです! 入手経路、分かりませんし!」
きっぱりと言い切った白雨に、柊は脱力した。
「紛らわしいメッセージ、送らないでください……」
「え、メッセージ? ……あぁっ!? すみません、メモに打ち込んだつもりだったんです…!」
わたわたと謝る白雨に、ふと疑問が浮かんだ。
「今日の、この記憶も。……残らないんですか」
白雨が、動きを止めた。
少し考えて。
「事実として、少しだけ残るかもしれません。でも、きっと、ほとんど残りません」
淡々と、白雨は告げる。
ただ、そういうものだと説明するように。
「どんなに、覚えていたいと願ったことも。時とともに、消えていきます」
白雨が、自身の両手のひらを上に向けた。
「まるで、手のひらから、砂が零れ落ちるように」
柊は、そこから零れ落ちていくものを見た気がした。




