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第二話:人のいない静止画

柊は、震える声を絞り出した。


「……私が誰か、分かりませんか……? ……柊です。あなたの、担当編集の」


本当に、使ってしまったのか。

奥歯を噛みしめた時。


「ひいらぎ、さん、編集者……。……あ」


白雨が、はっとした顔をした。

そして、気まずそうに視線を逸らした。


「…えっと、その……」


もじもじと、服の裾を握りながら白雨が口を開く。


「……ごめんなさい。……記憶力が、悪くて」

「記憶力が悪くても、完全には忘れませんよね……?」

「もうしわけないです……」


白雨が肩を落とし、扉を閉めた。

チェーンロックが外れる音の後、扉が大きく開く。


「……その。……ちゃんと、説明します。……どうぞ」


柊は、一瞬動きを止め。


「……お邪魔します」


玄関へ入った柊は、靴箱の上の付箋に気が付いた。


『スマホ、お弁当』


出されたスリッパを履き、歩く廊下にも、付箋。


『月・木曜日 燃えるゴミ。火曜日 プラスチック。第二金曜日 不燃物』


案内されたリビング。

柊はちらりとキッチンへ視線を向けた。

所々に、付箋。


リビングのテーブルのノートパソコンは、ライオンのように付箋で縁取られ。

溢れたように、机にも付箋が張ってある。


柊は、パソコンに近づいた。

付箋の内容は、創作のネタに見えた。

立ち上がったメッセージアプリ。

そこには、柊とのやりとりが表示されている。


白雨がお茶を持ってきたため、向かい合うように席についた。


「では、説明をお願いします」

「……えっと。……話すの、難しいんですけど。持っている記憶が、少ないと言いますか」


柊は、目線で先を促した。


「わたしの記憶は、全部、静止画で。そこに、人がいないんです」

「……『人のいない静止画』、ですか」


白雨はお茶を眺めながら、頷いた。


「小学校は、2-3枚。中学校は…あんまり思い出せないな。高校は、4-5枚。そのあとは…全部合わせても、10枚ぐらい、です」


柊は言葉を見つけられないまま、お茶を眺めた。


たった、十数枚。

生きてきた時間に比べて、明らかに少なすぎる。

柊は、冷えた指先を握り込んだ。


「友達がいた、って事実は覚えているんですけど。顔は思い出せなくて。どんな遊びをして、どんな会話をした、みたいなのも思い出せない感じ、です」


白雨は淡々と語る。


「一晩寝て、たくさん忘れても。メモがあれば、大体は、何とかなるんですけど」

「たくさん…の中に、人が含まれている、と」


白雨が、ちらりと柊を見た。


「…人って、メモが難しいじゃないですか?」


脳裏に、皺だらけの手がよぎった。

苦い記憶。


――一晩寝て、たくさん忘れる。

――人は、メモが難しい。


たった一晩で、すべて。


柊は、しばらく口を開かなかった。


「…つまり、先ほど私が認識できなかったのは、あなたの記憶の特性によるものだった、ということでしょうか」

「ええと、……8割くらい?」

「……8割」


へらりと笑った白雨紡に、柊はこめかみを押さえた。

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