第五話:記録の効率化
白雨紡から、突然メッセージが届いた。
『11:00 空いていますか』
時計を確認する。
10:55。
「空いていなかったら、どうするつもりなんでしょうね…」
柊は、予定はありませんと返した。
11時に待合スペースに行くと、白雨がちょうど来たところだった。
「こんにちは、柊さん?」
「お疲れ様です。…お元気そうですね」
「はいっ! 原稿を持ってきました!」
白雨が、にこにことしたまま、USBを差し出してきた。
なぜ、わざわざUSBで。
いつも通り、データ送信でなかった理由は。
「…ありがとうございます、確認します」
デスクに戻り、受け取ったUSBを差す。
春を売る女性の話。
夜の街のシーンから始まり、昼間のシーンへと移る。
柊の手が止まった。
思わず、隣でぼんやり編集部を眺めている白雨を見る。
「……白雨さん、これは」
白雨が画面を覗き込む。
ファーストフード。たい焼き。
さりげなく埋め込まれた二つの食べ物。
白雨が、笑顔になった。
「忘れても、物語に入っていれば、残りますから」
そう言って、またぼんやりとあたりを見始めた。
マウスに乗せた指を動かすこともできず。
柊は、しばらく白雨の横顔を見ていた。
物語で主人公の女性は、薬屋の女性と小さな交流を重ねた。
「また来てください」の言葉に、居場所を見つけた気がするという終わり方だった。
誰かがそばにいる形で、彼女はよく物語を閉じる。
想定読者とすり合わせを始めたところで、白雨が立ち上がった。
「じゃあ、帰ります」
柊も立ち上がる。
「送ります」
「あ、お願いします」
歩きながら、感想を、言葉を探す。
いつもはすぐに出るのに、今日はまとまらない。
「……食事でも、どうですか」
白雨がきょとんとした。
「お昼休憩ですか? ぜひ」
柊は行きつけの定食屋へと案内した。
向かい合う席に座って、メニューを渡す。
白雨はメニューを眺めて、柊を見た。
「柊さんは、何を?」
「私は、焼き魚定食です」
「じゃあ、私もそれで」
運ばれてきた焼き魚定食を食べる白雨を、柊はちらりと見た。
焼き魚定食が、白雨の物語に出ることがあるのだろうか。
柊は定食屋の電灯を見上げた。
「……いい加減、認めますか」
「はい?」
「……いえ、なんでも」
黙って、定食を口に運ぶ。
見ないふりを、するつもりだった。
編集者として関わるだけにしておこうと。
道は険しいと分かっているのに。
それでも、見ていた。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
にこにこと笑う白雨に、柊は口を開いた。
「一緒に暮らしませんか。そのほうが、私があなたを覚えている時間が増える」
白雨は一つ瞬いた。
「いっしょに、くらす」
空になった定食を見て。
どこか宙を見て。
柊に目を戻した。
「これって、プロポーズですか?」
柊は目を閉じた。
「……記録の効率化です」
ふふ、と白雨が笑う声が聞こえた。




