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ゾンビの僕と魔女に堕ちた君

眠い。眠い。眠い。


でもなんだか、起きなければならない気がする。何か大切なものを置き忘れてきたような喪失感だけが、心の中にぽっかりと浮かんでいる。その大切なものとは、なんだったのか、今はもう憶えていない。


◇◇◇


ここはどこだ。


ふと気がつくと、何も見えない狭い空間に横たわっていた。その場所はひんやりとしていて、背中には固い感触があった。何気なく耳を澄ませてみると、水の打ち付けるような音と、遠く鳴り響いている太鼓のような音が聞こえた。


「雨…?」

上から雨音がするということは、ここは地下なのか。しかし、音はすぐそこから聞こえてくる。試しに少し足を上げてみると案の定、すぐに天井に足が当たった。


足で少し押し上げてみると、天井が動いた感覚があったので、そのまま一気に、勢いをつけて蹴り上げた。天井はすぐに外れ、空が見えたと思った瞬間、大粒の雨が全身を打ち付けてきた。思わず上半身を起こして咳き込んだ。呼吸と一緒に雨粒を吸い込んでしまった。


落ち着いてから、辺りを見回してみると、ここはどうやら小さな庭園の中の一角のようだった。まばらに生えている木々の向こうに、屋敷のようなものが見えていた。


今まで寝ていた場所から立ち上がって、もう一度周囲を見てみると、あることに気が付いた。


「……ここは墓なのか」


どうやら自分は墓に埋葬されていたらしい。寝ていた場所も、棺で間違いない。そして、立ち上がった背後には、平らな石に“あなたと私は永遠に”と頼りない文字で刻まれていた。足元にはさっきまで自分が入っていた大きな棺が、濡れた土にまみれていた。


全くもって今の状況が理解できなかった。自分が何者なのか、分からなかった。名前も、家族も、友達も。この場所のことも、なにもかもが分からなかった。


しばらくの間、遠くで鳴り響く雷の音を聞きながら呆然と立っていると、小さな足音が聞こえてきた。足音が細かいから女だろう。なぜ、自分がそう思ったのかも分からなかった。だんだんと足音が近づいてきて、ついにその姿が見えた。


女だ。女は傘をさして、純白のバラとユリの花束を持っていた。


「え―――」


女は、自分を見て目を見開いた。ぽろりと、手に持っていた傘を落っことした。その女は、吸い込まれそうなほどの絹のような黒髪と、夜空を映したような藍の瞳を持った美しい女性だった。その姿を見ると、とてつもなく胸がざわついた。


「―――クロードなの?」


クロードとは、誰のことだろうか。"俺"のことなのか?また胸がざわついた。


「なぜ、お前は泣いているんだ?」


女は泣いていた。きっと無意識だろう。俺の言葉で気が付いたようだ。

それに、どうしてだ。なぜ、そんなにも悲しそうな目で俺を見る。

「もしかして、記憶がないの?」

女がまさかと言うように問いかけてくる。


「ああ。俺が誰なのか、自分でも分からない」

直後、女はまた悲しそうな目をした。どうしてさっきからこんなにも、胸が騒がしいのだろうか。


女は胸に手を当て、花束を抱えながら、緩やかにカーテシーをした。思わず魅入ってしまうほど、美しい所作だった。

「私の名前は、アリシア・トワイライト。あなたは私の婚約者だった、クロード・アストレア。一年前に私を庇って、死んだのよ」


花束の中の、澄み渡る白のユリとバラの花びらが舞い落ちる様は、なんと綺麗なことだろう。その花々の意味が、これが現実だと強く訴えているように思えた―――。


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