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「君の発言は信頼出来るものなのか?
ワイバーンが町を攻撃した場合、我々がここで見逃した責任は重大となる。君達もともに責を問われることになるだろう」
「騎士科の君達は、おそらく騎士になる道は閉ざされることとなる」
騎士様方が騎乗したままこちらにやってきて、鋭い視線を私達に向けてくる。
「……それは充分に承知しております。
ですが、彼女の発言は信頼に値するものです。ワイバーンはきっと町を攻撃せずに過ぎ去るはずです」
「セドリック様…… ありがとうございます……
騎士様方、ワイバーンは番を探していただけですので、町を攻撃する事はないと思います」
庇ってくれたセドリック様に感謝の眼差しを向けた後、騎士達へ向かってハッキリと告げた。
「……なぜそう言い切れる」
セドリック様方4人が、心配顔でこちらを見ている。
覚悟を決めて、答えた。
「森の精霊が教えてくれたのです。
少し前から森の精霊の声が聞こえるようになりました。攻撃しなければ反撃しない。ワイバーンは番を探しているだけだ、と精霊は言いました」
「……君は精霊の愛し子なのか?」
「いえ、愛し子ではありません。少し前に領地の森へ行った時に、私の愛馬を気に入ったようでして、そこから精霊の声が聞こえるようになりました。
愛馬が私と会話出来るように、と、私に動物の声が聞こえるようにしてくださったようです」
「よくわからないが…… 精霊から能力を授かったのなら、愛し子となるのではないのか?」
「そうだな。そして、それが本当なら君は教会で保護されるべきだ」
「……嘘ではありません。……森の精霊は森の外をみてみたいと、領地から離れて私の側にいるようですので、精霊が近くにいれば、動物の考えている事がわかるのです。
森の精霊が近くにいるのを常に感じています。
ですが、少しの間でも精霊が側にいない時は動物の心の声が聞こえてきません。
私に直接能力を授けたわけではないようですので…… 私は愛し子ではないのです」
「森の精霊の姿はみえないのか?」
「側にいる事は感じますが……姿は……わかりません……」
嘘をついている事に心苦しさを感じつつも、愛し子認定を絶対避けたい一心で、はっきりと言い切った。
セドリック様達も、メランの存在を秘匿するとの約束を守って下さるようで、全員口を噤んでいる。
「今も、森の精霊は君の近くにいるのか?」
「はい。精霊の声は聞こえませんが、気配は感じています」
「愛し子なのか、そうではないのかわからないが、今回、ワイバーンが君の言うように西へ過ぎ去ったのであれば、攻撃しようとした我々が無用な戦いを我々の有責で行うところであった事は認めよう……」
「……動物の声が聞こえる、と言ったな。それを証明する事は可能か?」
「それに関しては、俺達が証明できます。
すでに、何度か学院の厩舎でアイリーン嬢が馬達と会話している様子をみています。
彼女は、俺達も知らなかった馬の不調を言い当てました」
「僕達が最適なパートナーを選べたのも、アイリーン嬢の助言があったからなのです。彼女は嘘は言っていません」
「今回の遠征中も、アイリーン嬢は馬達と会話して不調がないかを毎日確認してくれていたようです。
今のところ、全員元気だとのことですが」
「精霊と会話している様子も何度か目にしています。
ですが、その力があるからといって、アイリーン嬢が教会に保護されるべき名目とはならないと思います」
「俺もそう思います。
精霊が側にいる事で聞こえる動物達の声が、自分に聞こえる限りは、動物達をたくさん救いたい、と獣医師の助手になる道を目指しています。
その道に進むために、医療を学びたい、と今回の遠征に同行してくれました。その彼女の意思は尊重されるべきではないでしょうか?」
成り行きを静かに見守っていたギルバート先生が、結界の中から声を発した。
「ここから見ても、ワイバーンは高速で西へ向かっているようだし……町は大丈夫だろう。
食事の準備が出来ている。ひとまず、食事をしながら相談しないか?」
騎士達は、ワイバーンの行方を視認して、危険はないと判断したようで、全員下馬して結界に向かって歩き出した。
セドリック様方もそれぞれ下馬して、馬達を安全な場所へ繋ぎに行く。
私は小さく息を吐いてから、食事の用意をするべく結界の中へ戻った。
僅かに気まずい空気を漂わせながら食事を摂る。
ギルバート先生が口火を切った。
「先程の話しだと、アイリーン嬢の能力は精霊が近くにいる時だけ使えるとのことだな。精霊はいつまでアイリーン嬢の近くにいるんだ?」
「えぇ…っと…… 精霊ははしばらく、と言っていました。ですので、いつまでかは分からないのです。
獣医師の助手としてのお仕事は、精霊が側を離れたら辞めるつもりです。ですが、動物の声が聞こえている間は、なるべく多くの動物達に関わって、健やかになれるお手伝いをしたいと思っております」
「人間と違って、動物達はここが痛い、と言う事すら出来ないからな。外傷は治療出来ても、体内の不調については殆ど気づく事が出来ない。
アイリーン嬢がいち早く気づく事で、多くの動物達が助かるだろうな。私はぜひともその道に進んで欲しいと思う」
「……ですが、ギルバート先生、彼女は精霊の愛し子の可能性があります。教会に赴くべきではないでしょうか?
愛し子と認定されれば、普通の生活は出来ません」
「彼女は愛し子ではないと言っているぞ? 能力をいつまで保持できるのかは精霊の気分次第だと。
なら、教会に赴く必要はないんじゃないか?」
「ですが、実際に今現在は能力を保持しています。
この事が周知されれば、彼女に危険が及ばないとは決して言い来れません」
「そうです。彼女の能力を狙って、よからぬ者が近づいてくる危険があります」
「……いや、だから、ここにいる全員が秘密にすればいいのだろう?実際に騎士科の子達は秘密にしていたようだし、これからも秘匿するつもりだろう?」
「……その通りです。アイリーン嬢から、精霊もこの事は秘匿して欲しいと言っていると聞きました。
森の精霊については、殆ど実態が知られていませんので、アイリーン嬢と精霊が狙われる可能性は確かに高いです。
ですが、この事を知っている我々が話さなければ、アイリーン嬢や精霊が危険に晒される事はありません。
俺達は、アイリーン嬢と精霊の願いを尊重する事を選びました」
セドリック様がキッパリと話される。
「すでに、ここにいる5人は秘密保持を遵守しているようだ。私含めた残りの7人が秘密にすれば問題ないんじゃないか?」
ギルバート先生が、飄々と何でもない事のようにサラリと言った。
「僕はっ、アイリーン嬢が秘密にして欲しいと望むのなら、決して他言はしませんっ」
「俺も言いません。アイリーン嬢の志しは素晴らしいと思います。応援したいです」
オーウェン様とランデル様が騎士達を見ながらハッキリと告げた。
「……この場で、我々だけの秘匿案件とする、との判断は出来ません。
ひとまず、騎士団長に報告して、団長の判断に委ねます」
「ワイバーンの件を報告するにあたり、アイリーン嬢の能力についても報告せざるを得ないです。
今後のアイリーン嬢の処遇がどうなるかは…… わかりませんが…… どうかご了承ください」
「ワイバーンをそのまま見過ごした事について、我々だけではなく、騎士科の君達にも責任が問われる可能性は否定出来ない。
団長からの沙汰を待っていてくれ」
騎士様方が硬い表情のまま、そう告げてきた。
セドリック様達が、それぞれ短く了承の返答を行う。
私も目を伏せて頷いた。
重い空気が流れ、その雰囲気のまま全員で後片付けを行い、早々に屋敷へ帰邸した。




