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「お母様、お姉様、私の進みたい道を応援してくださり、本当にありがとうございます。
動物達が適切な治療を受けて、早く元気になれるお手伝いが出来るように、頑張りたいと思います。
……ただ、その道に進むには私の苦手を克服する必要があるのです。私は血が苦手なので、大きな怪我の処置をみるのが怖いです。ですが、獣医師の仕事は怪我の処置が大変多いと思います。助手として働くのなら、怖くて見れないという事はありえない事です。
……ですので!
来月から始まる騎士科の遠征演習に同行しようと思っています。実際に辺境の騎士様方との演習ですので、辺境にいらっしゃる医師の治療を近くで見る事が出来ますし、簡単な手当てなら実践も出来るはずです。医療を学ぶための一歩として、最適な機会だと思うのです。幸い私はお料理も出来ますので、後方支援の学生として、先生から同行の許可を得ることが出来ます。
私の将来の夢を叶えるにあたって、遠征の同行はこれ以上ない機会だと思うのです!
私にはメランがついていますので、危険はありません。森のことはメランが全て掌握出来るようですので、危険が近づけばメランがすぐに教えてくれると言ってくれました。
実は、最近騎士科の厩舎の見学をさせていただきまして、それ以降騎士科の二年生の皆様と仲良くさせていただいているのですが、騎士科の皆様は、メランの存在も知っていまして…… メランの秘密を守るのは勿論のこと、私が演習に同行した際は、危険が及ばないように配慮するともおっしゃって下さいました。ですので、私の味方はたくさんいますので、遠征に対する不安はないのですっ。
私とメランがいれば馬達の不調もすぐにわかりますし、遠征が無事に終わる手助けにも繋がります。お料理も少しですが出来ますし、手当てもできる範囲で頑張りたいと思っていますので、私が同行する意味がある、と感じています。
騎士科の皆様も私の同行を歓迎してくれています。決して危険な場所には近寄らないとお約束しますので、遠征同行の許可をいただけませんか?
お願いしますっ!」
と,二人に向かって頭を下げた。
「アイリーン…… 遠征はさすがに危険よ……実際に森の魔獣を討伐するのでしょう。後方支援とはいえ、危険が及ばないとは言えないわ」
「アイリーンの思いは伝わったけれど、過去女生徒が参加したのは魔術師科の学生だけよ。一般科でも同行する生徒は時折いるけれど、一般科の女生徒が同行した例はないと思うわ。医療を学ぶ場は他にもあるでしょうし、敢えて危険な遠征に同行する必要はないと思うわよ」
「てすがっ! 私は騎士科の皆様に無事にお戻りいただきたいのですっ。私の力がそのための一助となるならば、例え危険だとしても行きたい気持ちの方が強いのですっ。どうしてもダメでしょうか?」
泣きそうになりながら主張した。
テーブルの上でじっとしていたメランがポンポンと軽く跳ねた。注目すると
(お前に危険が及んだ場合は、俺の力を使って守ってやるよ。森の中は俺のテリトリーだから、お前に危険が及ばないように全力で守ってやる)
「メランが…… 精霊の力を使って全力で私を守ってくれると言っています……
いや……私のために力を使われちゃうと完全に愛し子になっちゃうじゃない……ありがたいけど、出来れば力は使わないで欲しい……」
「ぷっ、ふふっ。アイリーン、あなた…… 完全にメラン様の愛し子じゃないの……」
「ほんとに…… メラン様がそう言ってくださっているのなら、安心ではあるけれど…… 本来は愛し子として教会に赴くべきなのでしょうね……」
「そうね。だけれど、メラン様は存在自体を秘密にして欲しいとおっしゃっているし、アイリーンが愛し子であると公表されれば今までのように暮らすことは出来なくなるわ。それこそアイリーンの身に危険が及ぶ事になるかもしれない。安全に暮らすためには教会で保護していただくことになるわ。
私はこのままアイリーンと暮らしたいもの。この事は、3人だけの秘密にしましょう」
(当然そうしろ。俺はアイリーンにくっついてまだまだいろいろなところを見て回りたいんだ。教会暮らしなんてまっぴらだ)
「メランが…… 教会暮らしはまっぴらなので、秘密にして欲しいと……」
「メラン様がここまでおっしゃってくださっているし、アイリーンにはどうしても遠征に同行したい理由があるようだから……
……いいわ、許可します。けれど、必ず無事に戻ってくること、約束出来るわね?」
「はい!お約束しますっ!お母様、お姉様、ありがとうございますっ!」
「本当に無事に戻ってきてね。メラン様、アイリーンのこと、どうかよろしくお願いいたします」
お姉様がメランに向かって頭を下げた。
メランはそれに応じるべく大きく2回跳ねてから、シュルシュルと小さくなって、飛び跳ねながら私の髪の中に戻った。
翌日、すぐに先生に遠征同行の申し入れをしたところ、ものすごく驚かれて心配されたが、成績上では今後の二年生の講義を受ける必要はないと判断され、心配されつつも家族の許可を受けているなら、と同行の手続きを行ってくれた。
三年生はまだ遠征から帰ってきていないため、その日の放課後、早速報告するべく急足で厩舎に向かった。
「ごきげんよう、皆様っ、アイリーンです!お邪魔してもよろしいですか?」
「もちろんだ」
「続けてくるなんて珍しいね!もしかして、遠征のこと?」
「はい!家族の許可を得ましたので、先生に申し入れて手続きを済ませました!足手纏いにならないよう頑張りますので、皆様どうぞ宜しくお願いいたしますっ」
頭を下げると、
「よく家族が許してくれたな。普通は反対されるだろ?」
と、当然の疑問を投げかけられる。
「家族にメランの事を話したのです。メランが、私をいざとなったら守ってくれる、と言ったことをお伝えしたら許可してくれましたっ。あ、もちろんメランの存在は内密にしてくれますよっ」
「ふっ、そうか。精霊の愛し子なら確かに安心だよな」
「いえいえいえ、愛し子ではないですっ!
ですが、メランとは家族のような感じなので。
頼りにはしていますが、その力を使わなくて済むように安全に過ごしたいと思いますっ」
「俺達も、アイリーン嬢に危険が及ぶ事のないように十分配慮するよ」
「ああ。メランの秘密を守る同士だしな。騎士科の俺達は、さながらアイリーン嬢のナイトとして打ってつけだと思うぞ」
「身近な存在を守る訓練にもなるしなっ。演習に本気で挑む覚悟にも繋がるよな」
「僕としては、アイリーン嬢とメランが同行してくれるのは大歓迎だから、演習をしっかりとこなしつつ、アイリーン嬢の事も全力で守ると約束するよっ」
騎士科の方達は、全員優しい紳士だと改めて実感し、嬉しくて満面の笑みで返答する。
「ありがとうございます!私なりに出来る事を精一杯やらせていただきますねっ!ご一緒出来るのが本当に嬉しいですっ!」
厩舎の馬達を見回して告げた。
「みなさんの体調管理も、こっそり、しっかり、行いますから、みなさん、遠征一緒に頑張りましょうねっ」
厩舎の馬達は、不思議そうにジッとアイリーンを見つめたり、軽く嘶いたり、鼻をぶるっとしたりと反応は様々だったが、歓迎している雰囲気は十分に感じられた。
「では、遠征まであと半月程ありますので、これから毎日図書館に通って、医療処置について勉強してまいりますわっ。皆様も、遠征に向けての準備頑張ってくださいね。では、失礼しますっ」
お辞儀して出口へ向かう。
いつものように、セドリック様が出口まで付き添ってくれる。
「ご家族が同意するとは思わなかったが、メランの事と将来の事を話したのなら、納得するな。アイリーン嬢は、穏やかだが芯の強さがあって、誰もが応援したくなる。ご家族の気持ちがわかるよ。
……俺もアイリーン嬢の将来を応援する。だが、危険な目にはあって欲しくない。ただの学生の俺達は頼りないかもしれないが遠慮なく頼ってほしい。メランがついている君には不要なのかもしれないが……」
立ち止まってセドリック様に向き直る。
「不要だなんて、真逆ですわっ。家族には不安はないと言いましたが、実は、遠征に同行するのはとても不安なのです。
ですが、セドリック様はじめ皆様が守ってくださるとおっしゃって下さったので。引きこもり令嬢だった私の不安を凌ぐ心強さとなって、私の進む道を後押しして下さいました。
聖女でも愛し子でもない私は、セドリック様方に守っていただくような存在ではないのですが、お言葉が本当に嬉しいですし、とっても頼りにしているのです。 ですので、私なりに皆様のお手伝いが出来るよう一生懸命励みますねっ。
どうか、これからもよろしくお願いしますっ!」
大きくお辞儀した後、顔を上げると、セドリック様の笑顔が目に入った。
「引きこもり令嬢だったとは思えないくらい、ハッキリと宣言するよな。アイリーン嬢はみんなに元気を与える存在だよ。遠征もきっと君のおかげで、みんなのやる気が増して、奏功するだろう。楽しみだよ。だが、決して無理するなよ」
優しく紡がれる言葉が心に染みる。
微笑んで頷くと、優しく微笑み返してくれる。
(騎士としてまだまだ半人前だから、キリアンのように宣言は出来ないが、俺も君を全力で守ることを誓うよ)
長く対峙していたため心の声が聞こえた。誠実な優しさに胸が震えた。
いつものように歩き出してから、途中で立ち止まり振り返ると、厩舎の出口で手を振ってくれる。
小さく手を振り返してから、向き直って足を踏み出した。
(セドリック様が素敵過ぎて…… このままだと好きになり過ぎて、欲が出ちゃう……危ないわ。
一旦、遠征に向けて、恋心を封印しないといけないわね)
今は恋よりも勉強だ。と、気持ちを切り替えるべく、歩きながら一度目を瞑って大きく深呼吸をしたのだった。




