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「しっかし…… メランを見るたびに、これが森の精霊なのかぁ〜……って思っちゃうんだよな。他の精霊を知ってるだけに。なかなかに受け入れ難いというか……」
「わかる、小さいままなら、木の実かと思うよな」
「普通サイズでも、毛玉かって思うな」
「でも愛嬌あって可愛いよね」
放課後は騎士科の二年生が馬達のお世話をするため、厩務員は休み時間となる。三年生はパートナーの馬と長期遠征に出ているため、今この厩舎にはセドリック様達4人と私しかいない。なので、メランは通常サイズで馬達の背中の上を飛び跳ねていた。
初めて厩舎を訪れてから、ここに来るのは3回目。気軽に来てはいいと言われたものの、関係ない女学生が頻繁に出入りするのはよくない、と月に1回のペースで訪れることにした。前回訪れた時に、厩務員の休み時間や三年生の遠征について聞いていたので、誰もいない時間を狙って訪れた。
「ふふっ、見た目はこうですけど、話し方は俺様なんですよ。この見た目なので怖くはないですけど」
「そうなのか?俺様ってことは雄なのかな?あ、精霊に性別はないか……」
「そのようですね。精霊は恋愛したり番になったりしないと言っていました」
「まあ、この見た目で女の子というのも、それはそれで微妙だが……」
「そうか?女の子っぽい話し方でも可愛いと思うぞ」
「うん。僕もそう思う。話してみたいな〜」
4人が揃ってメランを見つめるが、メランは気にせず馬の上でポンポンと跳ねていた。
「メランに聞きたいことなどがあれば、私が代わりにお聞きしますよ?」
「いや、メランの存在は秘密だから。変に俺達が森の精霊に詳しくなるのはよくない」
「だな。いろいろ聞きたい事はあるが、俺達の範疇を越えるよな」
「うん。メランの事はアイリーン嬢がわかっていればそれでいいと思うよ」
「だな。俺達はこうして森の精霊の姿をみれただけでラッキーだからな」
さすが騎士科の紳士達だなぁ〜と、感心する。
「わかりました。私も皆様が秘密を共有してくださっている事がとても心強いですし、何かあればご相談させてくださいね」
と微笑むと
「もちろんだ」
と全員が頷いてくれた。
「みなさん、元気なようで安心しました。演習もとても楽しいと全員が言っているようですわ」
と馬達を見回しながら言うと
「今はまだ近場の森での演習だけだから。来月には辺境に赴いての実践演習が始まるんだ」
「緊張するけど、楽しみでもあるな」
「ああ、魔獣との実践は初めてだからな。うまく立ち回れるといいが」
「怪我なく遠征が終わればいいよね。アイリーン嬢がいれば馬達の不調もすぐわかって助かるんだけどなぁ」
「確かにそうだが、それは流石に無理だろ」
「後方支援なら女生徒でも希望者は行けるぞ」
「それは魔術師科の話しだ。一般科の生徒で参加する者も時折いるが、微力な聖力があるとか医学に興味があるとか、何らかの理由がある令息だけだ。普通の令嬢が同行した事はない」
「え?一般科でも同行できるのですか?」
「ああ、希望すればな。今後の一般科の講義を免除してもよい、と教師が認める程度の成績をとっている事が必要条件であるが」
「え?なら行けますっ!行きたいですっ!」
「は?、いや、後方支援だから野営はさすがにしないが、昼間の演習に同行はしなければならない。怪我の処置をしたり、昼食を作ったりだ。アイリーン嬢は流石に出来ないだろ?」
「出来ます!大きな怪我は怖くて見れませんが、小さな傷程度なら処置出来ると思いますし、お料理は出来ますっ!私の趣味はお料理でもあるのです!自宅ではよくお菓子を作ったり、軽食を作ったりしていますっ!その程度ではダメでしょうか?」
「令嬢なのに、お料理するんだっ!すごいね!」
「いや、まあ、料理出来る生徒の同行はかなり助かると聞くが…… 」
「ああ、宿泊は辺境伯の邸宅となるから朝と夜は食事の心配はいらないが、森に入った時の食事の準備をするのは後方支援の生徒だから。携帯食はあるにせよ、簡単な調理が出来る者が重宝されると聞く」
「では、早速同行について先生に相談してみますわ!今から行ってきますっ!」
「あ、おい!ちょっと待てっ!家族が反対するだろ?一般科の令嬢で参加したものは過去いないぞ?」
踵を返して走り去ろとした私の腕を掴みながら、セドリック様が焦って言う。
「え?あ、そ、そうですわね…… 確かに反対されそうです」
「学院の演習の一貫ではあるが、実際に辺境にいる騎士達との実践演習だ。後方支援に危険が及ばない保証はない。そんなところに行けるはずがないと思うが」
「私にはメランがついていますし、危険があればすぐメランが教えてくれますわ!大丈夫です!家族も説得してみせますわ!」
「すごい、やる気だね…… 普通の令嬢は絶対行きたくないと思うけど……」
「確かにアイリーン嬢がいてくれれば、馬達の体調がすぐわかるし、メランは森に詳しいだろうから、魔獣の動向とかももしかしたらわかるかもしれないな……」
メランを見つめると、
(わかるぞ。森は俺達のテリトリーだからな、森の中での生物の位置や動きは把握できる。俺が教えてやっても吝かではない)
と上から目線で言ってきた。
「……メランは、森の中のことは把握出来るそうで、魔獣の位置など教えてやってもいいと言っています……」
「え!じゃあ、その位置に向かって進めばいいんだから、討伐楽じゃない?」
「いや、まあ、それはそうだが…… だが、メランの存在は俺達だけの秘密だろ。実際にメランに協力をお願いするのは無理じゃないか?アイリーン嬢を森に連れて行くわけにいかないし」
「その通りだ。なぜわかるのかと聞かれても俺達は答えられないし、アイリーン嬢を危険に晒すわけにはいかない」
「だよね〜 でも、後方支援ででも、メランやアイリーン嬢がいてくれると心強いよねっ」
「まあ、そうだな。料理が出来るなら、それだけでも同行はありがたいよな」
「そう言っていただけると、私にも役割があるようで嬉しいですっ!実は、卒業後は獣医師の補助の職に就こうかと思っているのです。メランが側にいてくれるなら、動物達の思いを汲み取る事が出来ますので、医師の治療の助けになるのではないかと。ただ、血を見るのが怖いので、そこに慣れなければいけないと思っていました。なので、遠征は絶好の機会だと思うのですっ。医療を学ぶための第一歩として、家族に同行の許可をもらいますわっ。
早速、今日これから話してみますねっ!」
と満面の笑みで告げると、
「そうか…… そういう事なら止めはしない……馬達に敬意を持って接しているアイリーン嬢なら、獣医師の補助の仕事は天職な気もするな」
「だねっ!アイリーン嬢がいてくれれば、適切で素早く処置が受けれるだろうし、動物達も嬉しいよねっ」
「医療を学ぶという目的なら、遠征での演習はうってつけでもあるな」
「俺達や騎士方も、男に手当てされるより、アイリーン嬢に手当てされる方が癒されるしな。同行してくれるなら、歓迎以外のなにものでもないよな」
4人が笑顔で見つめてくるので、恥ずかくなって俯いた。
「あ、ありがとうございますっ!では、今日はこれで失礼しますわっ!早速家族に話して許可をもらいますねっ。では、お邪魔いたしました。失礼します!」
と、お辞儀して出口へ向かう。
毎回、代表してセドリック様が出口まで見送ってくれる。
「俺達は、アイリーン嬢が同行してくれたら嬉しいが…… さっきも言ったように危険がないとは言えない。家族が反対したら受け入れるべきだと思う。無理するなよ」
と優しく微笑みかけてくれる。少しだけ見つめて頷いた。
顔も声も素敵すぎて心臓が早鐘を打つ。
出口でセドリック様に向き直りお辞儀する。
「セドリック様、お心遣い大変嬉しいです。
ですが、同行したい気持ちはとても強いのです。危険は承知ですが、後方支援に徹して危険な行為をしないように気をつけます。
家族の許可が出ましたら、演習に臨む同士として、どうぞよろしくお願いいたします」
顔を見つめながら言い、再度深くお辞儀した。
「……わかった…… アイリーン嬢の同行が決まれば、俺も危険が及ばないよう出来るだけ配慮するよ。これから、何かあれば遠慮なく頼ってほしい。気軽に声をかけてくれ」
優しい口調で諭すように言ってくれた。
嬉しくて、満面の笑みを向けて
「はいっそうしますっ!」
と返答し、再度軽く頭を下げてから踵を返した。途中で振り返ると、手を振ってくれたので、小さく振りかえして帰路についた。
(セドリック様と話せば話すほど好きな気持ちが膨らむわ…… 会うたびに素敵な人だと思い知らされるわね。婚約者になりたいなんて、贅沢は言わないけど、今は一緒に過ごす時間を増やしたいわっ! 何としても、遠征の同行許可を得ないとっ!
……でも、やっぱりメランの事を隠してでは、絶対許可を得られないわよね……)
馬車の窓から外を見ているメランをじっと見つめた。
「ねぇ、メラン。お母様とお姉様にメランの事話してもいい?絶対秘密にしてもらうから」
(ん?いいぞ。この間も言ったが、もう森には戻らないからな。森の精霊が俺だっていうのは別に知られても構わない。捕獲されるのが心配だが、お前の周囲に知られる程度ならその心配もないだろ)
「ありがとう!お母様とお姉様ならきっと他言しないわっ!約束するっ!」
帰邸後すぐにお母様とお姉様にお話ししたい旨がある事を伝えてもらう。
自室で遠征同行を認めてもらうための考えをまとめていると、メイドがサンルームでのお母様方とのお茶の用意が整ったことを伝えに来た。足早にサンルームへ向かう。
「おかえりなさい、アイリーン。話って何かしら?」
「まずはお茶をいただきましょう。今日の分のお仕事は終わったから、ゆっくり話しを聞けるわ」
「お母様、お姉様、お時間をとっていただきありがとうございます。お茶をいただいたら、お話しさせてください」
微笑んで着席し、用意されたお茶を口に含む。
茶菓子を嗜み、メイドが退出したのを見計らい、意を決して発言した。
「お母様、お姉様、私将来は獣医師の助手になりたいと思っています。このまま貴族でいる事は望んでいません。仕事する上で平民の殿方と懇意となり、婚約する事になったら、そのまま平民として暮らそうと考えています」
「まあ……アイリーン…… 平民の暮らしは大変よ?官邸の女官や事務官といった準貴族のままでいた方が、これまでとあまり変わらない暮らしが出来るわ。その方がいいと思うわよ?」
「私もお母様と同じ意見だわ。獣医師の助手なんて、令嬢として暮らしてきたあなたには過酷だと思うわ」
「はい。承知しています。ですが、実は…… 今までお話ししていなかったのですが……大事にしたくないので秘密にしていたというか……
お母様、お姉様、驚かないで聞いてください。
実は、少し前から森の精霊さんと行動を共にしているのですっ!」
「……え? ど、どういうことかしら?」
「も、森の精霊?愛し子になったということ?」
「いえ、違うのです!領地でケリーと森に近づいたところ、ケリーの事を気に入って出てきてくれたのです!ですが、森の精霊さんは、森の外をみてみたいと、その後からずっと私の髪の中に潜んでいるのです……」
「は?髪の中?」
「ごめんなさい、全然わからないわ…」
メランが髪の中から飛び出てきて、テーブルの上に落ち着くといつものように膨らんだ。
「こ、こちらが森の精霊のメランです……」
「……そ、そう、なの……ね?」
「あ、は、はじめまして……?」
混乱を隠さない二人に畳みかけた。
「森の精霊さんの考えが、なぜか私にはわかるのです。そして、森の精霊のお力なのか、メランが側にいると動物の心の声が聞こえるようになりました。ケリーの考えもわかります。そして、学院の馬達の考えも全て知る事が出来ました。メランは、今後も私の側にいたいと言っていまして、メランが側にいるならば、動物達の心の声が聞こえる私は、獣医師の助手として素晴らしい働きが出来ると思ったのです。メランがいつまで側にいるかはわかりませんが、この力が続く限り、動物達の通訳として動物達の力になりたいのです!」
「そう……
アイリーンの思いはわかったわ。だけれど、そのお力をいただいたという事は、あなたは精霊の愛し子になったという事では?教会に届け出なければならないと思うわ」
「いえ、そうではありません。メランが側にいる時だけの力なので、私に直接授けられた訳ではないのです。メランが私のためにそれ以外の精霊の力を使う事はありません。なぜなら、私は愛し子ではないからです。
そして、森の精霊はこの姿なので、人間による捕獲を恐れています。過去、森の精霊が姿をみせてないのはその心配が大きいからです。メランは、メランが森の精霊であるという事は他者に秘密にしてほしいと言っています。私は、メランの思いを尊重したいので、出来ればお母様お姉様にも、メランの事は他言しないようにしていただきたいと思っています。
ダメでしょうか?」
「……わかったわ。愛し子と認知されれば今までのようには暮らせないし…… メラン様がそう望むのであれば私からは公言しないわ」
「私も公言しないと約束するわ…… でも、凄いわね。アイリーンはメラン様と心を通じ合わせているのね。アイリーンの優しさをメラン様も感じ取っているのでしょうね……」
「お母様、お姉様、ありがとうございますっ
メランが側にいるとはいえ、私は何も変わっていません。ですが、メランが側にいる限り動物と心を通わせることが出来るのです!その力で、多くの動物達を救うために、獣医師の助手になりたいのです!応援していただけませんか?」
「アイリーンらしいわね…… 昔から動物が大好きだったものね……覚悟があるのなら、もう止めないわ」
「ええ、アイリーンならお料理も出来るから、たとえ平民となっても楽しく暮らせる予感がするわ。だけれど、辛かったらここに戻ってくること。それが約束出来るなら応援するわ」
「ありがとうございます、お母様っお姉様っ!辛かったら戻ってきますわっ!約束しますっ!」
と笑顔で言い切った。
(よし、ここまでは順調ね!問題はここから)
と、内心で一息ついて、気を引き締めた。




