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二年生では、例外はあるものの、殆どの令嬢は一般科に進む。令息はそれぞれの進路に合わせて一般科、騎士科、魔術師科に分かれて進級する。
一般科のクラスにセドリック様がいない事で、多くの令嬢達は驚いていたが、予想通り、セドリック様の側に今までいた令嬢達は他の一般科の令息達の元へ足を運び、騎士科に進んだセドリック様の周りに令嬢達が群がる事はなくなった。
騎士科との合同講義はないため、セドリック様の様子はランチタイムや放課後のカフェテリアでしか見かける事はなくなったが、同じ騎士科のクラスメイトと笑顔で過ごされていた。ついじっと見てしまいたくなる衝動を抑えて、心の声は聞かないようにする。けれど、騎士科で身体を鍛えているためか、男性らしさが日に日に増していくセドリック様への恋心は増長していくのを感じていた。だからといって、声をかける事はアイリーンにとっては至難の業で、ちらちらと盗み見する事しか出来ない日々が続く。
この世界の大陸には多くの国が存在するが、殆どの国は大陸連合に加盟し他国への不可侵を誓っているため、人間同士の戦争はない。けれど、魔獣との争いは絶えなかった。魔獣は森林や渓谷で生きているが、時折食糧を求めて人里に現れた。聖女様が結界を張っているが、食糧を奪おうと、結界の綻びをついて侵入し、家畜や人を襲うのだ。数年に一度にはスタンビートも起こる。そのため、騎士達の仕事は主に魔獣との戦闘であった。もちろん近衛兵や治安維持のための警備兵も存在するが、若年の騎士達のほぼ全員が魔獣対策にあたっている。学院の騎士科では、卒業後すぐに実戦に赴けるように、学院で飼っている馬とパートナーとなり騎乗しながらの演習や遠征が行われた。
卒業生が組んでいたパートナーの馬を引き継ぎ、騎士科のニ年生が卒業までの2年間、新たなパートナーとしてお世話しながら信頼関係を築き、演習に臨むのだ。パートナーとなる馬の選定は騎士科の二年生それぞれに任された。最初の2ヶ月は座学のため、放課後厩舎に出向き、相性を見極めて、座学が終わる頃に選定する流れだ。
騎士科のこういった事情は、ソフィアの次兄が騎士科を卒業しているため、ソフィアが詳しく教えてくれて知る事が出来ていた。
(セドリック様のパートナーは今日あたり決まるかしら?もうすぐ2ヶ月が経つし…… ちょっと覗いてみようかな……)
図書室は学院の校舎内にあったが、図書館は厩舎の奥の別棟にあった。正規ルートではないが、厩舎の近くを通ると近道となるため、図書館にいく生徒の中にはそのルートを使用する者もいるので、不自然ではない。
よしっと、覚悟を決めて厩舎の入口に近づき、聞き耳を立てた。
「おーい、俺はお前と組みたいんだよぅ……俺でいいだろ?な?」
「いや…… やっぱりブラックはお前の事嫌なんじゃないか?グレイの方が合ってるって」
「えぇ〜…… だって実家では黒毛の馬が愛馬なんだよ。相性悪くないと思うんだけどな……」
「明らかに無視されたら嫌われてるって感じるけど、そうじゃない限りどの馬と相性がいいか、なんてこの短期間じゃなかなか分からないよな。俺もセーブルとヘイゼルどちらに決めるべきか、まだ悩んでるよ」
「俺はウッドで決めたぞ!きっと相性がいいはずだ!」
「僕もモカにしようと思ってるよ。僕をみる目が優しいんだ」
騎士科の二年生はセドリック様を含めて4人。その4人の会話の内容がはっきりと聞こえた。
セドリック様はセーブルとヘイゼルで迷っているようだ。
(この状況…… 私なら解決出来そうよね。お馬さん達と会話すればいいんだし。どうしよう。すごく勇気いるけど、声かけてみようかな…… 能力が知られないように解決するのは大変だけど、でもっ!セドリック様のお役に立ちたいっ!!)
恋の力は乙女を強くする。アイリーンは、勇気を振り絞って厩舎の中に一歩を踏み出した。
「あ…… あ、あのっ!…… みなさま、ごきげんようっ!お、お邪魔してもよろしいでしょうかっ!」
厩舎の入口に立ち、中にいる4人に向かって少し大きな声で呼びかけた。
「ごきげんよう。アイリーン嬢。誰かに用かい?」
全員振り向いたが、すぐさまセドリック様が返答してくれる。
「い、いえっ、ち、違うのです。図書館に行こうとしていたのですが、皆様のお話しが聞こえてきてしまいまして…… わ、私は領地でよく愛馬と散歩したり厩舎でお世話したりしていて、馬に慣れていますし、馬がとても大好きなのです。少し触らせていただきたいのですが、駄目でしょうか?」
「馬に慣れているのなら問題はないと思うが、制服が汚れてしまうかもしれない。いいのか?」
「は、はい!後は帰宅するだけですのでっ!嬉しいですっ!皆様も、よろしいでしょうか?」
「別に構わないよ。学院の馬達はみんな賢くて人慣れしているから」
「うん。気性の激しい馬はいないしね」
「少し触るくらいならいいんじゃないか?」
他の3人も同意してくれたので、馬達を見ながらゆっくりと中へ進んだ。
「わぁ〜…… みなさん、とても大きいですね。騎士科の皆様を乗せて走るので、筋力がとてもあるのですね。私の愛馬より一回り大きい感じです」
厩舎には14頭馬がいたが、入口近くにいる馬が二年生に割り当てられる馬になるのか、セドリック様達は入口の近くにいたため、外にも声が聞こえたようだ。
(この子がセーブルで、こっちの子がヘイゼルかしら。名前が馬達の色そのままだから分かりやすいわね。まずは、セーブルの声を聞いてみようかしら…)
「こちらの馬を少し撫でてもよろしいですか?お顔が優しげで可愛いです」
「あぁ。俺がパートナーに選ぼうかと迷っている馬なんだ。目が優しいよな。ちなみに、俺はヘイゼルも気になってるんだが……俺をみる目が力強いんだよな」
「そうなのですね。みなさん、身体が立派ですし、気性も穏やかそうですから、実際に乗って走ってみないと相性が分からないかもしれませんね……」
と言いながら、セーブルを撫でてセーブルに意識を集中した。
(女の子に触られるのはいつぶりだろう。やっぱり女の子は小さいなぁ…… 男の子達はみんな大きくて重いから走ると疲れるんだよなぁ……女の子乗せてゆっくり歩く方が好きなんだけどなぁ)
なるほど。セーブルは優しい顔立ちそのまま、性格も穏やからしい。十分に躾けられているためきちんと役割はこなすのだろうけれど、実際はしんどいと思っているようだ。
「可愛いです。この子は、とても穏やかな感じですね。あちらがヘイゼルですか?」
「ああ。ヘイゼルもいつも落ち着いているんだが、目が力強いと感じるんだ」
ヘイゼルを見つめて意識を集中する。
(セドリック様の友人かな。騎士科に女の子がいたのは3年前か。久しぶりに近くで女の子をみたな。まあ、俺は風のように乗り手と一体化して颯爽と走るのが好きだから、女の子なんて乗せると軽すぎて、いつの間にか振り落としてしまいそうだな)
ヘイゼルの心の声に、一瞬笑いそうになるのを懸命に堪えた。
セドリック様がヘイゼルを撫でた。
(セドリック様、他の人よりカッコいいんだよな。立ち姿がキリッとしてて、なんか俺に似てる気がするんだよな)
また笑いそうなったが、なんとか堪えて
「ヘイゼルは、セドリック様をカッコいいと思ってるみたいです。自分に似てるって言ってます」
と微笑んで告げた。
「え?」
(あ、しまった。ついポロッと)
「あ、いえ。なんか、ヘイゼルの顔をみていると、そう言ってるような気がしたのですっ」
「アイリーン嬢に、カッコいいと言われて驚いたが、ヘイゼルの気持ちか。ヘイゼルは案外ナルシストなんだな」
と笑いながらヘイゼルの鼻に手を置いた。
「ヘイゼルもセドリック様もカッコいいのは確かですから。セーブルもヘイゼルもセドリック様と相性はいいと思いますが、ヘイゼルの方がセドリック様への思いが強い感じがしますね」
微笑んで言うと、
「そうか…… そうだな…… ヘイゼルが俺と似てると思ってくれてるなら、パートナーとしてよい活動が出来そうだし。決めた。ヘイゼルにするよ。よろしくな、ヘイゼル」
と優しくヘイゼルの首を撫でた。
その姿に見惚れそうになったが、5秒経つとマズいので、他の馬に視線を向けた。
「アイリーン嬢は、馬の気持ちがわかるのかな?すごいね。じゃ、ブラックが俺の事どう思ってるのかわかる?」
と、モーリスが聞いてきた。
「顔をみてると、何となくその子の気持ちが聞こえてくるんです。実際は違うかもしれないので、的外れだととても恥ずかしいのですが」
「それでもいいよ。俺はブラックがいいんだけど、みんなはグレイの方がいいって言うんだ。アイリーン嬢はどう思う?」
「えぇっと…… この子がブラックですね。こんにちわ。ブラック」
と、ブラックを見て声をかける。
(こんにちわ。ここに女の子なんて珍しいな)
「モーリス様がパートナーになりたいって。あなたと。どうかしら?」
目をじっと見つめた。
(組んでもいいが、俺はこの中で最年長だし、グレイとか若いやつに経験積ませて欲しいんだよな。出来れば今年は休みたい。去年少し足を痛めたから、今年は無理したくない)
「……ブラックは、足に不安があるようです。無理したくないという気持ちを感じます。年齢も他の子達より上ではないですか?若い子に経験を積ませたいという思いも感じました……」
「え?そこまでわかるのか?! す、すごいな……本物じゃないかっ! 確かに、ブラックは最年長だし、去年少し前足を軽く痛めたけど,完治したって厩務員が言ってたよっ」
「し、しかも、ブラックは若い馬に経験を積ませたいとまで思ってるのか…… 最年長で貫禄あるとは思ってたけど、そこまで考えてるとは思いもしなかったな」
「あ、あのっ、あくまでもっ!私がそう感じるだけですのでっ!実際は違うかもしれませんっ!すみませんっ!」
「いや、でもその通りな気がするよ。アイリーン嬢の能力なのかな?馬と長く過ごしてきたから、感じるようになったのかな?いずれにせよ、俺達には、心強いアドバイスだな」
「じゃあ、やっぱりグレイがいいかな?グレイのこともみてみて!」
「ちょ、ずるい。俺もウッドでいいかみてほしい」
「僕もモカでいいかみてほしいっ」
モーリス様、ジェフリー様、キリアン様が一斉に詰め寄ってきた。
「ちょ、おい。アイリーン嬢が怯えてるだろ。近くに行きすぎだ。ちょっと離れろ」
すかさずセドリック様が間に入ってくれて、ホッとする。
「わ、私でよければ、他の子達のお顔もみてみます。でも、的外れだったら、本当にごめんなさい……」
「いや、そこは全然気にしないで。参考にするだけだから」
「うん。あとで相性悪かったと思ったとしても、アイリーン嬢のせいには絶対しないから。安心して」
「俺も。だけど、アイリーン嬢の能力は本物っぽいから、ぜひアドバイスして欲しい」
「あ、ありがとうございます……
では、まずはグレイとお話ししてみますね」
グレイに近づいた。
「こんにちは、グレイ。アイリーンです。モーリス様があなたとパートナーになりたいって。あなたはどうかしら?」
(ぜひぜひ、お願いしますっ!去年、赤髪の方と組んでとても楽しい訓練でしたっ!また赤髪の方と組みたいですっ!)
「ふふっ。グレイは赤髪の方と組んで訓練に参加したいと言ってるようですわ。おそらく、去年組まれた方が赤髪だったのではないでしょうか?若いからなのか、たくさん動き回りたいって思ってるのがすごく伝わります。元気いっぱいですね」
「なるほど。確かに俺の髪は赤い」
「すごいな…… 去年グレイとパートナーを組んでた先輩は赤髪だよ……」
「え?!ほんとかよ?!す、すご……っ!本物じゃん……」
「ぼ、僕もっ!お願いっ!モカをみてみてっ」
キリアン様がモカを指差す。
モカに近寄る。
「こんにちは、モカ。アイリーンです。キリアン様がモカとパートナーを組みたいって言ってるのだけれど、あなたはどうかしら?」
モカをじっと見つめた。
(ぜひとも組ませていただきたいです。私もまだ経験が浅いので。経験を積んで、先輩達の様にパートナー様と動きを合わせられるように、早くなりたいのです。ただ、粗暴な方は苦手なので、キリアン様のような優しい方だとわたしもとても嬉しいです)
「モカも、キリアン様のような優しい方とパートナーとなって、経験を積みたいって言ってるようです。相思相愛ですね」
キリアン様に微笑んだ。
「そっかぁ〜。嬉しいな。モカの目が優しいと感じたけど、モカも僕のこと優しいと思ってくれてるんだ。よし、これからよろしくね、モカ。ともに訓練頑張ろうね」
キリアン様がモカの首を優しく撫でた。
「俺は、ウッドにしようと決めたんだが、ウッドはどう思ってるかみてもらってもいいか?」
ジェフリー様に頷き、ウッドに近寄った。
「こんにちは、ウッド。アイリーンです。ジェフリー様があなたとパートナーになりたいと言ってます。あなたはどう思っていますか?」
(いいですよ。ジェフリー様は他の方より大きいので、一番身体の大きい俺が最適だと思います。だけど、俺は他のやつらよりもたくさん食べますのでお世話が大変ですよ。しっかりお世話お願いします、と伝えてください)
「ふふっ、わかったわ。確かにたくさん食べそうね」
笑ってウッドの鼻を撫でた。
「ジェフリー様には、一番身体が大きい自分が最適だと言ってます。けれど、たくさん食べるのでしっかりとお世話してくださいね、と言ってるようでした」
ジェフリー様に微笑んで告げた。
「了解!ちゃんと世話するから、これからよろしく頼むなっ!」
ジェフリー様は満面の笑みでウッドの首を優しく叩いた。
騎士科4人のそれぞれのパートナーが決まり、厩舎内は穏やかな空気に包まれた。
セドリック様が微笑みながら静かに近寄ってきた。
「アイリーン嬢、アドバイスありがとう。大変助かったよ。君の能力はきっと本物だね。
……その能力は、馬に対してだけなの?」




