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神様が言った。
「あなたには、まだ寿命が残っていました。不運な事故に見舞われましたが、善良で善行を行うあなたには、異世界に転生して、残りの人生を送ってもらおうと思います。
まもなく、異世界にいる13歳の女の子が亡くなります。その子の魂が外れた体に、あなたの魂を入れます。その子のそれまでの記憶と、転生特典として聖女の力や特殊な能力など、望む特典を一つ授けます。どのような特典を希望しますか?」
「…… え? 異世界転生ですか?? わ、私がですか??」
「はい。本来は、あなたは亡くなる運命ではなかったのです。子供を助けた事でその子は助かり、あなたが代わりに亡くなってしまったので、救済措置がとられることになりました。ですが、一度死んでしまった魂は、同じ世界に存在することは出来ませんので、転生を受け入れなければそのまま魂は成仏することになります。
どうしますか? 異世界転生を受け入れますか?」
「……えぇっと…… 私もこんな風に死ぬとは思ってなかったので…… なんか全然実感出来てないですし…… こうしてお話が出来てるのに、そのまま成仏するのもなんかちょっとイヤです……
だけど、異世界で暮らすのもとても不安です。家族も誰も知らない世界で普通に暮らせるのか、自信がないです……」
「そのように思うのも無理はない事です。ですが、あなたのように救済措置を受けて転生した方は、皆さん幸せに生きられましたよ。転生する方の記憶がありますから、入れ替わるというより、その方と融合するような形になります。そこでの暮らしに戸惑う事はないでしょう。あなたと同じような境遇で、あなたに似たようや性格の方に転生するので、容姿が変わるだけと思って差し支えないかと。
大丈夫です。心配いりませんよ」
神様の姿はぼんやりとした人型なので表情は全くわからない。だけど、微笑んでくれてるようだし、声はとても優しい。あたたかく包んでくれてる気配を感じて、不安が和らいだ。
突然私が死んで、とても悲しんでるだろう二人を想像した。でも、きっと二人は悲しみながらも事実を受け入れて、天国での暮らしがあるとしたら、そこで私が幸せに暮らすことを祈るだろうなと思った。だから、伝える事が出来なくても、二人の願いを叶えるために、残りの人生を幸せに暮らしたい、と決意した。
「ありがとうございます。じゃあ、その世界で幸せに生きてみようと思います!お母さんとお姉ちゃんも、きっとそれを望んでると思うので!」
「そうですね。ぜひとも幸せな人生を送ってくださいね。特典はどうしますか? 聖女であれば、治癒や結界を張る能力、特殊な能力であれば多言語理解や瞬間記憶、他には無尽蔵な魔力などが与えられますよ」
「えぇっと…… 血をみるのが怖いので治癒はちょっと…… 魔物も怖いので聖女様として戦うのも遠慮したいです。多言語理解やたくさんの魔力は…… ちょっといいな、と思いますが…… 崇められたり目立ったりはしたくないので…… 普通でいいです」
「そうですか…… ですが、異世界転生には特典付与をする決まりがあるので…… 何かありませんか?何でもいいですよ?」
えぇ…… ? う〜ん…… 急に言われてもなぁ…… 空を飛ぶとか? いや…… でも、飛んでどうする?って気もするし…… あとは……何だろう? これが出来たらいいなぁ…… って思った事…… なんかあったかな?
「……あっ! 動物っ!! 動物の心の声が聞ける能力がいいですっ!」
飼い犬のフワを思い出してそう言った。小さい頃からお姉ちゃんと二人でお世話したフワは家族の一員だった。何度も、フワと会話出来たらいいのになぁ、って思った事を思い出したのだ。
「了解しました。では、動物の心の声が聞こえる能力を特典として授けます。常に聞こえると大変だと思いますので、集中した時に聞こえるようにしますね。
では、良き人生をお送りください」
ぼんやりとした人型の白い影である神様が優しく言って、消えた。
そして走馬灯のように伯爵令嬢アイリーン・ロックウェルの0歳から13歳までの人生が脳内を駆け巡った。
アイリーンは伯爵家の次女だった。4歳上の姉と伯爵家当主である母の3人家族だった。入り婿であった父親はアイリーンが6歳の時に不貞をはたらき、それが元で離縁していた。不貞の相手と新たな家庭を築いており、離縁後は交流が一切なかった。
母と姉は才色兼備で名を轟かせているが、アイリーンは容姿は整っているものの、積極性はなくむしろ目立つことが嫌いなため、社交の場でも自ら発言する事なく控えめな笑顔で応じていた。読書好きの大人しい、母と姉が大好きな優しい女の子だった。
そして神様が言った通り、転生を受け入れた愛も、同じような性格で同じような家庭環境だった。裁判官として働く母と弁護士を目指す5歳上の優秀な姉がいた。父は愛が7歳の時に、母に不倫がバレて離婚している。ほんとに、何もかもがそっくりで、異世界というよりパラレルワールドみたいな感覚で、割とすんなりとアイリーンとなった事を受け入れる事が出来た。
愛は横断歩道を渡ってる時に、急に角から飛び出してきた車が前を歩いていた男の子を跳ねそうになったので、咄嗟にその子を突き飛ばしたことで、代わりに車に跳ねられて亡くなったと思われた。
一方、アイリーンは、伯爵領にある広い馬場を愛馬に跨って乗馬していたところ、急に雨が振り出し豪雨になったので、大きな木の下で雨宿りをしていたのだが、雷が不運にもアイリーンの髪飾りに落雷して感電死してしまったようだった。
愛の意識がアイリーンの身体に入った事で意識を取り戻したため、亡くなってから生き返った時間はほんの数分だったようで、まだ雨が強く降っており、誰にも気付かれていなかった。屈んで木にもたれていたが、そっと体を起こして髪飾りを外した。
被雷した髪飾りは変形していたため、踵で土を掘ってその下に埋めた。身体に外傷はないので、愛の魂が入った時に火傷などの外傷は神様が治癒してくれたのかもしれない。
アイリーンの横には愛馬のケリーがいたが、鼻先を地面近くまで下げて静かにジッとアイリーンの顔を見つめていた。愛馬に意識を集中すると、
(お嬢様に雷が当たっていたと思うんだけど…
何ともないのかな?大丈夫かな?どこも痛くないかな?)
と、ケリーの心の声が聞こえた。
ゆっくりと立ち上がって、
「ケリー、心配かけてごめんなさい。大丈夫よ。雨がまだ強いけれど、屋敷に戻りましょうか。乗ってもいい?」
とケリーを撫でながら聞いた。
ぶるると鼻を鳴らしたケリーは、
(もちろんです。風邪をひいたら大変ですから。早く戻りましょう)
と同意していた。
ケリーに微笑み、すぐに跨って屋敷まで駆けた。
門のところでは、レインコートを羽織った護衛とメイドが立っており、アイリーンに気づくとすぐに駆け寄ってきた。
「お嬢様!おかえりなさいませ!急に雨が降ってきたのでどうしようかと思っていたところだったのですが、無事にお戻りになられてよかったです!さ、早く湯浴みしに参りましょうっ」
とケリーから降りた途端、専属メイドのサーシャが駆け寄ってきた。
「ケリーありがとう。体を濡らしてごめんなさいね。よく拭いてもらってね」
と優しくポンポンと叩いて愛馬を労い、意識を向けた。
(私は大丈夫です。お嬢様も早く体を温めてくださいね)
と鼻を肩にすり寄せながら言ってくれたので、その鼻を優しく撫でてから屋敷に入った。
すぐに浴場に向かい、湯槽に入って体を温めた。
(神様がくれた能力だから当然なのだけれど…… 本当に動物の声が聞こえるのね……
知性のある動物とは、ちゃんと会話が出来るのかしら?猫や犬はきっと大丈夫よね?ここでも、タウンハウスでもペットは飼っていないけれど、猫か犬でも飼おうかな…… きっと、お友達になれるわよね)
と、神様から与えられた特典に期待を膨らませた。
アフターヌーンティーの後に愛馬との散歩に出かけたため、湯浴み後はすぐに晩餐の準備が始まった。
タウンハウスで何を飼おうかなと、いろいろな動物の事を考えながらメイド達に支度を整えてもらい、完璧な装いで晩餐室の椅子に着席すると、お祖父様とお祖母様もすぐにいらして自席に着席した。
食前酒を飲みながら、
「ケリーとの散歩で雨に当たったと聞いたが、体調は大丈夫か?」
とお祖父様が聞いてきた。
「はい。すぐにお屋敷に戻りましたので何ともないです。ご心配をおかけしました」
微笑みながら返す。
「うむ。あと3日でタウンハウスに戻る予定なのだから、風邪を引かないように気をつけて過ごしなさい」
「もう戻ってしまうのね……学院が始まるから仕方ないのですけれど。長期休みに入ったら、また遊びにいらっしゃいね」
と言って、お祖母様が微笑みかけてくれる。
「はい。次はお母様とお姉様と共に参りますわ。お母様とお姉様は日々忙しいため中々時間が取れないのですが、いつもお二人にお会いしたいとおっしゃっています。ですので、次は三人揃って参りますわね」
と笑顔を向けた。
その後も美味しい食事を堪能しながら、時折雑談を交わして食事を終えた。
自室に戻り、寝支度を整えた。
来週にはタウンハウスに戻り、再来週からは学院に通う事になる。
13歳以降は貴族学院に通わなくてはならないのだ。 アイリーンは、社交が苦手で最低限のお茶会しか参加していないため、仲の良い令嬢は二人しかいない。けれど、同じ年の貴族は多くても30名程度のため、全員同じクラスとなる。友人の二人と一緒なら人見知りでも何とか馴染む事が出来るかな、と学院生活に不安はなかった。
けれど、学院に通うとお屋敷にいる時間が少なくなるため、ペットを飼ったとしてもお世話する時間がない。誰かにお世話をお願いしなくてはならなくなる。
(お屋敷の人達はみんな自分の仕事があって忙しいわよね…… わんちゃんのお世話をお願いするのは気が引けるわ…… 手のかからない猫の方がやっぱりいいかしら?……)
と、飼うペットについてあれこれ考えながら眠りについた。
翌朝目を覚ますと何となく身体が重い。
少し熱っぽい感じがする。
ノックとともにサーシャが入って来て挨拶をしたが、起きられないし、声も出しづらい。
すぐにサーシャが早足に寄ってきて、私の異変に気づく。
「お嬢様、顔が赤いです!お熱があるのではっ?少々お待ちください。侍女長に伝えてまいりますっ」
と小走りで部屋を出て行き、すぐに戻ってきた。
サーシャと他のメイドが水や盥やタオルなど看病に必要なものをベッドサイドにテキパキと置いていくのをぼーっと見ていると、ロックウェル家お抱えの医師が執事長とともにやってきた。
この世界は魔力単体では魔法は使えないが、魔術や魔法陣と組み合わせて魔法を使用する事が出来る。魔力の中でも聖力を持っている人は治癒が行えた。聖力が強い人は神殿の聖女や神官となり、重病者に治癒を施す。聖力はあるものの治癒の力が強くないものは医師となって貴族家の主治医となっていた。ロックウェル家も領地とタウンハウスにお抱えの医師がいた。
すぐに医師による診察と治癒が施される。
「軽いお風邪のようですので、私の聖力で治癒出来たと思われます。ですが、体力が回復するまでは少し時間がかかりますので、今日のところは起き上がらず消化の良いものを食べて、ゆっくりとお過ごしください。
明日には回復していると思いますので、予定通りタウンハウスには戻る事が出来るでしょう。
では、アイリーン様失礼しますね。お大事に」
と初老の医師は執事長とともに退出した。
(まあ、この身体は昨日被雷してるしね…… 不調が出るのは当然よね。でも、聖力ってすごいなぁ〜。あんなに重怠かったのに、今はもう何ともないし、喉も痛くない。神殿にいる神官や聖女様の聖力って、きっと物凄いのだろうなぁ……でも、やっぱりなりたいとは思わないけど……)
と、目を瞑って転生前の神様とのやり取りを思い出していた。
目を開けると、サーシャが覗き込んでいた。
「お嬢様、お水を飲まれませんか?」
喉が渇いていたので起きてコップを受け取る。心配かけて申し訳ないなぁ〜とサーシャに謝ろうとして、タオルを水の入った盤に入れて冷たくしているサーシャを見つめた。コップを受け取ろうと私に向き直ったサーシャを見つめながら、言葉をかけようとしたその時、
(私がついていながら、お嬢様に風邪をひかせてしまうなんて…… あんなにずぶ濡れになったのだから、昨日寝る前に医師に診察を依頼するべきだったわ。私の配慮不足ね。お嬢様に申し訳ないわ……)
と、サーシャの声が聞こえた。
……え? ……今、サーシャの口動いてなかったよね?! …… しかも、内容的にどう考えても心の声だっ!……
完全に動揺していたが、それを悟られないように必死に笑顔を作り、
「サ、サーシャ、心配かけてごめんなさいね。でも、もう大丈夫だから。治癒のおかげで体調は悪くないの」
と声をかけてコップを渡す。
「それならよかったのですが……明後日は長旅となりますし、今日明日は無理せずお過ごし下さいね」
と眉を下げながら言い、コップを受け取った。
(無理してないかしら?お嬢様はお優しいから。私にも気を遣ってくださるのよね。お嬢様が無理しないように私がもっと気を配らないといけないわ)
とまた心の声が聞こえてきた……
なんとか笑顔を浮かべてベッドに横になった。
サーシャが額にタオルを載せてくれた。
…………これは…… 確定だよね……
…………マジですかっ……神様っ!
…………確かにっ!人間も動物だけどっ!!人間の心の声までは望んでいませーーん!!!
心の中で盛大に叫んだ。
身体の不調は治ったのに、精神的にグッタリとして、現実逃避もかねて、何も考えないようにしてひとまず眠りについたのだった……




