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『小説家になろう』公式企画

九郎と三郎

作者: 敷知遠江守

「九郎様。昨晩泊まった宿の者の話では、そろそろ倉賀野という地に入る頃ですな。確か、そこから川を越えると伊勢崎、さらに行けば下野(しもつけ)の国、足利という事でした。下野を抜ければ、いよいよ陸奥(みちのく)ですぞ」


 まるで蛸入道のような僧形の男が無精髭を揺らして、九郎と呼ばれた男性に豪快に笑いかけた。僧形の男は雲を突くような大男。一方の九郎はまだ若いとはいえ、それを差し引いてもかなりの小男。相当不釣り合いな二人組に周囲からは映っている事であろう。


「京からここまで長い道のりであったなあ。陸奥平泉か。どのようなところなのだろうな」


「何でも金が湧く川があるのだそうですぞ。キラキラ輝いて、さぞかし綺麗なのでしょうなあ」


「弁慶は存外風流なのだなあ。それがしはそのような地であれば、女子たちもさぞかし美しいのだろうと思ってしまうがな」


 早く平泉に着かないものか。まるで御伽噺の楽園であるかのような過度な妄想を目的地に抱きながら、二人は東山道を東に歩を進めた。


 だが既に日が傾いて久しい。倉賀野の集落で宿を借りようという事になり、一軒の民家をたずねる事にした。


「それがしは左典厩(さてんきゅう)が九男で九郎と申す者。陸奥への旅の途中なのだが、すまぬが、今晩の寝床を貸してはいただけぬだろうか? 何、一宿だけの事、(うまやど)でもかまわぬ」


 家の主人は、最初は胡散臭そうという目で九郎を見ていた。『左典厩が九男』などと身分を述べても、恐らくはそれが何かすらわからないのだろう。

 だが、旅の者だとわかった時点で明らかに顔色が変わった。


「この村には、流れ者に庇を貸すようなお人好しは一人もおりませんよ。もう少し行けば河原がある。そこで寝たらよろしかろう」


 あまりの無体な言い様に、弁慶が黙っていられなかったらしい。九郎をさしのけ、「一宿ぐらい良いではないか」と主人にねじ込んだ。その威圧感に主人は腰を抜かし、震えながら「冗談ではない」と言って首を横に振った。

 だがその主人の態度は、あきらかに何かあるという態度。よかったら事情を聞かせてくれないかと頼み込んだ。


 主人の話はこうであった。

 少し前から村の宿屋に流れ者が住み着いている。その者は旅の者だと言っており、村の者もそれは難儀な事だといって、世話を焼いてやった。ところが、徐々に態度が大きくなり、食い物を寄こせとまるで賊のような態度をとるようになり、最近では村の女子共を見ては乱暴を働くようになった。

何とか村から追い出したいと思うのだが、腕っぷしが強く村の者たちでは全く歯が立たないのだとか。


「うちにも娘がおるのですが、先日乱暴を働かれまして……」


 はらはらと泣き始める主人とその妻。耳を澄ますと隣の部屋からスンスンという女性のすすり泣く声が聞こえる。


「なるほどなあ。よかろう。それがしが懲らしめてやろうじゃないか」



 ◇



 その夜。九郎は主人の娘から寝間着を借り、その娘の寝床で眠っていた。


 すう……


 襖の開く音がする。そろりそろり。足音を消しながら何者かが近づいて来る。何も知らない男は、布団をめくり九郎の足をさわさわと撫でる。


「ふへへ。相変わらず綺麗な足してやがんな。たまんねえぜ」


 この時点で斬り殺してやろうかと思ったが、九郎はじっと我慢した。

 男が、もぞもぞと徐々に足から腰に向かって移動してくる。全身がぞわりと泡立つがそれも我慢。

 男がぴらりと寝間着をめくった。


「え? な! お、男!?」


 その瞬間、九郎の刀の鞘尻が男の股間を痛烈に強打。股間を押え悶絶している所に、隣の部屋から弁慶がやって来て、その背にどかりと腰を下ろした。


「お……重い……ぐ……ぐるじぃ」


 九郎が鞘から刀をすらりと抜き、水平に構える。


「ま、待ってくれ! た、頼む!」


「お前は襲った女子が止めてくれと頼んだ時に、一度でもそれを聞き届けたのか?」


 潔く死ねと、弁慶が頭を殴りつける。すると男はわんわんと泣き出してしまった。

 あまりの見苦しさに九郎も興が削がれ、刀を鞘に納めてしまった。


「お願いだ。郎党でも小者でも何でもなる。だから命だけは!」


 九郎は刀を収めたのだが、弁慶は全く許す気配が無い。尻をぐりぐりと動かして男を苦しめている。

息ができず声を発せなくなってきたのを見て、九郎は弁慶に退くように指示。


「普通は潔く『殺さば殺せ』と啖呵を切るところであろう。何故そこまで生に執着するのだ?」


 男は襟を正し、九郎に向けて平伏。まずは自分は伊勢三郎だと名乗った。


「それがし、実は誤って叔母上の夫を殺めてしまったのです。些細な夫婦喧嘩だったのを早合点してしまって。叔母上は亡き母に代りそれがしを育ててくれた御方だったので、何とかして助けようと……」


 そんな叔母が三郎にかけた言葉は「もうそなたの顔なぞ見とうない」であった。

 弁明の言葉も見つからず、三郎は叔母の屋敷を出る事にした。そんな三郎に叔母は言った。「私の夫の分まで生きよ。何かを成すまで死ぬでない」と。


「なるほど、お前がどんな者かある程度わかった。お前も平泉に連れて行ってやる。だがその前に、一つやって貰わねばならん事がある。これはこの家の者との約束であるからな」



 ◇



 翌朝、村の大通りのど真ん中で、三郎は縄で縛られて放置された。

横には立て看板が立てられ、文字が書かれている。


『この者に恨みありし者は石を投げてそれを晴らせ。ただし殺す事はまかりならん 源朝臣九郎義経』


 お(あつら)え向きな事に小さな石まで用意されている。

 それを見た女子たちや宿の主人は、三郎に石を投げつけに投げつけた。

 だが三郎は静かに目を閉じて、何も言わずじっと耐え続けた。


 どんどん痣だらけになっていく三郎に、徐々に村の者たちは罪悪感のようなものを抱き始めた。一人、また一人と三郎の前から去って行く。


 通りに一人残された三郎は、青空をじっと見上げていた。その目からは一筋の涙が零れている。


「どうだ、三郎。村の者たちは許してはくれたか?」


「先ほど村の者が、痛かろうからと打ち身の薬を持って来てくれました。人の心というは、かように温かいものなのですね」


 ぼろぼろと涙をこぼす三郎に、弁慶が打ち身の軟膏を塗ってやった。



 こうして、九郎、弁慶の旅仲間に三郎が加わった。


「弁慶。三郎。そなたたちは形の上では郎党だ。だがそれがしにとっては大切な友でもある。きっとこの先、平泉では色々な事があると思う。二人には友として喜びも苦しみも分かち合ってもらいたい」


 倉賀野を出立する時に九郎は二人に向かってそう言った。


 『友として喜びも苦しみも分かち合って欲しい』

 この言葉は余程二人にとって心に染み入るものがあったらしく、その後二人は常に九郎の左右に侍り続けた。九郎には他にも幾人もの郎党ができるのだが、最初の郎党であるこの弁慶と三郎の二人だけは、明らかに特別であった。主従ではなく、腹心でもなく、まさに気心の知れた友という仲。


 そして、この出会いから十五年後、三人の友は仲良く衣川で散った。

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