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第4話 きれいなものは遠くから見るのがよき

 白ネコの化けている男と腹の大きな女が夫婦ではないことを知るまで時間はかからなかった。

 詳しい事情はわからず白ネコもそこまで知る必要はないと判断してか、さぐろうとすらしなかった。

 腹の大きな女の娘であろう、小さな女の子はリンという名前だった。

「リン」

 と男に化けた白ネコが名前を呼ぶたびに、小さな女の子は転げまわった。畳だろうと地面だろうと、まるでおかまいなく。

 なので白ネコは外では小さな女の子の名前を呼ぶことはひかえていた。

「アキトはわたしのお父さんじゃないの?」

「だと思う。おれも詳しいことは知らないんだ」

「わたしのお父さんじゃないのに、どうして肩車や遊んだりしてくれるの?」

「女には優しくするのがポリシーだからだ」

「アキトがお父さんだったらよかったのに」

 白ネコはリンに対して、どんな返事をすればよいのかわからなかったようでなにも言えなかった。




「知っていました」

 白ネコの告白に対し、畳の上で布団をかぶり横になっている腹の大きかった女が笑う。

「だって、あなたのほうが本物のアキトさんよりもイケメンでしたから」

 かっこよく化けすぎてしまいましたね、アヤカシさんと腹の大きかった女が言葉を続ける。

 あぐらをかき……アキトに化けたままの白ネコはだまっていた。

 腹の大きかった女が顔を動かし、障子ガラス越しに満月を見上げる。ちらちらと雪が降ってきた。

「あの子は、アイは元気ですか」

「隣の部屋でリンと一緒に眠っているよ。あのボンは将来いい男になるだろうな」

「あなたと同じぐらい?」

「嘘だと思うのなら、それまで長生きをしてやれ」

「アヤカシさんは意地悪なことを言いますね」

 会話が途切れ、しんとすると満月を見上げていた腹の大きかった女がアキトに化けたままの白ネコのほうに顔を向ける。


「アヤカシさん、頼まれてくれませんか」

「どうしておれに頼むんだ」

「アヤカシさんが優しい目をしているからでは……それにわざわざわたしのためにアキトさんに化けてくれていましたし」

「きまぐれだ」

「素直じゃありませんね」

 お互いさまだろう、とでも言いたそうにアキトに化けたままの白ネコが鼻を鳴らす。

「本物のアキトのことは好きだったのか?」

 自分で質問をしておきながらアキトに化けたままの白ネコは戸惑っている様子。

「ヤキモチでしょうか」

 腹の大きかった女が笑った。

「からかうな、単純なこうしんだ。本物のアキトとは夫婦ではなかったのであろう」

「最近の言葉で表現すると同じシェアハウスの住人という感じですかね」

「しぇあはうす、なんだそれは」

「シェアハウスですよ。アヤカシさんたちにとってのイソギンチャクみたいなものかと」


 利害の一致による共存をするための施設だな……というアキトに化けたままの白ネコの返事に対して腹の大きかった女が小さくうなずく。

「こちらから本物のアキトさんに提供できたものは少なかったですけど」

 アキトに化けたままの白ネコはだまっている。

「そんなことはないと優しくなぐさめてくれないんですね、アヤカシさんは」

「本物のアキトではないからな。本音がどうだったかまではわからん」

「アヤカシさんはどうでしたか?」

「食事はいけていたな」

「いけてましたか。ほかには」

「なかなか図太いやつだな」

 とは言いながらもアキトに化けたままの白ネコは腹の大きかった女との共存で感じたことをうそいつわりなく素直に伝えていった。

「ほかには?」

「もう充分だろう」

「いいえ……ぜんぜん足りませんよ。もっとわたしが生きていた証を教えてください」


 まだまだこれから生きられるだろうというアキトに化けたままの白ネコの言葉を否定するように腹の大きかった女が首を横に動かす。

「リンやボンが悲しむぞ」

「アヤカシさんは悲しんでくれないんですか?」

「人間のものさしではかれるほどにやわな生きかたをしてきてないからな」

「残念。明日にはわたしのことなんて忘れて」

「いい女のことは嫌でも……いつまでも覚えているものだ」

 腹の大きかった女がきょとんとする。

 アキトに化けたままの白ネコの表情に一切の変化はなかった。

「今からでもほれてくれていいんですけどね」

「お互いに名前も知らないのにほれるもなにもないだろうが」

「わたしはいい女なのに?」

「いい女は夜空の月のように遠くから眺めて楽しむのが一番なんだよ。男の欲望を見られる心配もないしな」

「下心はあったんですね、アヤカシさんにも」


 その一言を聞いてかアキトに化けたままの白ネコが嫌そうな顔をしていた。

「今日はころころと表情を変えてくれますね」

「たじろがせている本人に言われてもな」

「たまにはいいじゃないですか……アヤカシさんもいい女と会話をするのは楽しいんでしょう?」

 アキトに化けたままの白ネコは否定しない。

 腹の大きかった女が布団をめくって、ゆっくりと上半身を起こす。

「起きても平気なのか」

「もうすぐなんですから、どうせならアヤカシさんと夜の散歩でもさせてもらおうかと思って」

 エスコートをしてもらえますか? と小さな手をのばした腹の大きかった女が首を少しだけ傾ける。

「いい女とのデートを断る男はいないだろう」

 腹の大きかった女が自分の名前を口にした。彼女のとつぜんの行動が理解できないからか、アキトに化けたままの白ネコが不思議そうにした。

「わたしの名前です。呼んでくれませんか」

 白ネコは腹の大きかった女の名前を呼ぶ。

「アヤカシさんの名前は?」

「おれは」




「起こしてしまったようですね。アイぼっちゃん」

 自分がお姫さま抱っこをされていることに気づき慌てたアイを見てか寝室へ向かおうと廊下を歩いていたカンナがにやつく。

「ぼっちゃんが暴れると腕が痛くなるのですが」

 というカンナの一言でアイは動きをとめた。

「ご、ごめんなさい」

「冗談ですよ。アイぼっちゃんはまだまだ軽いのでどれだけ暴れたとしても、わたしの両腕は痛くなりませんのでご心配なく」

 ですが、アイぼっちゃんが怪我けがをされるといけませんからそのままじっとしていてもらえると助かりますね……カンナのささやきにアイがうなずく。

「白ネコは?」

「さあ……すみの部屋にはいませんでしたよ。満月がきれいですし、夜の散歩にでも出かけたのかもしれません」

「アワムの花でもさがしにいったのかな」

 さっきまで夢の中で見ていた、実際にあったのであろう白ネコの過去を思い出しながらアイは言う。

「カンナさんはアワムの花のことを知ってますか」

「ようやく聞いてくれましたか」

 アイには聞こえない音量でカンナがつぶやく。


「知っていますよ、有名なアヤカシの花ですから。記憶の花とも呼ばれておりますね」

「記憶の花?」

「はい。とても記憶力のよい花で、人間のつくった機械による記憶媒体のない時代では映像を保存するのに重宝していたとか」

「なんだか眠くなってきました」

「アイぼっちゃんにはまだむずかしい話でしたね」

 おわびに添い寝をさせてもらいましょうか? とカンナに言われ、アイは激しく首を横に振る。

 寝室に到着をする直前。

「今日はまだ眠りたくありません」

 と口にするアイに驚いたようでカンナが目を丸くした。

「お昼寝のせいで眠れないんでしょうか?」

「それもあると思いますが……なんというか気持ちがそわそわとしていて誰かと一緒に夜更かししたい気分というか」

「わたしと夜のデートがしたいということですね」

「違うと思いますよ」

 きっぱりとアイが否定をする。

「では、このまま夜の散歩に出かけましょうか」

 なんだったらちでもわたしはいいですよ、というカンナの冗談に。

「笑えませんよ」

 アイはまんざらでもなさそうに返事をしていた。




 本来なら眠っている時間帯のアイにとって、きらびやかな夜の世界は刺激そのものだった。

 見たことのない店や生きもの、食べもののわくてきなにおいにアイはのどを鳴らす。

 昼間からなにも食べてなかったことを思い出したからかアイの腹の音が大きく響く。

「アイぼっちゃんは夕食がまだでしたね。せっかくですし、なにか美味おいしいものを食べましょうか」

「本当!」

 と叫びながらアイが自分の後ろをゆっくり歩いていたカンナのほうを振り向いた。興奮のせいか目を赤くしている彼の普段とは違う反応に黒髪の彼女はおどろいているようだった。

「アイぼっちゃんに嘘はつきませんよ」

「なにか……オススメの食べものはありますか」

 我に返ったようでアイがはずかしそうにしながらカンナに聞いている。

「わたしの知り合いがやっている店でよければ案内させてもらいますが。大抵の料理はつくってくれるのでアイぼっちゃんの要望も叶えられるかと」

「夕食がまだだからであって」

「はしゃいだっていいと思いますよ。わたしもアイぼっちゃんとのデートで今にもレゲエをおどりたい気分ですし」

「サンバとかではないんですね」


 アイぼっちゃんはどんな音楽が好きなんですか、と黒髪の彼のつっこみを半ば無視してカンナが質問をした。

 カンナがアイの右手をひっぱり、知り合いの店があるのであろう方向へと歩き出す。

「落ち着いた曲調のものが好みだと思います」

「バラード系? と呼ばれるものでしょうか」

「細かいことはわかりません……たまに頭の中から聞こえてくるメロディがそんな感じなので」

 あと手をつながなくても、どこかにいったりしませんよ。とアイが唇をとがらせたがカンナはさらに力強く握りしめる。

「わたしがアイぼっちゃんのやわらかな手を握っていたいのです。我慢をしてくれませんか」

 やんわりとした口調だったが、絶対にこのやわらかな手をはなすつもりはないというカンナの意思が伝わってきたからかアイは抵抗するのをやめたが。

「ぼくもカンナさんとできるだけ手をつないでおきたかったので、ちょうどよかったです」

 というアイの言葉を聞いたからかカンナの動きがとまる。

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