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第1話 ペンフレンドで許嫁のメイドは膝枕もしてくれる

 セミの声が聞こえているがせんぷうもないのに和室は冷ややかでごしやすいところだった。

 ペンフレンドであるエマという女性が、スマートフォンなどの機械類の操作が苦手なのをアイは届けられた手紙で今日はじめて知る。

 一回も顔を合わせたことのないいいなずけである彼女とこれから手紙でやりとりをする理由に納得してかカジュアルそうな和服を着た黒髪の彼が小さくうなずく。

 アイが目の前の木製の長方形のテーブルの上に、読み終えたエマからの手紙を置いた。

 許嫁である彼女の手紙の返事を考えているようで黒髪の彼がやわらかな座椅子ざいすにもたれかかる。

 池もないのに空中を泳ぐ魚が数匹すうひきいた……アイがじっと見つめている。

 ほっそりとした白い毛並みのネコが魚をつかまえようととびはねる。なん回も繰り返すが全て空振りとなってしまい諦めたのか、さみしそうに白ネコが鳴く。

 和室から出ていく白ネコを追いかけるようにアイが目を動かす。その視線の先に庭のだんにジョーロを傾ける、セミロングの黒髪をバレッタでまとめた女性の姿があった。


 見覚えはなかったがメイドの一人だろうとアイはそれ以上ふかくは考えなかった。

 アイの視線に気づいてか……ハイカラな長襦袢ながじゅばん藍色あいいろはかま、白いエプロンを身につけた黒髪の女性が振り向く。彼女がにっこりと笑う、どことなく余裕のあるものだった。

「アイぼっちゃんでございますね」

 黒髪の女性の言葉に、座椅子にもたれかかるのをやめたアイがうなずく。

「今日からこちらで働かせてもらうことになった、カンナです。これからよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

 カンナと同じようにアイも頭を軽く下げる。

 空中を泳ぐ魚のとびはねる音だけがした。

「なにか、わたしにお手伝いできることはあったりしませんか?」

 アイがテーブルの上の手紙をちらりと見る。

「同年代の女の子から手紙をいただいたのですが。気の利いた返事ができそうにないのでカンナさんに助けてもらえるとありがたかったり」

「ガールフレンドからでしょうか」

「そんなところですね。まだ出会ったことはありませんが、おそらくはその女の子とぼくは結婚をするんだと思います」


 女の子ですか、ずいぶんとわいらしい呼びかたをしてくださるんですね……というカンナのつぶやきは聞こえなかったようでアイは反応しない。

 サンダルを脱いで、すり足で移動をするカンナが和室に入った。アイのそばで正座をした黒髪の彼女が目を合わせている。

 視線をそらそうとアイが首を傾けると、カンナも顔を動かしてついする。黒髪の彼が困っていることを理解してか黒髪の彼女がにやにや笑う。

「あの……できれば手紙の返事を書く手伝いをしてほしいのですが」

「もう少しアイぼっちゃんとのにらめっこを楽しみたかったのですが、しかたありませんね」

 正座を維持したままカンナが移動する。テーブルの上にあるエマからの手紙を黒髪の彼女が見た。

「こちらの手紙にはお相手の年齢など書かれてないのにどうして同年代だと思ったんですか?」

 返事に困っているということは、こちらの手紙がはじめてのはず……とカンナが続ける。


「言葉のチョイスが若そうだったので」

「筆で書かれているので、わたしはアイぼっちゃんよりも年上の印象を受けましたが」

「女性は若く見られるほうがよろこぶと聞いたこともありますし。間違っていても悪くはないかと」

「顔を見たことがない相手にもお優しいんですね」

「計算高いだけですよ」

「自分以外に気をつかうための計算なのですから、アイぼっちゃんが卑下ひげする必要もないかと」

 少なくとも、わたしが手紙のお相手である女の子でしたらとてもうれしく思いますよ……とカンナが言う。

「ありがとうございます」

 がちにアイが顔をそらす。

「おや、ほめられるのには慣れてないようですね」

「カンナさんほど若い女性と話すことはあまりないので」

「もったいない。可愛らしいアイぼっちゃんなら」

 カンナの唇の動きがとまる。面白いイタズラでも思いついたようで黒髪の彼女の目がきらりと光る。

「どうかしましたか?」

「お気になさらず。では、お手紙の返事をわたしと一緒に考えてみましょうか」




 カンナのアドバイスを参考に、アイは自分なりの言葉で文章をつづりエマへの手紙を完成させた。

「オクラのポストに投函とうかんしてきますね」

「おねがいします」

 相変わらず足音をさせず、すり足でカンナは和室を出ていった。

 アイが大きく息をはいて、畳の上に横になる。

「つかれた」

 ごろりと身体を回転し、アイが天井を見つめた。

 空中に浮かんでいる魚が口をぱくぱくと開いたり閉じたりを繰り返す。うとうとしてきたようでアイも重そうにまぶたを。

「眠いようでしたら膝枕をしましょうか」

 アイが起き上がって顔を左右に動かす。冷たい風が通りやすいようにか開け放たれた障子ガラスから覗くカンナの姿があった。

 黒髪の彼女は楽しそうに、にやついている。

「からかわないでください」

 むすっとした顔つきのアイと向かい合わせになるようにカンナが正座をした。


「ラブレターはきちんとオクラのポストに投函しましたのですぐにお相手に届くでしょう」

「ありがとうございます」

「膝枕はどうされますか」

 正座しているカンナが自分の太腿ふとももを軽く叩く。

「そのとてもよい目で、わたしの正体がわかるアイぼっちゃんなんですから……こわがることもないのではありませんか?」

「意外と食えませんね」

「アイぼっちゃんがいじめがいがあるだけですよ」

 アイがカンナの隣に移動し、やわらかそうな太腿にぎこちなく頭をのせようとする。

 白ネコの鳴き声が聞こえた。アイがびくつく。

 和室に入ってきた白ネコが正座しているカンナと奇妙な体勢のアイを見上げる。

「かつおぶしをさがしているだけなのでおれのことはお気になさらず」

 としゃべった白ネコが邪魔をしたなとでも伝えているかのように頭を上下に動かす。

「かつおぶしでしたら台所にありましたよ」

「ご親切に」

 カンナに返事をしてから白ネコは和室のふすまを開けずに通りすぎていく。室内が……しんとした。


「こちらの白ネコさんはしゃべれるんですね」

「知らなかったわりにはおどろいてないような」

「アイぼっちゃんとのスキンシップのほうがわたしをおどろかせているからでしょう」

 カンナの言葉に対して、どういうリアクションをすればよいのかわからなかったようでアイは返事もできなかった。

「わたしに膝枕をさせてくれないのですか?」

「えっと、失礼します」

 あらためてアイがゆるやかな動きでカンナの太腿の上に黒髪の彼は頭を置いて、寝転がる。

「意外と膝枕をさせられているほうがお相手を支配できるようで」

 自分の顔を見上げないように寝転がるアイの身体にカンナが触れる。緊張で筋肉がこわばっているのを感じ取ってか……黒髪の彼女が表情をやわらかくした。

 なにも言わないまま行われるカンナのマッサージのような手の動きに力が抜けてきてか、時間が経つごとにアイはまぶたを閉じそうになる。

 寝息が聞こえてきた。

 アイを起こさないように注意しながら身体全体を回転させ、天井に向けさせた黒髪の彼の顔をカンナが見下ろす。

 目覚めたときのアイのリアクションを想像してかカンナはにやついていた。




 和室を出て、廊下を歩いているカンナを見つけた白ネコが鳴く。

「かつおぶしは見つかりましたか?」

「おかげさまで……そちらは」

 立ちどまった白ネコが顔を洗っている。雨が降らないか心配なようでカンナがちらりと空を見た。

「アイぼっちゃんへのイタズラを楽しみすぎて怒られてしまったので、しばらく外で時間をつぶそうと思いまして」

 カンナの嘘っぽい言葉には興味がないのか白ネコはなにも言わない。

「女を知らないボンの代わりに玄関までエスコートさせてもらおう」

「ずいぶんと紳士的なネコさんですね」

 白ネコを追いかけるように、カンナが廊下を移動していく。黒髪の彼女が庭のほうに目を動かす。

「ここは居心地がよさそうですね」

風来坊ふうらいぼうのおれでさえ十年ぐらい暮らしている心地よい居場所だからな……不満があるとすれば空中を泳ぐ魚を食べられないことぐらいか」

「あまり美味しくはないですよ」

「その苦味やまずさがほしいんだ……最近の食事はどれもこれも幸福さしか教えてくれない」

 風来坊の血がさわいでしかたがない、と白ネコが鼻を鳴らす。

「お年のわりにハングリー精神が強いようで」

「似たもの同士じゃないか。ぼっちゃんのペンフレンド、許嫁とやらはお嬢さんのことなんだろう?」


 カンナが自分の顔の前で、人差し指をまっすぐに立てる。

「ご内密に」

野暮やぼなことをするつもりはないさ。ボンにはお嬢さんのようなタイプが一番よさそうだし。そもそもちょくに我慢できるお嬢さんでもないだろう」

 少しの間カンナは返事をしなかった。

「お礼でもありませんが。白ネコさんさえよければ空中を泳ぐ魚をいつでもつかまえますよ」

 返事をせずに白ネコが歩くのをやめた。連動するように立ちどまったカンナを見上げる。

「ボンなら受け入れてくれると思うが」

 白ネコからの想像していなかった返事にカンナが戸惑っている様子。黒髪の彼女がかろうじて平静な表情をとりつくろう。

「わたしは困っているアイぼっちゃんを見ることが好きなだけですから」

「お年のわりにがんそうだな」

「白ネコさんよりはまだまだ若いですけどね」

 怒ったようにカンナが頬をふくらませた。

 玄関が見えてきてか、黒髪の彼女が白ネコを追い抜く。

「ありがとうございます。ここまででいいですよ」

 カンナに返事をするように白ネコが鳴き、どこかへと歩いていく。

 玄関の引き戸を閉めて、カンナは隠し持っていたアイからのラブレターを大事そうに抱きしめる。

 目をかがやかせて、アイからのラブレターを読みはじめた。

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