第六話:境遇
「くふふふふふふふふふふ、君、友達が欲しいのかい?」
フード付きのローブで全身を覆い、その口当たりしか見えていない女性が、ドラゴニュートの少女の前に立つ。顔すら見えていないのだが、その真っ赤な唇、ローブ越しにも膨らんでいることが分かる胸により、その存在は女性であると推測ができた。
「……別に、もういいよ……」
ドラゴニュートの少女は今、荒野の岩場に腰かけていた。
ローブを全身にまとった女性も、その横に座る。
「くふふふふふふ、君は、圧倒的な実力を有している。君が本気になれば、人間の集落など簡単に滅ぼせるくらいのね」
ローブの存在は、そう告げる。
「だから、人間から見て、君は恐いんだ。君は友達になりたいと思うのかもしれない。でも人間は、恐い者と友達にはなりたくないんだ。君に近付いてくる者なんて、君の力を利用したい者だけだろう。だから君は今、人間社会で友達を作れない」
「……あっそ……」
ドラゴニュートの少女は、ボソリと言葉を発する。
「……別に、もういいよ……、諦めたから……」
ドラゴニュートの少女は、悲しそうな眼をしている。
「くふふふふふふふふふ、諦めるのは、まだ早いよ。君と友達になってくれる存在が、いずれ現れる。だから、私を信じてくれないか? 君とその存在をきっと、巡り合わせてみせるから」
「……出会ったばかりでどんな人なのかも分からない、貴方を信じろって……?」
「くふふふふふ、そうだ」
ローブの女性は、自信満々にそう告げる。ドラゴニュートの少女は、うんともすんとも言わなかった。
「君には、このサイコロに入って欲しんだ。そしてこのサイコロの中で、しばし待ってくれ。きっと君の圧倒的な力を知ってなお、君と友達になろうとやってくる、馬鹿そうな人間が現れるから」
そのローブの存在は、そう告げた。
ドラゴニュートの少女は、言葉を発する。
「……別に、もう友達はいらないけど……、仲間のいないこの世界をうろちょろするのも飽きたし、それでいいよ……」
「くふふふふふふ、ありがとう」
そのローブの存在はそう告げ、虹色のサイコロをその少女にかざした。
そしてドラゴニュートの少女は、その場から消えた。ドラゴニュートの少女はそれからずっと、サイコロの中のこの部屋で、一人で暮らしていた。
不思議なことだがこの部屋では、衣食住は全て提供される。欲しいと望めば料理も飲み物も現れる。だから、命をつなぐことは容易である。
そして、今日までそこで暮らしていたという、ドラゴニュートの少女である。今彼女は成長し、少女というよりは女性という見た目になっている。
脳内にそんな境遇が流れ込んできて、俺は涙を流す。
「しんどかったんだな」
「……分かったような口を……利かないで……」
ドラゴニュートの女性は今、自らの境遇をのぞかれたのを察したのか、俺に対して敵意を向けている。
そのドラゴニュートの女性の手に、氷で形作られた剣が持たれている。そしてその女性は、立ち上がった。
「……もう、出て行ってよ……!!!!!」
ドラゴニュートの女性が立ちあがった瞬間、俺も立ち上がった。お尻が冷たすぎて、限界だったのだ。
ドラゴニュートの女性が、剣をぶんぶんと振る。
だが、ドラゴニュートの女性のその剣は、全くとして俺に当たらなかった。
(優しいねぇ)
俺は、そう思う。
ドラゴニュートの女性は俺を傷つけないように配慮して、剣を振っているのだ。
きっと俺を追い出すための、脅しなのだろう。
だが、その剣の軌道が、ずれた。
脅しのための剣が、俺の胴体に向かうのだ。このまま進めば、俺の胴体を横一文字に斬るだろう。
(やばい!!!!)
そう思ったのは、俺ではない。そんな言葉が聞こえてきそうなほど、ドラゴニュートの女性の目は、焦っているのだ。
俺は、ドラゴニュートの女性の手首をつかんで、その剣を止めた。
「気をつけな。きっと君は俺を傷つけたら、その罪悪感に耐えられない」
俺は静かに、そう告げた。そしてドラゴニュートの女性の剣は、止まった。
「……強いんだね……」
ドラゴニュートの女性は、そう告げた。俺は、グッドポーズを作る。
「このサイコロの中だけだけどね。このサイコロから出たら俺は、普通の人間に戻る」
このサイコロの主である俺は、サイコロの中であるこの場所では、無敵であるかのような実力を有しているらしい。だがその力をサイコロの外には持っていけないという、究極の内弁慶の力だ。
だから今なら、ドラゴニュートの女性を倒すことすらできる俺。だが俺は、ドラゴニュートの女性に背を向けた。
「まぁ、すまなかったな。せっかく一人で穏やかに暮らしてたのに、邪魔してしまった」
俺はその部屋から出るように、歩き出した。
歩きながら俺は少し考えて、言葉を発する。
「俺も幼い頃に、親を亡くしたんだ」