第四話:二人
吐く息白く、俺は歩く。
「来ないでって、言ってるでしょ!!!!!!」
俺に向かって投げかけられる、そんな声。
「ああ、来ないでって言われてるねぇ。聞こえてるよ」
俺は頷く。本当に良く聞こえている。とてもとても、良く聞こえているのだ。そりゃあもう、しっかりと聞こえてる。
「どうして来るの!!!!?」
俺の耳をつんざくような、その声。
「どうして来るの……か。救いたい女が、いるからだな」
俺はそう告げた後、ゆっくりと言葉を発する。
「二人な」
もちろんそのうちの一人は、シズクだ。きっと今もあのいかつい頭三人衆に、追われているだろう。立派(笑)な大人として、助けてやらねばならない。
そしてもう一人は、こいつだ。何が楽しいのか、体育座りで、そっぽを向いている。後ろからでもそいつの顔が暗く曇っているのが、分かる。
真っ青な長い髪は体育座りした状態では、床についている。そして、あまり膨らみのない胸と腰回りのみをビキニのような服で隠しているという姿の、そ奴。
(寒くないのかな?)
俺は寒いこの部屋にそんな恰好で存在しているそ奴を見て、そう思った。なかなかに破廉恥な服装であるその女性だが、下心よりもはるかに心配が勝った。
人間ではないらしい。その背中からは、銀の翼が伸びている。さらにその肩の付け根から指の先まで及び、足の付け根から足の先まで、銀色の鱗が覆っている。胴体とその顔のみ普通の人間のような状態のそ奴は、その顔だけを、俺の方に向けた。
青い瞳に、吸い込まれそうになる。青い瞳、真っ赤な唇、白い肌を有する、人間の年齢に換算すると二十歳にいかないくらいに見える、そ奴であった。
キュルンとした可愛らしい顔のそ奴は、真っ青な瞳で、俺を見る。
付近の温度が、急激に冷えていく。
「出て行ってって、言ってるでしょ!!!!!」
その女性の方からつららが勢いよく飛び、俺の方に向かった。
「まぁ、何かしらの能力は持ってるよねぇ」
俺は、笑う。
そして俺の身体を、そのつららが刺した。いや、刺さなかった。そのつららは、俺の身体に触れすらしなかった。
「無駄だぜ☆」
俺は、そう告げる。
「俺くらいのイケオジになると、君の目を見ただけで分かっちまうんだ。君が人につららを刺すような、悪い存在ではないってことがね」
俺はその女性の横で、体育座りした。
「どうしたんだい、嬢ちゃん? こんなところで一人、ふさぎこんじまって」
床も凍っており、その氷により俺の尻が冷える。正直、辛い。早くこの体勢を解除したい。だが俺はかっこよくその女性の横に座った手前、すぐに立ち上がることもできなかった。
「……あなたは、人間でしょ……?」
その女性が、静かにそう告げた。俺は首を、横に振る。
「いいや俺は、とてもかっこいい人間だ」
その女性は、言葉を発する。
「……人間は、嫌い……」
俺の、"とてもかっこいい"という渾身のギャグは、無視されたらしい。俺は、とてつもないダメージを受けた。
「何か、あったのか?」
俺は、そう問うた。
「……私は、人間と竜のハーフである、ドラゴニュート……。私は、人間と遊びたかった……。でも人間は……、強大な竜の力を持つ私を迫害し……、人間の集落から追い出したの……。だから私は、人間が嫌い……。貴方も……、出て行って……」
俺は、顔をしかめる。
そのドラゴニュートらしい女性の今までの境遇が、脳内に入り込んでくる。
俺には分かる。ここは虹色のサイコロの中で、このドラゴニュートの女性は、その住人だ。そして俺が、虹色のサイコロの主。だからこそ虹色のサイコロの能力で、住人であるドラゴニュートの女性の境遇が、俺の脳内に入りこんでくる。
遥か昔のことであろう。いたいけな少女、おそらくまだ子供くらいであろうそのドラゴニュートが、歩く。親は、いないらしい。
ドラゴンと人間が成婚の契りをすることで、卵として産まれるドラゴニュート。単体で存在している卵から産まれた5歳位に見えるその少女には産まれた瞬間より、親がいなかった。兄弟もいなかった。それでも氷を操るという生まれ持った力で魚やらを獲り、それを食すことで、命を繋ぐことはできた。
ドラゴニュートである少女には、生まれながらにある程度の知力があった。だからこそドラゴニュートの少女は、人間の集落に向かった。
生まれてからずっと一人であるドラゴニュートの少女は、友達が欲しかったのだ。
だがドラゴニュートの少女は向かった集落で、迫害を受けた。
「化け物だぁぁぁぁぁ、村に災いを巻き起こすぞぉぉぉ」
村の住人の一人が、そう叫んだ。そしてドラゴニュートの少女に向かって、石が投げられた。