プロローグ:サイコロにされました。
「さすがに、ふざけすぎた」
荒野の中で俺は、そう口にした。
俺は、二つのサイコロである。何を言ってるのか分からないと思う。心中お察しする。だが事実として俺は、二つのサイコロなのだ。サイコロに意思があると思うだろうか? あるんだな、これが。本来絶対ないと思うけどね。
だけど、なめないでいただきたい。俺は世にも珍しい、虹色に輝くサイコロなのだ。めっちゃ不便です、このサイコロの身体。
俺は、なぜサイコロになってしまったのかを考える。答えは、すぐでる。ふざけすぎたのだ。
俺はサイコロにさせられる前のシーンを、回想してみた。
人間社会のブラック企業で働く限界社畜の俺こと、神谷 祭は、持ち前の適当さでその日も、幸せに仕事をこなしていた。
いや、幸せには言い過ぎたな。普通程度の労力で、いや、それも良く言いすぎか。血反吐を吐きながらくらいの表現が合うかも知れない。
ボロボロのへとへとになりながら仕事を終え、帰る俺だ。
「あのくそ上司どもめ~、いつか俺の黄金の右手でアッパーくらわしてやるから、覚悟しとけよ?」
俺はそう言いながら、日付が変わるくらいの深夜を一人、歩いていた。真っ暗な夜道。怖い。だが、だんだん慣れてきたという実感もある。
その俺の前でとある老婆が車道を横切ろうとしているのが、目に入った。
「うぉい、ばぁさん、三途の川を渡りてぇのかい?」
俺は、目をかっぴらいた。普段ひょうひょうとしてる俺が目を開くなんて、めったにない。
我が物顔で車道を横切るばぁさんの方に、トラックが向かっているのだ。
「まじかよ」
俺は、柄にもなく焦った。
普段焦ることのない俺だが全力で走り、その婆さんにタックルした。
だが俺の身体は、その婆さんの身体をすり抜けた。
「なに?」
俺は、考える。何が起こった?
「すまんのう、兄ちゃん」
婆さんが道の真ん中で、申し訳なさそうな顔をした。
「わし、幽霊なんじゃ」
ほう、なら最高だ。車にひかれて亡くなるばあさんは、いないってことだな。だが、そのばあさんのせいで死にゆくアラサーおっさんこと俺がいる。てことは……
「ばばぁ、てめぇ、ここを通る人間を車道に引き込み、命を落とさせる悪霊かぁぁぁぁぁ」
俺は、歯をきしませる。
「いんや、わしただの浮遊霊。ただただ漂っておったら、いきなりお主が現れたんじゃ。霊感が強い者にしか見えぬわしの姿が、お主には見えてしまったのだなぁ」
なるほど、どうやら俺は、霊感が強いタイプの人間だったらしい。どうりで一人暮らしのぼろアパートの部屋の中に、美人のねぇちゃんがいるような気配がすると思ったぜ。
そんなことを思う俺は、トラックにはねられた。浮遊霊ばばぁのなんとも言えない申し訳なさそうな顔を、目の当たりにしながら。
そしてその後目を覚ました俺は、真っ白な部屋の中に立っていた。
目の前に、これまた真っ白なドレスを着た少女がいた。
「其方は、死んでしまったのじゃ」
その少女は大きな目、金髪のツインテール、真っ赤な唇をしており、とてつもない美少女というくくりに入れられるだろう。
俺は、顔をしかめる。俺には分かる。この少女はきっと、女神であろうことが。だからこそ俺は、自らに言い聞かせる。
(沈まれ!! 沈まるんだ!! 俺の中の悪魔よ!!!!)
「どうして、そんな苦しそうな顔をしてるのじゃ? ここは転生の間じゃ。其方は生前、善い行い? ……ぷぷぷ、善い行いなのかの? ぷぷぷぷぷぷ、死んでるばあさんを助けようとして、死んでしまった。その其方の一応善行をしたという心意気に免じて、其方を転生させてやることにしたのじゃ…ぷぷぷぷぷぷぷ」
女神は半笑いで、そう告げる。どうやら俺の死因に対して、笑っているらしい。
(頼む、しずまってくれ。出て来るな、俺の中の悪魔)
俺には、女神の言葉を気にしている余裕もなかった。女神は相変わらず半笑いで、告げる。
「ぷぷぷ、ばあさんは助ける必要がなかったわけだが、そのばあさんを助けようとしたという心意気を評して、ぷぷぷ、異世界で普通の人間あたりに転生させてやろう。普通の転生者として、良き人生を歩めるじゃろう……ぷぷぷぷぷ」
女神が、相変わらずニヤニヤしている。その女神の言葉は俺にとって、とても良い提案のように聞こえる。
だがその時、俺の中の悪魔が暴れてしまった。俺の口が、自然と開く。
「ちびっこ女神ちゃん、もうちょっと大人になりな。そんな姿でかっこいいことを言われても、全く威厳がないぜ♡?」
ひょうきん(馬鹿)の俺は、そう告げた。俺は、思う。
(なぜ俺は、こうなんだろう? 何故俺はいつも、こんなにも余計なことを言ってしまうのだろう?)
だがちびっこ女神は、笑っている。おや、もしかして、怒ってないのかな?
ちびっこ女神は顔を般若のように変え、言葉を発する。
「貴様の転生先は、サイコロじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
ちびっこ女神は、手からビームを出した。「むむ、怒りで力の加減が……」などという、不穏な言葉を発しながら。
そして俺は、サイコロに転生させられたのだった。