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新しい日常

七話目エピローグ



 

 引っ越して少し広くなったワンルームの部屋。前の部屋はジョンに直させて新しい部屋を得た。余計なものは置かず、モデルルームと言っても納得されるであろう内装で、私は火遊びをしていた。

 目の前で激しい音を立てて燃え上がる炎を近くで眺めて居れば、体を背後に引っ張られた。大きな青白い手が腹部に回っていて、左手を掴む真っ白な肌があった。

 

 背後で始まる口論をBGMに外を見れば、ウネウネと動くヘドロが窓に張り付いた。べちょべちょと気持ち悪い音を響かせるヘドロを見つめて居れば、口論をしていた二つの声が同時に溜め息を吐き出した。

 するりと簡単に解放してくれたジョンと他物病刃改め――ヘクター。物騒な名前も真名も私が拒絶した結果、新しい名前を与えたが、本人はそこそこ気に入っているようだった。

 

「今回は汚物だし、ソラトが行けよ」

「フェニックス相手には諦めたけど、ヘクターには関係ねえだろ」

「汚いの僕無理」

「ワガママ言うな。お嬢が吐きそうだからはやく殺してこい」

 

 再度口論を始める二人だが、青ざめていく私の顔を見て仕方ないと窓に向かって歩き出した。

 謎のヘドロは窓にドロドロの液体を擦りつけていて、本気で吐きそうになった。潰れたり何とか生きていたりと様々だが、ドロドロは毛虫やら芋虫の類だ。道中たくさん張り付けてきたのだろう桜の花びらと混ざって、なかなかの拷問だ。

 

「あーあ。これは掃除が大変そうだな」

 

 ヘクターの言葉に掃除を想像してえずいた。両手を口に当てて深呼吸を繰り返すが吐き気が引っ込む気配はない。

 

「……あー、お嬢。掃除なら俺ちんが燃やすから、安心して?」

「へくたー、はやくどうにかして」

「俺ちんの声聞こえてないのお嬢」

「指名されたなら仕方ないか……。あとで血頂戴ね。――ミアちゃん」

 

 柔らかい笑顔を浮かべたヘクターが窓に近づいていけば、虫の塊であるヘドロが突然爆発した。ヘクターは爆破できない。びちゃびちゃと飛び散る虫も全て燃えて綺麗になっていくのを見ながら、頬を緩めた。

 

「ったく、少し目を離すと襲われてるよなあ」

 

 と、後ろから足音がして、振り返れば相手は太陽の様な眩しい笑顔を見せてくれた。

 

「望んではないけどね」

「望まれても俺らが困るわ。……おはよ、ヴィーナ」

「おはよう、炎備くん」

 

 ヘドロを焼き尽くした炎備くんと挨拶を交わせば、部屋にいたジョンとヘクターが騒がしくなった。そんな二人を無視して炎備くんにクッキーを差し出せば、喜んで食べ始めた。

 

 あの日、炎備くんは間違いなく死んだ。だが、雪と混ざり合った灰の中から蘇ったのだ。それを見て、二人がどうして何も感情を揺さぶられていなかったのか理解した。戸惑う私にヘクターは言った。

 

『フェニックスは不死鳥だ。火炎の死神はフェニックス以外適任はいないよ』

 

 死んだ炎備くんを火葬すれば、灰の中から蘇り、記憶を受け継いで新たなスタートを切る。死ねば死ぬほど力は強まり、残酷であればあるほど大きく力が伸びる。ヘクターにバラバラにされ、頭がひしゃげた彼は過去一力を得て、今では水分が多い相手でも簡単に燃やし尽くせるほどになった。それでもジョンとヘクターには足元にも及ばないと、彼は拗ねながら言っていた。

 

 

「炎備。僕もミアちゃんのクッキー食べたい」

「これは俺様のだからジョンに強請れよ」

「嫌だよ。コイツのはゲテモノの味しそうだし」

「ヘクター。謝って。俺ちん可哀想」

「あ、ヴィーナぁ。今度マカロンってやつ作って!」

 

 鶏冠の様なアホ毛をみょんみょんと揺らしながら、甘えてすり寄ってくる炎備くんに小さく頷けば、彼は礼を言いながら私を抱き込んできた。彼の膝に座りながら、目の前で怒りを隠そうともしない二人を見つめる。

 文句は言っているが私に危害を加えたくないと手を出さない彼らは、私の後ろにいる炎備くんを般若の形相で睨みつけている。それに見向きもしない炎備くんだが、私を解放しないところを見るに、二人を揶揄いつつも少しやり過ぎたと怯えているのだろう。

 止まらない言い合いを聞きながら、炎備くんのコーヒーを一口飲めば、甘ったるい砂糖の味がした。

 

 するりっ、と、足を何かが撫でて視線を向ければ、大きな狼がすり寄ってきた。彼の頭を撫でれば、嬉しそうに尻尾を振る。

 

「にゃんちゃーん。後ろの鱗拭いてくれるかしら?」

 

 と、少し離れた場所で女性が声を掛けてきて、

 

「ドナ。おかわり」

 

 と、落ち着いた男性の声が続いた。


 

 自由を許しているヘクターに騙されて、死神大集合事件が起こったのはもう一年前のことだ。ジョンと出会って三年。ヘクターを使役して二年。一年ごとに増やされて堪ったものじゃないが、流れに身を任せると意外と悪くない。

 集合事件の時、ヘクターは死神たちを跪かせ、胡散臭い笑顔を浮かべた。

 

『ミアちゃんが長生きできるように、下僕を増やそうよ』

 

 と、人権を感じさせない発言をしたヘクターと、名案だと乗っかったジョンと炎備くんのせいで、円滑に物事が進んでしまった。抵抗する間もなく使役された死神たちだが、おそらく逆らえなかったのは有無を言わせない死神トップのオーラをまとったヘクターのせいだろう。

 

 

 紅一点の氷水の死神。真名はウェパル。人魚の姿をして、美しい水色の髪を靡かせる彼女は”凛”と名付けた。いつもニコニコと楽しそうに笑っている彼女は、正直むさくるしいここでは癒しだ。おっとりとした口調に似合う緩い性格でありながら、一度死神としてのスイッチが入ったら誰よりも恐ろしいと、ジョン達にブチ切れた凜を見て学んだのは記憶に新しい。鱗のケアを何よりも大事にしている彼女は甘いものが好きで、中でも好きなのはプリンだ。

 

 狼の姿で初対面から全力で尻尾を振ってたのは大地の死神。真名はマルコシアス。シルバーのモフモフの毛で擦り寄ってくる可愛らしい彼は”銀”と名付けた。人間が大好きで、特に懐いてくれている彼との散歩が最近の楽しみだ。ただ、矛盾しているが、この中で一番人間に容赦がない。寿命だと知れば即座に風で切り裂く彼が好きな食べ物は案の定肉。種類は問わないが生肉一択で、少なくても一日に十キロは平らげる。そのせいか、未来くんがおかずになるケーキを作って肉を仕入れてくれている。

 

 肌が黒く、耳が伸びているダークエルフの様な高貴な雰囲気を持つ彼は疾風の死神。真名はリクス・テトラクス。いつまでも全身で嫌いと告げてくるような彼は”アーサー”と名付けた。関わっていけば嫌われているように見えるだけで、本当は心を開いてくれていると分かり、今では二人で喫茶店巡りをするほど仲良しになっている。読書が好きで、私には解読不可能な本が中でも好きだ。コーヒーを中心に食事が決まっていて、今はラズベリースコーンがお気に入りだ。

 

 六人に増えたボディーガードのせいで食費は嵩む一方だったが、どう情報を仕入れたのか未来くんが食品を誰かに持たせてくれる。雑貨に関してははじめくんが誰かに持たせる。お金を払おうとしたが、未来くんは相変わらず受け取らないし、はじめくんは経費だからいらないの一点張りだ。私の生活は人ならざる者たちに支えられているのだと、嫌でも理解してしまった。毎日未来くんとはじめくんの家の方角に手を合わせるのが日課になってしまった。

 

 一度に三つのエッグイースターを持たせてくれる未来くんは『今の俺の仕事なんだから、遠慮しなくていいよ』と笑ってくれる。正直胃が痛む日しかない。

 一週間に一冊新作を渡してくるはじめくんは『推し活って捗るね』と過去最高に筆が乗っているらしいが、合鍵を渡してくるのだけは絶対に阻止している。

 

 ベッタリなボディーガードが六人に増えたこともあって、襲われる数も減るかと思っていたが、実際は真逆だった。死神に喧嘩を売る人ならざる者なんていないと思っていたが、彼らと過ごして一週間ほどで天使と呼ばれる存在が押し寄せてくるようになった。もちろん、ただの人ならざる者も集ってくる。

 天使の参戦に自分の人生を呪ったが、彼らとの生活はとても賑やかで、幸せに思えていた。

 

「やだもん! 俺のお嬢だもん!」

 

 と、泣き叫ぶジョンは昔よりも作られた表情がなくなった。ヘクターにストーカー行為をバラされてから体全体で愛情を伝えてきて、結構鬱陶しいときもあるが、拒絶はしない。

 

「ミアちゃーん。いい加減にしないと、馬鹿がうつっちゃうよー?」

 

 と、青筋を浮かべながら笑いかけてくるヘクターは、この中で一番現実味のない男だ。二次元から出てきたのかと感じるほど整った見た目と出来た性格で、度々私を振り回してくる。もちろん、それは嫌でじゃない。

 

「ヴィーナ。このフレンチトーストってやつは?」

 

 と、未来くんから貰ってきたのだろうメモをペラペラとめくりながらリクエストをしてくる炎備くんは、相変わらず食欲旺盛だ。失敗したものでも美味しいと無邪気に笑って食べてくれる彼に、何度泣き崩れたか分からない。最近は私を膝に乗せて過ごすのが好きみたいで、密かにダイエットを決意した。

 

「……? ルナ?」

 

 と、撫でていた手を止めたことに顔を上げてきた銀は、この中で一番優しい。私の意志を尊重することにおいて、彼の右に出る者はいないだろう。ジョン達が頭を抱えるようなお願いでも、彼は『分かった』の一言で従ってくれる。本当に感謝しかない。

 

「にゃんちゃん。また、取れた鱗、受け取ってくれるかしら?」

 

 と、宝石より価値のある鱗を平然と差し出してくる凜は、この中で誰よりも人間との遊び方を熟知している。海に行けば深海散歩に連れて行ってくれるし、お風呂ではお湯で造った魚を泳がせて楽しませてくれる。細かい操作の練習になるからと笑った彼女は、本当に優しい女性だと思う。

 

「ドナ。コーヒーないのか?」

 

 と、読書の手を止めて眉を寄せたアーサーは、意外にも、この中で一番私を気遣ってくれる。外に出れば車道側を歩くし、荷物は全部持ってくれるし、何より買い物に行こうとすればすぐに気づいて付いて来てくれる。話したいときは黙って聞いてくれ、悩んでるときは年の功でアドバイス。彼に助けられない日はないと断言できるほど、彼は気遣いの人だった。



 

 本名を忘れてしまうほど、彼らは名前を呼んでくれないが、彼らの呼ぶ名前が私の名前になっていた。これは彼らと同じなのだろう。

 お互いが呼び方に何かしらの反応をした以上、何か意味があって付けられたのだと思っている。

 

「え、なに? お嬢めっちゃ顔緩んでる可愛いむり丸呑みしたい。でも俺の腕でそうなってよ! お嬢の馬鹿ぁ!」

 

 お嬢と愛おしそうに呼ぶジョン。

 

「ソラト。ミアをそんな気色悪い目で見るな」

 

 ミアと我が物顔で呼ぶヘクター。

 

「あ、これヴィーナが前作ってくれたやつだよな?」

 

 アルヴィナ、改めヴィーナと眩しそうに呼ぶ炎備くん。

 

「ルナ。幸せそう」

 

 ルナと優しく、崇めるように呼ぶ銀。

 

「あ、にゃんちゃん! 前回の鱗、落札されたみたいよー」

 

 にゃんと愛でる様に呼ぶ凜。

 

「ドナ。お前の茶葉がないが、買いに行くか?」

 

 ドナと当然の様に呼ぶアーサー。



 彼らの想いは彼らだけで共有されていて、当事者の私は一切それを把握できていない。きっとこの先も真意を知ることはない。

 それでも、今だからこそ言えることがある。


 彼らと出会えて、彼らと過ごせて、私、”落合(おちあい)美喜(みき)”は――幸せだ。




 

 終


Nola、カクヨムにて多重投稿してます

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