あの日の続き
続編の投稿が遅れてしまい、申し訳なく思います。
おかしな点があるかと思いますが、どうぞ温かい目で読んでください。
花火大会の日まで、毎日楓のもとに通った。
楓は、実は誤診だったんじゃないかと期待してしまうほどに元気で、残り一年もないだなんて思えなかった。
蝉がけたたましく鳴き、蒸されているような暑さが嫌になる真夏日が続く毎日でも、楓のところへ行った。
やがてお盆の時期になり、ついに花火大会当日になる。
夕方から開催されるため、午前は課題の消費と、暇潰しのために棚の整理をしていた。
昔のプリントとかもあって、いらないものといるものを分別すると、棚はすっかり綺麗になった。
あとはいらないものをさらに仕分けして、捨てるものを選ぶ作業に入ろうとすると、一冊のノートを見つけた。
それは随分昔の、小学校低学年の頃に僕が持っていた自由帳。
表紙には大きく「三人の自由ちょう」と書かれていて、名前の欄には柏森蒼、大野楓、木谷隼斗と、ガタガタな漢字で一生懸命書いた三人の名前がある。
変な絵とか色々書いてあるのかなと気になり、パラパラとページをめくる。
どのページにも三人で書いた絵や、三人の漢字で書いた名前、漫画のキャラの模写があったが、二ページほど違うことが書かれていた。
1、2、3と番号があり、その番号の隣にはそれぞれ「三人で水族館に行く」とか「三人でお泊まり会をする」という短文が書かれている。
上のほうを見ると、大きくて幼稚な文字で、「やりたいことリスト100」とあった。
そういえば、楓が言い出しっぺでこんなもの作ったなぁと思い出に浸る。
×が書いてあるところはやり終えたということだろう。
あのときはただしたいことを書きまくっただけで、現実的じゃないものもたくさんある。
子どもらしい夢見がちなことがたくさんあるなと、懐かしさが匂った。
そのとき思い付いた。
楓にやり残したことがないように、このリストを活用していけばいいんじゃないかと。
遠出は難しいかもしれないけど、近場でできること且つ今の楓と一緒でも難しくないことをしたらいい。
そう思った僕は、早速花火大会に持っていくことにした。
「兄ちゃん、陽花ちゃんまだかなぁ?」
花火大会には颯馬と一緒に行き、隼斗と楓と陽花と合流したあと、颯馬は陽花の二人で、僕は隼斗と楓の三人で花火大会を楽しむということになった。
「女の子は出掛ける支度を超絶丁寧にする生き物だから、まだまだかかるんじゃないかな~」
そう言うと、颯馬は陽花ちゃんがもっと可愛くなると喜んでいる。
いい子に育ってくれて嬉しい。
そのとき、会場の入り口方向から見慣れた人物が歩いてきた。
「よっ、蒼。相変わらず時間厳守だな」
隼斗は今日は手伝いで遅れそうだと言っていたが、意外に早く終わったそうだ。
「僕はちゃんと○分前着席とかいうのを守る主義だからね」
隼斗は、へぇーと感心があるのかないのか分からない反応を示し、目線は僕の下、颯馬のほうへ移る。
「お、颯馬くん、随分大きくなったなぁ~!花火大会、陽花ちゃんと二人で回るんだって?」
隼斗のハイテンションにも颯馬は着いていく。
「うん!陽花ちゃんと楓ちゃん、浴衣着てくるって言ってたからすっごく楽しみ!」
颯馬が隼斗へ伝えたのは、思わず聞き入ってしまう情報だった。
そういえば、楓のおばあちゃんは着付け教室の先生なんだっけ。
自分の口数が増えたことを気にせず談笑し続けること数十分。
もうすぐ花火大会が開催される時刻になるからか、人がどんどん集まってきた。
そのとき、颯馬は喉が渇いたらしく、隼斗と一緒に自販機へ行くことになった。
まるでぼっちで花火大会が開催されるのを待っているような絵面になってしまったと思うと、人混みの中に、つい見入ってしまいそうになるほど綺麗で、枠に走らない、けれど少し目立つ、黄色の浴衣を着ている楓がいた。
浴衣にはみかんのような柑橘系の花柄が入っている。
髪は楓らしくぴったりと整えられ、紫陽花がモチーフの夏らしい簪を通していて、浴衣はキリッとした字幕が出てきそうなほど丁寧に着付けがされ、顔はメイクをしたのか、いつもよりもさらに表情が明るく見える。
「こんばんは~。蒼、来るのちょっと早すぎない?」
「楓も随分早いよ。まだお祭り始まってないし」
「ふーん、ならいっか!隼斗と颯馬くんは?」
「喉渇いたから隼斗と一緒に自販機行ってるよ。そういう楓は陽花と一緒じゃないの?」
「忘れ物しちゃったとか言って一回家に戻っていっちゃったんだよね。多分もうすぐで…」
そう言いかけたところで、楓の後ろから楓とよく似た元気な声がする。
その声の持ち主は僕の名前を大きな声で呼んだ。
「あっ、蒼くん!こんばんは~!」
こんばんはと返すと、今度は陽花が来た方向とは別方向からハイテンションな声がした。
「陽花ちゃん、こんばんは!浴衣すっごくかわいいね!俺好き!」
小学生というのは恥ずかしげもなくああいうことを言えるから、ちょっと羨ましい。
「お、楓と陽花、もう来てたのか」
颯馬のあとを追うように、小走りで隼斗がやってきた。
「うん!二人とも時間厳守主義すぎない?」
「長ぇ造語だな…」
談笑すると時間はあっという間に過ぎ、花火大会が開催される時刻になった。
今回は颯馬と陽花二人で僕たちとは別行動をするから、まずはよく注意することから始まった。
「二人とも、お金は計画的に使うように。あと変な人には着いていかない、ゴミはポイ捨てしない、他の人のことを考えて行動するように」
「何かあったら陽花に渡した子ども用携帯で連絡してね。ここは山が近いからあんまり奥まで入らないように。蒼も言ってくれたけど、変な人には着いていかないように。分かった人~」
「はーい!」
仲がよろしいことで、二人揃って元気な返事を返した。
それからは別行動を取り、それぞれで花火大会を楽しむことにした。
お祭り定番の屋台が所狭しと並んでいて、弟にお金を計画的に使うようにと言っておいて無計画に使ってしまう未来が見えるほど、花火大会というものは僕の中で夏一番の楽しみな行事だ。
「隼斗見てよ!金魚すくい!一回百円って、去年より優しくない!?」
「うおーしかも出目金じゃん!でも俺ん家、去年取ったやつまだ飼ってるからな~」
…夏一番の楽しみな行事とは言ったものの、あくまで僕の中で、という意味だ。
あの二人ほど楽しめる気がしない、というか、初っ端からあんなテンションだったら相当疲れる。
僕は昔から二人に振り回されてきた側だったなぁと思う。
すると、楓と隼斗が僕を呼ぶ。
「蒼、あっちにたこ焼き屋さんあるから早く行こうぜ!」
「早く来ないと蒼の分あげないよ~!」
あぁ、懐かしい。
ずーっとこうやって、楓が一番前にいて、隼斗は僕の手を引いて楓を追って、僕はそんな二人に振り回されて。
きっとそれがいくつになっても続くんだって思ってた。
ずっと、この三人でいられると思ってた。
「…たこ焼きはちゃんと三人分で分けてよ~」
現実には絶対なんてないらしい。
三十分も経っていないようで意外と時間は過ぎていて、開催時刻から二時間以上が経過していた。
そろそろ花火が上がる時間になるため、立ち入り禁止になってしまったけど花火がよく見える川原付近にあるコンクリートの上に座る。
そのとき、楓が持っている携帯が鳴る。
「あれ?陽花からだ…。はーい、もしもし、どうしたの?……うん、うん、そっか。じゃあ隼斗に行ってもらうね。…大丈夫、隼斗って意外と手先器用だからさ!」
僕は隼斗と一緒になって疑問を顔に貼っつけたような反応を示すと、楓が持っている櫛を隼斗に渡して
「隼斗、陽花の髪型がちょっと崩れちゃったらしくてさ。隼斗こういうの得意だから直しにいってあげてくれない?今は私たちが行ったわたあめ屋さんの近くにいるんだって!」
隼斗は困惑を見せることなく、慣れたように櫛を受け取ってわたあめ屋さんの方向に走っていった。
昔からこういうことはよくあったのだろうか。
あと五分ほどで花火が上がってしまうから、隼斗とは一緒に見られないのかな。
そう思っていると、楓が畏まったように背中を伸ばして姿勢を正し、少し肩に力を入れ、口を開く。
「ねぇ、蒼」
声のトーンが酷く落ち着いていて、一瞬余命のことが頭をよぎった。
なに?と聞き返すと、弱々しくて、でも優しい笑顔を見せながら
「私のこと、まだ好き?」
予想もしていなかった質問に心臓がドキッと鳴る。
「えっ…まぁ……好き、だけど…」
歯切れが悪くなってしまうほどにもじもじしてしまい、少しだけ自己反省会が行われた。
楓は先程の真剣な態度とは打って代わり、可笑しなものを見たように笑い転げた。
少ししてふぅと落ち着くように息を吐き、楓が少し気が緩んだような笑顔で話し出す。
「中学生の頃さ、蒼が私に告白してくれたでしょ?あれ、今の今まで保留にしちゃってたんだけど…」
楓にしては珍しく順序があやふやな話し方で、僕は真剣に耳を傾ける。
「ごめん。今から言うのは本当に自分勝手だし、自己中だし、蒼にも気持ちの負担が掛かるって思うんだ…。けど、我儘言いたいの」
楓は小さく深呼吸をして、僕の手に触れてくる。
僕は思わず手を引っ込めてしまったが、雰囲気に飲まれて楓の小さな手の上に、包むように被せる。
楓の少し高めの体温がじんわりと手のひらに伝わる。
「あのときの続きを…させてください」
体がじわっという感覚で満たされた。
徐々に耳が熱くなっていくのが分かる。
あのときの続き、というのは告白の返事をしてくれるということだろうか。
嬉しい。
それは譲れない感情だ。
けれど、これ以上楓との別れを悲しくさせないでくれという気持ちを抑えきれなくなりそうになる。
「…うん」
楓の目をなるべく真っ直ぐ見ながら言葉を待っていると、誰かが走ってくる音が段々大きく聞こえてきた。
楓もそれに気づいたようで、パッと手を引っ込める。
「あ、は、隼斗!陽花どうだった?」
どうやら走ってきたのは隼斗だったらしい。
「ちゃんと髪直せたよ。多分あの髪型は楓のおばあちゃんがやってくれたんだろ?一人だと直すの結構大変そうな髪型だったよ」
渡された櫛を楓へ返すと、っていうか、と隼斗が続けて言う。
「二人ともどうしたんだ?なんか顔赤くね?」
その問いに、楓が先に口を開いた。
「え!?あ、な、なんかね!えっとえっと、さっきそこに猫がいて!可愛いね〜って!えっとそれで、それで…隼斗は何の種類の猫が好き!?」
もうちょっとマシな言い訳できないのかとツッコんでしまいそうになる。
隼斗は少し困惑しながら答える。
「え?あー…猫はあんま知らんけど、三毛猫とか…?」
うん、そりゃそんな反応になるよ…。
なんでもない、ただのお喋り。
その嬉しさを味わっていると、ぴゅーっ…という音が響いた。
次の瞬間、大きな音とともに、夜空に大きくて綺麗な花が一瞬で描かれた。
それから連続で花火が打ち上げられていき、隼斗も楓も、思わず黙ってその美しさに見惚れてしまった。
まるで星が次々に開花したようで、そう見えるのはきっと、惹かれているからだろう。
笑顔が輝いていて、前向きで、人のことを思いやれて、どんなことでも諦めず一生懸命で、明るくて、優しくて、ちょっと抜けてて。
そんな素敵な人と見ているからだろう。
あぁ、ずーっとこのままでいいのに。
ずっとこのまま、居られたらいいのに。
花火大会は終わりを迎え、颯馬と陽花に合流した。
仲良く手を繋いで走ってきて、その姿が昔の僕らみたいで少し和んだような気分になる。
すると、楓はしゃがんで颯馬に目線を合わせ、いつものように弾んだ声で話しかける。
「颯馬くん、今日も陽花と一緒に遊んでくれてありがとね!」
楓がそう言うと、颯馬はもじもじしたような答え方をする。
「へ、あ、うん!陽花ちゃん、と…遊べて嬉しかった…!」
その答えに陽花もなんだかそわそわしている。
これは、と僕は察し、あとで颯馬からたっぷり話を聞こうと思った。
花火大会が終わり、会場から五人揃って帰宅する流れになり、それぞれ談笑しながら歩き始める。
「お姉ちゃん!宿題で分かんないところあるから、帰ったら教えて!」
「お、いいよ〜。お姉ちゃん、これでもそこの二人と比べてできるほうだからね〜」
「図画工作の授業では俺のほうが上だったろ!」
「え〜、まだ"何が"二人よりできるとは言ってないけどね。もしかして自覚済み?」
「話の流れ的に勉強だろ!蒼、なんか言い返せ…」
ただただ落ち着く雰囲気の中にぽつんと生まれた、夢のようなぼやけた気持ちが僕の視界を埋めるまで、気付かなかった。
泣いていたのに。
「え、ど、どうしたの?蒼、どっか痛いの?」
「どうした?怪我したのか?足挫いたとか…」
「兄ちゃん…?」
「蒼くん、怪我しちゃったの?あたし、絆創膏あげるよ?」
すぐに駆け寄ってくれた楓、怪我をしてしまったのかと心配する隼斗、心配そうな顔で僕の裾を握る颯馬、絆創膏をくれる陽花。
「ごめ、っ、違うよ…怪我してるわけじゃないよ」
そう言っても四人は心配してくれる。
本当に違うんだ。
嬉しいんだ、単純に。
ずっとこうやって当たり前の毎日が来ると思ってて、ずっと当たり前に三人で居られると思ってて、誰かが欠けるなんて思ったことなんかなくて。
だから、怖いんだ。
楓がいなくなってしまうことが本当に怖い。
その別れの恐怖がこの先にあることは分かっているからこそ、今のこの時間が大好きで、ずっと続いてほしくて…。
「蒼…?本当に大丈夫…?」
楓に、生きてほしくて。
___私…もう蒼と一緒にいられないの
嫌だ、嫌だ。
「かえで…」
下の子がいる前で出すような声じゃないと自分に言えるくらいに情けない声が出る。
それでも楓は笑顔で返してくれる。
「なあに?」
声が出ない。
言葉が繋がらない。
我儘しか出てこなくて、グルグルとした気持ちになる。
すると楓はくるっと三人のほうを向き、両手の平をパチンと合わせて、
「蒼、ちょっと疲れちゃったんだって。三人は先に帰ってて!隼斗、今度プリン奢るから陽花と颯馬くん送って!」
と言うと、隼斗は戸惑いながらも了承し、颯馬と陽花を連れて歩いていった。
楓は何も言わずに僕の手を優しく握り、隼斗たちが歩いていった方向とは別方向に歩き始めた。
男子が女子に手を引かれるなんて、とても情けない絵面だ。
でも、昔はこうだったんだ。
僕は昔は泣き虫で、泣き始めたらこうやって誰かに手を引いてもらわないと歩けなかった。
颯馬が生まれてから兄になったという自覚が芽生え、ガチャで欲しいキャラが当たらなかったとか、テストで良くない点数を取ってしまったとか、そういう小さなことでもあまり泣かなくなった。
ほぼ同時期に陽花が生まれ、それから泣くようになったのは楓のほうだった。
お世話のために陽花に付きっきりになったために、両親と話す機会減ってしまったという、今思えばなんとも子どもらしい泣き理由だ。
『楓、どうしたの?』
『蒼…わたし、お母さんとお父さんに酷いこと言っちゃった…』
『…アイス買ってあげるから、それ食べたらごめんなさいしよ。一緒に行くから』
『うん、ありがと…』
昔は、全く逆だったのにな。
記憶に耽っていると、楓が急に止まり、僕の顔を覗く。
「蒼、落ち着いた?」
その質問に頷くと、楓はホッとしたような顔をする。
次に、楓は僕の荷物を見て続けて質問する。
「ねぇ、ずっと気になってたんだけど、そのバッグって何が入ってるの?」
そういえば、やりたいことリストについて話すのをすっかり忘れていた。
「あぁ…これ、昔書いてた自由帳」
そう言うと、楓の表情がパッと明るくなった。
「もしかして、やりたいことリストのやつ?見せて見せて!」
バッグから取り出して自由帳を楓に渡すと、早速中身を見て笑う。
「うわぁ、こんな絵描いてたんだ!休憩時間になったら三人で集まって、ずーっとこのノート使ってたね!あ、これがやりたいことリストかな?宇宙行きたいとか、無茶なこといっぱい書いてあるね!」
ノート一つではしゃぐ楓は可愛い。
つい見入っていると、楓の目線は僕に移る。
「でも、なんでこのノート持ってきたの?使う場面無くない?」
せっかくの楓の顔を濁してしまうようなことを言いたくないけれど、楓の一年を悔いの残らないようにしたい。
「それ使ってさ、三人で色んなところ行こうよ」
そう言うと、楓の目が少し揺れる。
「…そっか、そのために持ってきてくれたんだね」
どうやら僕の考えを察してくれたみたいだ。
何も出来ずに終わってしまうのは、僕も隼人も、きっと楓も嫌だと思う。
一項目でもいい。
楓と思い出を作りたい。
すると、楓は一息置いて言う。
「…蒼、なんかごめんね」
なぜそんなことを言うのか考えられるほど頭が回らず、楓の言葉が耳に響いただけだった。
反応を返す代わりに黙っていると、楓は僕の顔を見るや否やクスッと笑う。
「なに真剣な顔してんの」
僕に見せた笑顔がなんだかいつもの楓じゃないみたいで、少し怖いと感じた。
僕は喉につっかえる感覚を押し切って言葉を積む。
「…楓は、死ぬのが怖くないの?」
そう言うと、楓は少し目を見開く。
僕は続けて言う。
「余命宣告ってさ、僕はされたことないけど、なんていうか、もっと怖いものじゃないの?死ぬんだよ?それなのに全然そんな素振りないし…。僕の前では無理なんかしなくたって…」
楓は俯き、弱々しくて震えた声を出した。
「伝えてないの。陽花にも、学校の友達にも」
楓は左手で右袖を掴む。
そのとき、以前よりも細い手首が見えた。
楓は絞り出すように、自分に言い聞かせるように言う。
「私、お姉ちゃんだから、ほら、妹を心配させるわけにはいかないじゃん。友達も心配させたくないし、迷惑かけたくないし…だから、その、明るくしとかないと、陽花とかそういうの鋭いし…」
言葉が詰まるばかりで、焦ったように楓は言葉を並べようとする。
「楓、落ち着いて。ちゃんと聞くから」
僕がもし楓だったらこう言ってほしいと思うことを言う。
すると楓はゆっくりと僕の顔を見る。
僕はその顔を見た途端、様々な感情が溢れた。
誰かに自分の気持ちを吐き出したいけど、明るく振る舞おう。
すごく辛くて怖いけど、空元気でもいいから笑っとこう。
そんな中途半端で下手な笑顔。
そして楓は、力を入れて喉奥から絞り出すように、でも明るくしようとする声色で言う。
「私のことで、心配かけたくないよ」
楓なりの精一杯の取り繕いなんだと思う。
楓のことだから、どうせ人のことばかり考えた末に出てきた言葉なんだろう。
「…ねぇ楓、本当にいいの?あと、一年なんだよ?楓には時間がないんだ。やりたいこといっぱいして、思い出をたくさん作ってほしい。お姉ちゃんだからとか、そんなの今は関係ないよ。今は楓自身の話をしてるんだ」
柄でもないことをたくさん並べる。
楓の顔がみるみるうちに揺れていく。
「楓、周りに合わせてたらあっという間に何も出来なくなっちゃう。それで、あれしたかった、これしたかったとか思いながら別れるなんて…僕は嫌だ。僕はもっと、楓と…」
早口になった勢いに任せて変なことを口走ってしまいそうで、話すスピードは失速した。
楓は口から震えた浅い息を漏らしたあと、眼を大きく揺らした。
楓は潤んだ目元をサッとハンカチで拭うと
「…ごめん、メイク崩れちゃうから、この話はまた今度ね。それより、早速明日からこのやりたいことリスト使って遊ぼうよ!ほら、夢見がちなこといっぱい書いてあるけど、できないことしかないってわけじゃないし!」
精一杯の元気な声でそう言った。
これ以上暗い空気にさせるのも嫌だから、僕も精一杯の笑顔で返事をする。
「うん、そうだね。じゃあ明日から三人で集まろうか」
その提案に楓は大きく頷く。
「あ、このノート、私が持っててもいいかな?落ち着いてるときに見返してみたいし」
別に手元にないと困るものじゃないから、僕は楓にノートを渡すことにした。
それから楓を送るために来た道を歩き始める。
他愛ない会話は歩き始めてからすぐ始まった。
「そういえば、陽花が最近気になる子がいるって言ってきたんだよね!」
「へぇ〜、どんな子なの?」
「えーっとね、たしか…同じクラスで、席が近くて、近所に住んでて、明るい男の子って言ってたかな?」
「それ、結構当てはまる人多くない?」
「そう?私は颯馬くんなんじゃないかな〜って思ってたんだけど…」
「…えっ」
「え?」
「颯馬がさ、この前陽花のこと好きだから気持ちを伝えたいって相談してきたことあったんだよ」
「…これ、もしかして両想い説あるんじゃないの?」
「小学生で青春だなんて…まぁ、相手が陽花なら安心かな」
「どうして?」
「顔も名前も知らない女の子に颯馬はあげないつもりだから」
「…蒼ってさ、颯馬くんに反抗期来たら一番に嫌われそうだよね」
「だって、万が一のことを考えたらさぁ…」
「別に誰かの彼氏彼女になったからって結婚するわけじゃないんだし、そんなに気を張らなくてもいいんじゃない?」
「でももし詐欺とかに遭ったり、何か身に危険が起こったりしたらっていう万が一が心配すぎて…」
「もう、私たちが思ってる以上に七個下の子どもってしっかりしてるんだよ?蒼は颯馬くんの人生を難しく考えすぎなんだよ」
「過保護なのかなぁ。この前隼斗にもブラコンって言われたんだよね」
「私もそう思うけど、やっぱり心配しちゃうよね。でも一人っ子の隼斗のほうが私よりいい意見言うから、隼斗って絶対に兄貴肌だよね。一人っ子なのに」
「不思議だよなぁ。あとさらっとブラコンを肯定しないで?」
「だって事実だも~ん」
やっぱり、楓との会話は楽しいな。
昔からお互いのことを知ってるからか何でも話せる。
今なら、言えるんじゃないか…?
「っ、か…楓…」
名前を呼ぶと、楓はピタリと止まって笑顔で振り向く。
「ん〜?なあに?」
大好き。
なんて、言えたらいいのにな。
「…ごめん、なんでもない」
楓はそっかと言ってまた歩き始めた。
来年になれば、この景色も無くなる。
それが分かっているからこそ、楓ともっと一緒にいたいのに。
これ以上、楓との別れが怖くなるようなことをしたくないと思っている自己中な自分がいる。
楓がいなくなったあと、楓との思い出を思い返したときは絶対に苦しい。
だから、もう、これ以上
楓に恋をしたくない自分がいる。
好きな人との時間が後々苦になってしまうって辛いなと思いました。
皆さんにはそんな経験ありましたか?
私はあります。
小学生の頃、とても仲の良かった友人がかなり遠くにお引越しをすることになってしまい、それまでいっぱい遊ぼうと約束したんです。
子どもらしく朝から遊び、お昼になるとそれぞれ家に帰ってお昼ご飯を食べ、また集まって遊んで、遊びまくってました。
そしてその子がお引越しする当日、その日まで遊んだ思い出がたくさん頭の中に流れてきて、ボロ泣きとギャン泣きのダブルコンボしたことがあります。
死別なら尚更、そんな辛い時間だけで一日が終わってしまうんじゃないかというぐらいです。
皆さんには大切な人との時間も噛み締めて過ごしてほしいです。




