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余命ゼロ秒  作者: Natu
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ずっと三人のままで

これは私が「小説家になろう」というサイトで初めて執筆する物語です。

私自身、語彙力に乏しく、感情を人物になりきってように表現することが非常に困難であり、「作者になりきって作文を書きなさい」といった学校の課題も全く出来ないほど、言葉に対する自信が欠如しています。

しかし、小説好きの母から勧められたダニエル・キイス氏の名作「アルジャーノンに花束を」を拝読した際、私は言葉の持つ世界に触れることができました。

言葉によって人の心を動かすことは、非常に困難であり、私には至難の業であると感じています。

しかし、試行錯誤を重ねる中で、多くの言葉に触れ、文章を書くことに取り組むようになりました。

テラーノベルにおいて初めて小説の世界を表現した際、初めて称賛のコメントが届いたことに私は非常に感動したことを今も鮮明に覚えています。

小説を書き始めてから間もないため、また文法もあやふやであるが故に、指摘される点が多い小説になるかと思います。

ですが、ご指導のほど、何卒よろしくお願いします。


「私…私ね…もう(あお)といられなくなっちゃったの……」

六月の、とてもジメジメとした梅雨の日だった。

雨水が優しく地面を打つ音も、どこか遠くで鳴いている微かな蛙の鳴き声も、それら全てが遠くに行ってしまったように、その言葉を聞いた瞬間から音がシャットアウトした。

思わず弱々しい声で、現実逃避のようなことを聞いてしまった。

「…(かえで)、今、なんて言ったんだ?」

楓はへらっと笑い、同じ言葉を繰り返した。

「私…もう蒼と一緒にいられないの」

意味がよく分からなかった。

"一緒にいられないの"

その言葉の、意味が。







学校のチャイムが校内に鳴り響き、時刻はお昼休憩を迎えた。

お弁当を取り出してグループになって食べたり、売店に行ったり、食堂に行ったり、各々が自由にしている。

「蒼、一緒に飯食おうぜ!」

いつも通り、親友であり幼馴染みの隼斗(はやと)が僕の机に一直線に向かってきた。

いつもなら、授業は寝るくせにこういうときは元気になるんだなとか、そういうことを言うけれど、今日はそんな元気はない。

僕が薄い反応を示す理由を察したのか、隼斗は先程の元気っ子モードから切り替え、似合わないような優しい声で僕の隣の席に視線を向けながら言う。

「楓、今日も来れないんだよな」

楓も隼斗と同じ、親友兼幼馴染みという関係だ。

楓、隼斗、そして僕の三人で一緒の高校に入学してから二年生になる今の今まで、いつも一緒だった。

幼稚園児の頃からずっと一緒で、誰か一人がいないなんてことは滅多になかった。

登下校も、休憩時間も、修学旅行も、小学生の頃から一緒だったのに、楓は長いこと学校に来られていない。

沈黙を気まずく思いながらお弁当を取り出して、ご飯を食べようとすると、隼斗が話題を出す。

「なぁ、そういえば、蒼は進路決まったのか?」

話の変わり具合に驚いたけど、いつものことだと割り切る。

ちょっとは声も顔も空元気を装おうとしたけど、やっぱり難しかった。

「あぁ、うん…大体だけどね。そう言う隼斗はどうなの?」

「俺はまだなんも決めてないね」

と、呑気に笑う隼斗を最後に、また沈黙が流れた。

こういうときに楓がいたら…なんて想像をいつもする。

遊びに行くのに遊ぶ場所が決まらないとき、家庭科の調理実習が上手くいかないとき、毎年夏に開催される花火大会のとき、初詣のとき。

楓がいたら、遊ぶ場所に迷ったらすぐに僕と隼斗を連れ回して色んなところに行くだろう。

楓がいたら、調理実習が上手くいかなかったら料理上手な楓が上手くサポートしてくれるだろう。

楓がいたら、花火大会は色んな屋台を回って、そのたびに会話が弾んでいって、楽しくて仕方ない花火大会になるだろう。

楓がいたら、朝が弱い楓が寝ぼけてて、神様に伝えることを口に出すのを、隼斗と笑いを堪えながら聞けるだろう。

全部、楓がいたらって考えてしまう。

「…なぁ、蒼。二週間前から楓が学校に来られなくなってから、お前ちょっと変だぞ?」

「え?」

まだ二週間しか経っていないのか。

ふと、隼斗の言葉とは関連性のないことを考える。

「…大丈夫。楓のことだから、またけろっとして学校に来るよ。こういうことは今まで何回もあったじゃん」

まるで自分より小さい子を慰めるように、隼斗は言った。

僕はその気遣いに対して、また薄い反応を示す。


今日は、楓に会いに行こう。





雨雲のせいで、病院の中は夜中のように照明が光を主張していた。

「こちら、来院者カードと面会用バッジです。記入したあとに受付まで提出してください。」

淡々とした声で説明する看護師からカードとバッジを受け取り、カードを記入して受付に提出。

カードに記入するだけだけど、面会するのにも手間が掛かるんだなと思う。

楓の病室は、たしか二階だっけ…。



病室の扉をノックすると、元気な声で返事が返ってくる。

それに安堵しながら扉を開けると、いつもの楓がいた。

「あれ?隼斗は一緒じゃないの?」

「うん、今日は親の手伝いがあるらしくてさ」

ふーんと楓は少し不満そうな顔になったが、すぐに笑顔に戻り、たくさんの話をしてきた。

今日の病院食のこととか、七つ下の妹の陽花(はるか)のこととか、電子書籍で見つけた面白いマンガのこととか、楓のお母さんが持ってきてくれた小説のこととか、部活の後輩が来てくれたこととか。

あまりにも楽しそうに話す楓を見ると、自然と僕も楽しくなる。

ずっと話していたくなる。

「あ、ねぇ、ずっと思ってたんだけど、なんで二週間も休んでんの?今まで休んだとしても一週間ぐらいだったじゃんか」

不意に思ったことを口に出してしまい、楓の顔が少し曇った。

楓が先程とは打って変わって黙り込んでしまったからか、雨音が強まった気がする。

「…ちょっと、ね」

ぽつりと呟く楓を見て、つい聞くべきじゃないことを聞いてしまった。

「…もしかして、病気なの…?」

僕の発言が本当だったからか、楓の肩が少し強張った気がして、予想は事実に近いと分かった。

沈黙が流れてしまい、僕からこんな空気にしておいて少し気まずい気持ちになる。

「ねぇ、蒼」

いつもとは違う、真剣で真っ直ぐな目で名前を呼ぶ楓が、もう楓も高校生であると実感させた。

「…もし…もしもだよ?私が蒼のこと……」

そこまで言って、やっぱりなんでもないとへらっと笑う楓に、呆れたような声を漏らす。

すごく気になるところまで言っておいて、なんでもないってなんだよ。

心の中でそんな独り言が止まらなかった。

他に何か話すことはないかと話題を探していると、楓が先に切り出した

「そういえば、大学はどこにするの?この前進路相談があったんでしょ?」

隼斗に聞かれたときと同じことを聞かれたから、こっちも同じ返しと質問をした。

「そう言う楓は?楓は頭が良いからどんな大学でも行けるんじゃないの?」

半分冗談、半分本気で言ってみると、また楓の顔が少し曇った。

同時にまた下を向いて黙り混んでしまった。

何かまずいことを言ってしまったかと話したことを思い出していると、楓が気まずそうに話し出した。

「あ、うん、大学ね。大学は…あんまり考えられてない感じかな」

意外だった。

僕も隼斗も、楓には昔から一度も学力で勝てたことがないし、学年でもトップ層の学力の持ち主だから、大学のことを考えてないのは正直驚いた。

「そっか。まぁ、まだ進路を決めるタイミングなんていくらでもあるし、ゆっくり決めていけばいいよ」

そう言うと、また楓は暗い顔を含みながらぽつりとうん、と返事をした。


その日は、一時間ほどで病室を出た。



楓は昔から体が弱いほうだった。

季節の変わり目になるとすぐに体調を崩し、冬になると毎年風邪やインフルエンザにかかり、酷いときはそのせいで短期入院することだってあった。

小学生の頃から三日間から一週間ほど休むことがちょくちょくあったから、今回もそんな感じだと思いたい、けど…。

___…ちょっと、ね

あんな顔を見てしまったら、そう思えない。

何もないといいな…。





「ただいま~」

家に帰ると一番におかえりと言ってくれるのは、弟の颯馬(そうま)だ。

「兄ちゃん、おかえりっ!」

「おかえりなさい」

颯馬と母さんはちょうどご飯の準備をしていたそうだ。

うちは父さんが塾講師のため遅くまで働いてるから、家族一緒に食事することは滅多にない。

「兄ちゃん聞いて!今日、陽花ちゃんと一緒に休み時間にお絵描きしたんだ!陽花ちゃん、すっごく絵が上手なんだよ!」

颯馬は楓の妹の陽花と同い年で、こっちも幼稚園の頃からの幼馴染み。

どうやら颯馬は陽花のことが好きらしく、兄として陰ながら応援している。

「蒼、もう少しでご飯にするから着替えてらっしゃい。そうちゃん、お箸並べてくれる?」

「はーい!」

「はーい」

元気っ子な颯馬と比べて控えめな返事をして、自室に向かった。

僕の部屋は必要最低限の家具しかなく空っぽなため、いつ見ても寂しい。

別に買い与えてもらえていないわけでないけれど、色んなものがある部屋が少し苦手だし、掃除がめんどくさいから家具を並べるのは苦手だ。

そんな質素な部屋の唯一好きな点といったら窓に昭和ガラスが使われているところだろうか。

一人でそんなことをボーッと考えていると、お腹が鳴った。

早く着替えてリビングに行こう。




ご飯を食べ終えてスマホをいじっていると、颯馬がこっそりとした声で話しかけてきた。

「ねぇ、兄ちゃん、相談があるんだけど…」

颯馬が相談事なんて珍しいから、学校で何かあったのかと少し心配になった。

「ん?どうした?」

颯馬は少し恥ずかしそうに下を向きながら、もじもじと話し始めた。

「えっとね…陽花ちゃんに、告白…?したくって……でも、どう言ったらいいのか分かんなくて…」

年下の初な行動ほどいじりたいものはない。

けど、ここは兄らしくアドバイスしよう。そう、兄らしく。

…でもいじりたいものはいじりたい。

「あらあら~颯馬くんはおませさんですね~」

からかうように言うと、颯馬は真面目に聞いてと少し怒りを含んだ声で言ってきた。

やり過ぎたとは思わないけど、弟がわざわざ相談しに来るんだから乗らない選択肢はない。

「ごめんごめん。んで、どうやって告白するつもりなの?」

颯馬は少し迷って、手紙と答えた。

手紙で気持ちを伝えるのは、相手の顔は見えないけど自分の気持ちを整理しながら書けるし、なにより颯馬のことだから緊張と恥ずかしさでいっぱいになって噛み噛みになるから、言うよりも書くほうが気持ちを伝えやすいかもしれない。

颯馬に質問される度に、適当ではないけど思い付いたものの中で一番良い、恋愛経験ゼロの兄としては上出来だと思えるアドバイスをすると、颯馬は張り切った調子で

「俺、陽花ちゃんのために手紙書いてくる!兄ちゃんありがとう!」

と言って二階に上がっていた。

すると、洗い物をしていた母さんが冷蔵庫を見ながら困ったような声を出し、財布から千円札を取り出した。

すごく嫌な予感がする。

「蒼、マヨネーズ切らしてたから買ってきてくれない?余ったお金でアイスとか買ってもいいから」

弟の年相応の純粋さに浸っていたのに、母さんはその雰囲気なんかミリも知らず、僕に買い物を頼んできた。

あからさまに嫌な声を出しても強制的に行かされるので、仕方なく了承した。

お金を預かり、薄い上着を着て外に出ると温い空気にぶわっと包まれ、昼間の暑さの名残があるような気がした。

田舎だから街灯が少ないために星空がよく見える。

___私…私ね…もう蒼といられなくなっちゃったの……

最近、この言葉の意味を考えてしまう。

楓は病気なのだろうか。

それも長期入院するほどの病気なのだろうか。

楓はいつでもどこでも、誰といても中心になるような人だった。

もちろん、僕と隼斗と楓の三人のときもそうだった。

楓がいたから、なんでもないことも全部楽しめた。

そんな楓がいなくなったら三人は三人じゃなくなるし、隼斗とも徐々に話さなくなっていって離れ離れになるんだろうか。

…なんて、最低なオチを考える。

でも病気以外に考えられない。

引っ越しじゃないと考えるのは、楓の家は転勤族じゃないし、そもそも楓の家族も楓の体調を悪化させるようなことはしないだろうと思うからだ。

だとしたら、病気のせいで一緒にいられなくなってしまう、ということじゃないだろうか。

そう考えると、楓がいなくなってしまうかもしれないのが怖くなって、いつも電話をかけたくなる。

…正直、僕は楓のことが好きだ。

中二の頃に一度告白して、楓は一旦考えると言って告白の件は保留にした。

それからずっと楓の答えを待っている。

もしかしたら楓は告白のことなんかとっくに忘れてて、僕が一方的に期待しているだけかもしれないけど、それでも楓のことが好きだ。

名前を呼ばれる度に、目が合う度に、大人びていくのを見る度に、楓のことを意識してしまう。

小学生の頃の隼斗にこんなこと言えば、即行いじられてたなと思う。

…もし、楓がいなくなっちゃうなら、それが僕の人生で一番の後悔だろう。







楓が学校に来られないまま日が経って、夏休みに入る前の終業式が行われた。

「今日を以て前期は終了です。えー、この夏は皆さんにとって将来のためのとても大切な時期でもあり___」

長い校長講話を終えて、午前中に下校。

今日は隼斗も込みで楓と会うことにした。

病院まで、電車に揺られて二十分、歩いて二十分、合計四十分ほどの道のりがある。

今は、ほぼ一定のリズムでガタンゴトンと演奏する電車の中にいる。

電車内は少し冷房が効いていて、外よりかは幾分か暑さはマシになった。

「今月は忙しいから手伝えって言われてるんじゃなかったっけ?」

楓に会いに行って大丈夫なのかと聞いてみると、隼斗は少し不機嫌になって言う。

「あー?んなもんサボるに決まってんだろ。誰が毎日毎日建築現場で手伝いなんかしようと思うんだよ」

早口気味に愚痴を言う隼斗に苦笑する。

隼斗の両親は建築業界の人で、お母さんは建築士、お父さんは現場で働いているらしい。

田舎だから人が少ないために人手が足りない、ということで現場に呼び出されることが多々ある。

「お前の父さんはいいよな~。塾講師なんて、勉強で分からんとこすぐ聞けるしさ」

皮肉っぽい言い方で隼斗はそう言うけど、実際親が塾講師なんて面倒くさいと思う。

「そこは良い点だけど、うちの父さんは口うるさいからね。勉強しろだのもっと良い点数取れだの文句ばっかりだよ。それに顔を合わせる頻度も少ないし、ご飯も父さん抜きで食べること多いし、意外と良いとこないよ。」

隼斗に苦笑しておいて、結局僕も隼斗と同じように早口になって愚痴を言ってしまった。

すると、僕の愚痴に対して隼斗がからかうように言ってきた。

「もしかして、文句ばっかり言ってくる口うるさい父さん抜きの食卓は寂しいのか?」

少し意味が分からなくて、思わず、は?と返す。

隼斗はからかう調子で続けて言う。

「だって、父さんと顔を合わせる頻度が少ないって、俺なら口うるさい親の顔なんか見たくないからさ。そこ気にするってことは、なんだかんだ寂しいんじゃねぇの?」

図星、だとはすごく思いたくないけど、なんだかいらっとした。

「ちっげーよ!それは、なんていうか、颯馬が寂しがるからって意味であって、僕が寂しいとかそういうんじゃ…」

下手な言い訳だと自分でも分かる。

だって、ずっと父さんとはまともに喋ったことがないんだ。

昔から仕事ばかりで一緒に遊んだことなんか全然なかったし、一緒に食事するのは祝日とか年末年始とか、そういうときだけだし…。

「そういえば、颯馬くんは今いくつだっけ?」

また話の方向ががらりと変わった。

でも父さんの話を広げられてもそれはそれで困るからいいや。

「えっと、七歳下だから今は十歳だよ」

隼斗は一人っ子だからか、下に弟や妹がいる僕や楓のことをよく羨ましいと言う。

でも兄弟や姉妹の間にも合う合わない感覚が存在するし、そこまでいいものとは正直思わない。

颯馬はいい子だし、聞き分けがいいからそこまで苦労したことはなかったし、いらないと思ったことは一度もないけど、自分が兄であるという責任が付いて回るのは疲れる。

「颯馬くんなぁ、前見たときはこれぐらい小さかったのに、もう十歳かぁ。月日が流れるのは早いな~」

隼斗は自分の腰あたりに横にした手のひらを動かしながら、まるで親のようなことを言い始めた。

「颯馬くん頭良いだろ?中学受験とか考えてんの?」

たしかに颯馬は頭が良いから出来ることなら受験させてあげたいけど、通うとなると電車通学をしなければいけない。

電車に乗るほど遠い中学校に通うなんて心配でしかない。

「この辺は公立中学しかないから難しいね。それに電車通学なんて僕が許さないよ。」

そう言うと、隼斗は引いたような顔をする。

「うわ、出たブラコン…」

隼斗は僕が颯馬の話をするときはいつもブラコンと言ってくる。

兄なんだから弟のことは心配して当然だろ。

「なんでブラコン呼ばわりなんだよ」

と言うと、隼斗は呆れ声で言う。

「颯馬くんと離れたくないからって、そんなブラコン行動すんの?」

離れたくないから、とかではない。

単純に心配なだけ。

「もし学校先で事故に遭ったらどうするんだ?電車に乗って行くほど遠い中学校で颯馬が怪我したらすぐに行ってあげられないだろ。それが心配なんだ」

説明しても隼斗には伝わらないのか、うわー…っとドン引きしていた。

「…なんつうか、キモいな」

相変わらず直球ストレートに言うなぁ。

「直球すぎない?」

隼斗には分かんないよ。

ツンとした口調で言うと、隼斗ははいはいと適当にあしらう。

こういうとき楓がいたら、楓も陽花のことをたくさん話してくれるだろうか。

「…ねぇ、隼斗。もし楓がいなくなったら、僕らどうなっちゃうのかな…」

隼斗は予想していなかった質問に困惑したような声を出し、馬鹿正直に考えている。

なぜか隼斗の顔を見れない。

隼斗は少し唸ったあと、曇った声で呟いた。

「そんときは…本当に二人ぼっちだな」

二人ぼっち、なんて矛盾した言葉を使ってくれたことが嬉しくて、口が緩んだ。

でも、僕のもしも話に疑問から入らないということは、隼斗も僕と同じ予想を立てているんだろう。

楓は、何か重い病気を患っているんじゃないかって。




来院者カードを記入し、面会用バッジをつけて楓の病室に向かった。

ノックをすると、また元気な返事が扉を飛び越えてくる。

それだけで安心した。

扉を開けると、ベッドの上にはいつもの楓がいる。

「あ、今日は隼斗も一緒じゃん!これでいつもの三人組に揃ったね!」

無邪気に笑う楓を前にすると、隼斗も僕も昔に戻ったような気持ちになる。

楓の笑顔も、隼斗の話の面白さも、全てが昔のままで、ただただ心地良い。

この時間が一生続いても、絶対に悪い気分にはならない。

時間はあっという間に三十分、一時間、二時間と過ぎていき、そろそろお暇しようかという流れになる。

隼斗は数分前に親から呼び出され、渋々僕より先に帰ることになった。

一度告白して保留になった関係でも気まずさを見せない様子の楓は、お盆にある花火大会の話をし始めた。

僕も、色んな屋台を回りたいねとか、今回はどんな花火が見られるかなとか、浮わついた気持ちで話していると、楓が急に暗い顔をした。

情緒が激しい奴だなぁと思うと、楓が花火大会とは真逆の話をし始めた。

「私、学校辞めちゃうの」

前置きもなく、しかもあまりに急に言うから、僕は思考が停止したように言葉が出なかった。

「心配かけたくなくて言えなかったんだけどね。私…学校休み続ける前から、ずっと体調不良が目立っててさ。念のため病院に行ったら、余命宣告されちゃったの」

"余命宣告"

エコーがかかったように、頭の中で何度も何度も繰り返し流れた。

「あと、一年だってさ」

楓が下手な作り笑いで言う。

僕はよく理解できなくて、一番に頭に浮かんだ質問をそのまま吐いた。

「じゃあ…もう、僕と一緒にいられなくなったって…」

震えた声で途中まで言ったところで、楓はへらっと笑って言う。

「私、来年の初夏に死んじゃうかもしれないんだ。だから、この三人組で花火大会に行くのは、今年が最後だよ」

受け入れられなかった。

いや、受け入れられるほうがおかしい。

楓は死んじゃうの?今年で最後って…来年になったら、楓は…。

思考がぐるぐるするという表現が分かった気がする。

「…隼斗、には?隼斗には伝えたの?」

そう確認すると、楓は隼斗には伝えてないと言った。

なぜ僕にだけ伝えて、なぜ隼斗には伝えないのかは分からないけど、その前に言葉と気持ちの整理が優先だった。

楓が、死ぬ。

その恐怖だけが明確に分かる。

余命一年と言ったけど、もしかしたら明日、最悪の場合、今日いなくなるかもしれない。

楓が、いなくなってしまう。

「かえ、で…」

泣きたい、けど、泣きたいのは楓のほうだ。

もし楓が泣いたとき、慰めなくてどうするんだ。

でも、でも……

「嫌だ…楓、嫌だよっ……」

押し寄せる感情に負け、情けなく泣いてしまった。

十七歳がわがままを言うように泣くなんて、すごく情けない絵だと思う。

楓は僕が急に泣き始めたことに困惑した様子を見せたけど、下に妹がいるせいか、その困惑はすぐになくなり、穏やかな口調と声で話し出した。

「大丈夫。余命っていっても治ることだってあるんだから」

でも、と続けて話す楓は、またへらっと笑う。

「大学生になっても社会人になっても、ずっと三人でいられると思ってたから、ちょっぴり寂しいな」

大学生になっても、社会人になっても。

僕も隼斗もそう思っているだろう。

幼稚園の頃から、小学校、中学校、高校と、いつも一緒だったんだから。

関係が自然消滅するとすれば、それは大学の違いか、引っ越しか、社会人ならば時間の問題か。

そう思っていたのに、こんな、仕方ないとしか言えないような関係の終わり方なんて、考えたことがなかった。

楓のことも、これからのことも、考える度に心拍数が上がっていくような気がした。

だんだん過呼吸気味に泣くようになっていって、少し苦しくなる。

「ちょっと落ち着きなよ。…ごめんね、いきなりのことだから驚いたよね」

その言葉が自分より僕を優先しているように思えて、気持ちをぶつけてしまった。

「なん、でっ…楓なんだよ…。なんでいつもへらへら笑って、っ…全然…全然大丈夫なんかじゃないくせに、何かと理由つけて隠して……!っ、隼斗もクラスのみんなも心配してんだよ!楓が急に学校来なくなって、連絡一つ寄越さないで、それをみんな気にかけてんのに、心配かけたくないからとかっ…そんな下らない理由で隠すなよっ、!」

その下らない理由は、楓なりに考えたものだということは理解できる。

でも納得できない。

「隼斗も楓のこと心配してんだよ!それなのにまだ病気とか余命のこととか言わないつもりなのか?隼斗がどれだけ楓のこと考えてるのか、知らないくせに!」

ここまで言っても、まだ楓はへらっと笑っている。

「ごめん、ごめんね、蒼。私、体が強くなくて……ごめんね」

なんで笑えるのか分からないし、なんで人のことを考えて行動できるのかも分からない。

だって余命宣告されたら、普通は自分の時間を過ごしたいって思うだろう。

なのになんで心配なんて気にするのかよく分からない。

余命宣告をされたことなんてないから勝手な想像だけど、人のことを考える余裕なんて、きっとなくなると思う。

僕なら他人のことなんて考える余裕はなくなる。

心配も迷惑もかけたらいいじゃないか。

そんなことをするのも難しい体かもしれないけど、わがままとかたくさん言えばいい。

まだ元気なうちにやり残したことをしたらいいのに、なんで楓は人のことを考えてばかりでそれをしないんだ。

「…でもさ、花火大会は…まぁ、その日の状態によるけど、良かったら特別に行ってもいいって言われたんだ。だから今年も色んな屋台を回ろうよ!」

そうやって誤魔化す楓を見ると、ずっと胸のあたりがぐるぐるとしておかしくなりそうだから、病室から飛び出すように逃げた。

駅に向かって走り続けたけど、運動不足のせいですぐに疲れた。

楓の顔を見たくなかった。

僕がいるとずっと変に作り笑いしちゃうんじゃないかって不安に思ったのと、単純に楓がいなくなるのが怖くて、逃げたくなった。

___私、来年の初夏に死んじゃうかもしれないんだ。

楓が死ぬ、余命一年、今年で最後、楓が、いなくなる。

前まで普通に元気だった。

たしかに無邪気に笑う楓がいた。

ずっとこのままだって思ってた。

楓が言うように、大学生になっても社会人になっても、この先ずっと三人一緒だと思っていた。   

『楓はもういない』

そんな言葉を、いつか誰かに言われてしまうんだろうか。

「楓……」

名前を呼ぶと笑顔で振り向いてくれる楓はもういない。

そんな現実を目の当たりにしたとき、僕はどうしているんだろう。

楓に対して未練を抱えたまま、楓に伝えていきたかったことを抱き続けて立ち直れないまま、誰かに呆れられるんだろうか。

…その誰かが、楓ならいいのに。


ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。

ここで区切りさせていただきます。

周囲と比較すると、私の表現力や文章にはまだまだ未熟な点がございますが、後編をお楽しみにしていただければ幸いです。

誤字脱字や改善点についてのご指摘がございましたら、ぜひご教示いただけると助かります。

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