Program.02【ようこそ“HELL✕CIRCUS”へ!~集客~】
葉月十六夜の三作品目です。
見た目は若くて愛らしい団長のチャチャを筆頭に、一団が最初にやって来たのは地獄一大きな街路―――“ふくよかな街路”。
チャチャの父にして地獄の王・サタンラースから派生したとされる七つの真柱の内の一つである“強欲”を司る大悪魔・マモングリードが統治する街だ。
衣食住に関わる全ての商品が数多く売り買いされるこの街は、地獄生まれの悪魔達にとってはかけがえの無い場所だ。
大昔の地獄ではあまり意味をなさなかったはずの現世の金品が、此処では当たり前の様に利用される。
現世の文明発達に加え、地獄に落ちる罪人たちの増加に伴い地獄も少しずつ変わって行った。
当然の様に悪魔が衣服を身にまとい、魂や血肉以外にもジャンクフードを好んで食したり、下位悪魔が当たり前の様に家を持っている。
最も大きく変化したのが電化製品の流通だろう。
今の若い悪魔達なら当然の様にスマホやタブレットを手にして、連絡や情報収集や仕事に大いに活用していた。
因みにだが、いくら賑わった街路と言えども此処は地獄。
売り手買い手は当然、悪魔の間だけで行われる。
≪強欲≫に堕とされた死人の魂は、此処では商品でしかない。
痛み、意識、恐怖の念をそのままに、数多の悪魔達にその魂を悪魔達に奪い取られる。
現世の街中でも偶に耳にする店内からこぼれるBGMのように、引き裂かれながら売り買いされる魂達の「やめて!」「痛い!」「殺してくれ!」という叫び声が聞こえるが、残念ながら気に留める優しい悪魔など存在しない。
そう…。此処に来て格段にテンションが上がっているチャチャの様に…。
「ん~! そうよ! ココよココ! やっぱりこの場所で宣伝しない事には噂が広がるはずが無かったのよね!」
団員達は思った。
(((絶対ソレだけじゃない…)))
と…。
しかしながら、一概に否定出来ないのは確かだ。
この“ふくよかな街路”は紛れも無い流行の最先端。
此処で広まった噂は逸早く悪魔達の耳に入り、目に留まりやすいのだ。
「よっし! じゃあ早速始めましょうか?」
「待ちなさい」
興奮気味にゲリラショーを始めようとするチャチャの両肩を鷲掴みにして制止するジェーン。
「いくらゲリラショーと言えど、先ずは許可取らないとダメだぞ」
「あっ。そっか」
ジェーンに指摘されて軽く手を叩くチャチャ。
「やれやれ…」と苦笑いを浮かべる団員達だが、看板持ちのエディ以外の面子の手にはショーに使う小道具がしっかり握られている。
ジェーンが止めなければそのまま始めるつもりだったに違いない。
「はぁ…。“強欲”は特に後々面倒になる。次は気を付けろ?」
「は、はい…」
“強欲”を司る大悪魔・マモングリードこと、マムはこの街の主だ。
彼女はその名の通り「強欲」で、何かにつけて無理難題な要求をする上に、他者からの依頼には不等価で莫大な返礼を奪い取る。
それでも彼女に依頼が来る理由は、そのカリスマ性と一度請け負った仕事はプライドに懸けて成功させる実績を併せ持っているからだ。
現世同様に文明が進歩する地獄に於いて、流行の最先端で発信源たるマムは七大罪の中でもかなりの実力者であった。
そんな彼女の領土で好き勝手な事をすれば、どうなるか…。
「全員此処で待機してろ。俺が許可取って来るから」
「よろしくね。お兄ちゃん!」
「特にチャチャはな」
「……ハイ」
(何で私にだけ…?)と不満はあったが、釘を刺される心当たりが多すぎてチャチャは大人しくした。
一団から離れていくジェーンの背を見送る団員達。
「ジェーンのヤツ一人で大丈夫か?」
「相手はあの“強欲”だしねー?」
「お兄ちゃんなら大丈夫だよ。マムとは昔からの知り合いだしね」
「今回の依頼で、どれくらい請求されるんだろう…?」
オミーの言葉に全員が口を閉ざした。
少なくとも、今現在の時点での一団が所有する金品を全て差し出したとしても足りない事は明白。
それでもこの街でのショーを止めないのは、強い後ろ盾が存在するからに他ならない。
「…………パ、パパなら、どんな額でも、笑顔で出してくれるわ!」
そう、実の父親だから!
だって、地獄の王だから!
何せ、大物スポンサーだから!
「ほんとに?」
「はずよ!!!」
震えるチャチャの言葉には願望が色濃く入っていた。
とは言え、父親頼みなのは変わりない。
いくら商いのプロのマムと言えども、その財力は悪魔の始祖たるサタンの足元には及ばないのだ。
では何故、そんな父親の脛を齧らないのか。
それは、チャチャの真面目な性格からなる厳格さであり、親不孝者になりたくないという娘としての愛情表現であり、地獄の王女としてのプライドであった。
「あの娘にゲロ甘な親父陛下なんだから、ちょろ~っと可愛い子ぶってオネダリすりゃあ何でも思いもままだろ? 何か毎度毎度まどろっこしいよな~」
「それじゃダメなの! 私が目指すのは『苦難困難があろうと諦めない! 愛と幸福と未来を分け与えるサーカス団!』なんだから!」
「うわ歯ぁ浮く~」
瞳を輝かせてサーカス団の目標(団員不認知)を掲げるチャチャの言葉に、質問を吹っ掛けた張本人のエディは鋭い歯が覗く薄い唇を爪で痒そうに掻きむしった。
エディの茶化すような態度にチャチャは頬をぷくーっと膨らませる。
「なによー! じゃあ皆はどんなサーカス団にしたいの?」
「『モテるサーカス団』」
そう目の前を物珍しそうな目で見て来る通行人達を眺めつつ、舌なめずりしながらエディは答えた。
私欲交じりに聞こえるエディの発言ではあったが、実際エディは男女問わずにモテる。
何せ彼は両性愛者で、自身もタチネコ可能な才能があった。
道行く悪魔達が舌なめずりして、切れ長の目から覗く色を帯びた視線でエディと目が合えば、思わず赤面して足を止める始末だ。
そんなエディの後頭部を躊躇無く叩く小さな手の平。
団員の中でも特に小柄な見た目のマッチが大きな溜息を吐く。
「こらエディ。その客引きの才能はショーの許可が下りてからさね」
「~~~叩く前に言えやクソアマ…!」
「まぁっ。そんな乱暴な物言いじゃ女の子皆逃げちゃうさね」
「安心しろ。テメェ以外のレディには優しいから俺ぇ」
「はいはいはい! 二人共そこまで! じゃあ次はマッチ!」
「アチシ? そうだねぇ~」
マッチは腕を組んで「うーん」と考えるポーズを取った。
「あ! 『実家のような温かさのあるサーカス団』!」
「ぶっふぁ!」
花が咲くような笑顔で目標を掲げるマッチの言葉に盛大に噴き出すエディ。
そして彼の頭は再び小さな手の平で叩かれた。
「アニオミは? 二人は特にウチの顔なんだから、目標はしっかりあるんでしょ?」
「な、何故に断定するの…!?」
血色の悪い顔を更に青白くさせて、オミーがビクつく。
自分より背丈の低い兄の背後に隠れる様に控えるオミーを他所に、アニーは顎に手を当てる。
「まぁ無い訳じゃねーケド、団長やマッチ姐みたいなキャッチフレーズ的な目標じゃねーナ」
「へぇ? もっと現実的って感じ?」
「ウーン…」
今度はアニーが考える姿勢を示す。
双子の兄・アニーは、今後のサーカス団の主軸となるであろう看板芸者。
まさに看板に掲げられる目標は如何なるものか、団長のチャチャ真剣になって耳を傾ける。
「まァ、強いて言えば……『観客参加型のライブ会場みたいなサーカス団』……カナ?」
「お、おー…」
チャチャはリアクションに困った。
「えっと…つまり?」
「ホレ? 全員参加型のロックバンドステージみたいナ? 客との距離がほぼゼロで、バンドメンバーが手を伸ばせば簡単に触れ合えて、けど全然バンドの出来はチープじゃなくて寧ろプロくってェ……ウ~~~ン」
「お、おー…」
アニーは自分の中にある具体的なビジョンを何とか伝えようと頑張っているが、チャチャはさっきと同じ返答で返した。
小声でエディが「あー俺ぁちょっと分かるぜ」と呟いた声が聴こえた。
「じゃあ最後! オミーの目指すサーカス団はどんな感じなの?」
「えっ? あ、う、うん…。そう、だね。僕は……『悪魔達のギスギスした心を、楽しい気持ちにさせられるサーカス団』……って、感じで…?」
「ほうほう!」
厳つい見た目に反して、いつも何かに怯えているオミー。
その小動物のように怯える姿とは裏腹に、周囲に注意深く視線を送るその瞳の奥には、数年前まで“殺し屋”だった頃の名残の光が灯っている。
そんな元殺し屋だったオミーの掲げる目標が、あまりにも平和的な物だった事にチャチャは謎の感動を覚えた。
「良いわ! みんな中々素敵な目標持ってるじゃない! その目標を常に胸に、今日と言う始まりの日から実現にしていくわよー!」
「「「おぉー!!!」」」
団長の音頭に合わせて声を上げる団員達。
何だかんだで、みんな仲が良いのだ。
そんな時―――
「よ~? なぁにガキみたいに盛り上がってんだぁ、お前ら~?」
「え?」
一致団結した一団に水を注す柄の悪い声。
明らかに冷やかす様な口振りの悪魔達が十数名。
「えっと……何か?」
「アンタらさぁ、サーカス団か何か?」
チャチャの質問に、質問で返す悪魔。
しかしチャチャは悪魔達の問いに対して瞳をキラキラ輝かせる。
「もしかしてショーを見学しに来てくれたんですか!? ありがとう! ちょっと待ってて下さい! 間も無くショーの許可が下りるはずなので―――」
「んなモン興味ねーんだよ!!!」
質問した悪魔が苛立ち気に怒鳴り散らしてチャチャの返答を遮った。
「お前アレだろ? 地獄の王・サタンラースの娘。つまり王女様ってヤツ」
「え…えぇ。そうですけど?」
「マジかよ! 王女がサーカス団なんか作ったって話! 頭イカれてんじゃねーの?」
「そ…それ…どういう意味よ…?」
チャチャは下卑た笑い声を上げる悪魔を睨み付ける。
「意味? そんなんも分かんねーのかよ世間知らずが。お前のやろうとしてる事は地獄では何の意味も持たねーっつう事だよ!!!」
そう唾を飛ばしながら声を荒げる悪魔。
気付けばチャチャ達を取り囲むように、柄の悪い悪魔達が集まっていた。
おまけに各々の手にはありとあらゆる武器や、頑丈そうなロープが握られている。
拉致を計っている事は明確だ。
「テメェを餌に地獄の王サマからたんまりと金を搾り取ってやる。テメェにも俺達全員の相手してもらうぜぇ! 顔はガキっぽいがよく見りゃあイイ体してるしなぁ。どーよ? その方がよっぽど俺達の為になると思わねぇか? なぁ、お姫サマ~?」
拉致を計っている集団のリーダー格だったのか、さっきから一人の悪魔だけが得意気に悪役台詞を吐いている。
遠目からチャチャの全身を舐める様にじっくり見つめる悪魔の顔が徐々に紅潮していく。
チャチャが自分の好みの容姿だったらしく、この後のお楽しみの事を考えると興奮し始めているのだろう。
そんな男の性欲を帯びた眼差しに顔を顰めるチャチャ。
そんな彼女の前に、二人の長身の悪魔が躍り出る。
「イヤ~ンこわ~い! 悪~いパパに酷い事されちゃう~! けど顔がこれっぽっちも好みじゃねぇから願い下げだぜド腐れカス共ォ!!!」
「僕らの団長には手を出させない」
初めは体をクネクネさせてふざけていたエディだったが、徐々に凶悪な笑みを浮かべてリーダー格の悪魔に中指を立てて挑発した。
それに続くように、周囲の悪魔達に威圧感を与えるオミー。
今までの弱々しさとは打って変わって、全身から突き刺す様な殺気を放っている。
「なっ…―――何だテメェ等! 王女以外に用は無ぇんだよ!!!」
蟀谷の辺りに青筋を浮かべて叫ぶリーダー悪魔。
その叫び声をきっかけに、周りの悪魔達が武器を団員達に向けて構える。
「チッ。大人しくしてりゃあ優しくしてやるつもりだったのになぁ……―――」
リーダー悪魔が腹の底からの低音で、唸る様に呟いた。
「自業自得だ。王女以外は殺せ―――!!!」
リーダーの言葉を受け、周囲の手下悪魔達が一斉に団員達に向かって襲いかかった。
「まっ…待って! やめて―――!!!」
街路に響くチャチャの悲痛の叫び声。
その声を掻き消す様に、数多の銃声と叫び声が“ふくよかな街路”に轟いた。
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