Program.01【ようこそ“HELL✕CIRCUS”へ!~開幕~】
葉月十六夜の三作品目です。楽しんで頂けたら幸いです!
神の気紛れか……この地球に“生命”を創造し、そして同時に【四終】と称される“死”・“最後の審判”・“天国”と“地獄”が誕生した。
“死”する前、つまり生前に行った善悪の度合いにより、“最後の審判”を経て、生命の魂は何方かの終着点へ導かれる。
天国へ昇れば、終わり無い極楽を―――。
地獄へ堕ちれば、終わり無い責苦を―――。
その差は読んで字の如く、雲泥の差だ。
そしてこれは、そんな地獄で紡がれる、とある“曲芸団”の物語。
その名も『地獄の曲芸団』―――。
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「―――よし…!」
薄暗い内幕の中で一人の少女が頬を両手で叩き、気合を入れた。
赤色を基調としたジャケットに金色の刺繍と釦をあしらい、透明感のある白い太腿が見える丈の黒い短パンは女性らしさの中にも活発さが見受けられた。
10㎝程の高さのピンヒールロングブーツにも拘らず、軽快な足取りで光が射し込む内幕の手前まで歩み出た。
「それじゃ、行きましょう!」
金色の四翼の飾りがあしらわれた黒いシルクハットを深く被り、少女は高らかに声を発する。
そして少女の背後に集結する複数の人影が、少女の掛け声に答える。
「「「おう!」」」
少女―――シャルロッテチェインが内幕を大きく開き、眩しいくらいの光が彼女を包み込む。
光の先には大きく開けたドーム状の空間。
中央には大きな円形のステージが設置しており、その周辺を囲む様なカーブ状の壁。
ステージの上空には、かなり高い位置に設置されたブランコと、ステージを横断する一本の綱が備え付けられている。
そして壁の奥には中央のステージを一望出来る百席の観客席。
そこから、割れんばかりの盛大な歓声が響き渡って―――。
「………来ない」
割れんばかりの歓声どころか、閑古鳥も気遣って鳴く事を躊躇する程に閑散とした空気で満たされていた。
「どうして…どうしてなのぉ!?」
少女はその場に膝から崩れ落ちた。
被っていたシルクハットがブリムの形に倣って地面を転がり、愕然とする少女の背後に立っていた男の足に当たって静止した。
男はシルクハットを拾い上げ、付いた土埃を払い落として、再び少女の頭に優しく被せた。
「大丈夫か、チャチャ?」
男はシャルロッテチェインを“チャチャ”と愛称で呼び、優しい声音で頭上から語りかける。
少女・チャチャは涙を溜めた潤んだ瞳で男を見上げる。
「お兄ちゃん…」
「ホラ?」
男が差し出した右手に、チャチャも左手を乗せて立ち上がった。
チャチャに「お兄ちゃん」と呼ばれた男―――ジェンヌクローこと、愛称・ジェーンはチャチャを立ち上がらせ、肩をポンポンと優しく叩いて励ます。
「ありがと…」
「まぁ、何だ…。正直、初日なんだからこんなモンだろうと思うぞ?」
「そうかもしれないけど…」
チャチャはジェーンの慰めの言葉を受け、「それでも…」と落ち込んだ顔で会場を見渡した。
赤色を基調とした大きな天幕。
白色もあしらった赤と白のボーダー柄のテントは、昼夜問わず薄暗い地獄の野外でも一際目立っていた。
しかし、その派手さとは裏腹に、テントの中は閑散としていて物悲しい。
「はぁ~~~。宣伝も結構頑張ったのになぁ…」
「気にはなるけど金を払ってまで見る価値があるかどうかって、他人のレビュー待ちなんだろ」
「初日で0人じゃレビューしてもらえないじゃーん!」
チャチャの悲痛な叫びが、閑散とするテント内に虚しく響いた。
「うぅ…。パパにも無理言って設立費用出してもらったのに…」
落胆するチャチャの脳裏に過る、約一年前の父との通話での内容。
『地獄にサーカスだって? それはなかなか素敵なアイディアじゃないか! パパ―――ゴホンッ…私も力になろうじゃないか! 大手スポンサーに名乗り出よう! 初日の公演の成果を是非聞かせておくれよ私の愛しい子!』
『陛下。落ち着いて下さい』
父の甘えた声と、恐らくその近くで通話の内容に聞き耳を立てていたであろう側近の女性のクールな声がスマホ越しに聞こえて来たのを覚えている。
チャチャの実父―――地獄の王・サタンラースはある時、彼は神に対して反乱の意を示し、堕落して、地上より更に深い場所に地獄を作った。
何故神に対抗したのか、その理由は聞いた事が無いし、聞こうとも思わなかった。
天国に恨まれ人々に恐れられる存在だったとしても、チャチャにとっては何処か情けなく身内に甘々な、優しい父親なのだから。
だからこそ、そんな父が応援してくれていたこのサーカスと娘の記念すべき晴れ舞台を最高の形で届けたかった。
なのに…。
「どうしよう…パパをガッカリさせちゃうよ…」
「チャチャ」
優しい声音のジェーンは、再び目に涙を溜めて俯くチャチャの肩を優しく支えた。
「何事も最初は思った通りにいかないもんだよ。寧ろここからどう巻き返すかの打開策を講じなければならない。これから忙しくなるんだから下向いてる場合じゃないぞ」
「お兄ちゃん…」
「つーかサァ? いっその事最初っからこんなデケェ所で構えてねぇで、色んな所でゲリラパフォーマンスとかした方が良くネ?」
そう言って会話に入って来たのは、オレンジ・緑・白の色合いの派手なピエロ衣装を着こなした細身で小柄な男だった。
「アニー。それなら前に皆でやったじゃない?」
「アァ。地獄門の前と旧ハデス領の二ヵ所だけ。それも月に一度やれたかどうかって感じナ?」
「だってぇ…。早く開演したくてパパに相談してから一年間で土地の買取からテント設置に必要物資の調達に演目決めに集客の為のチラシ作りにSNSでの宣伝告知拡散作業! とても野外でパフォーマンスしてる暇がなかったんだもーんっ!」
そう頭を抱えてチャチャの悲痛の叫びが再びテント内に響く。
その様子を呆れた様子で見守る団員達。
「そ、そもそも……一年で全部終わらせようとしたの、が…間違い…なんじゃ…?」
頭髪半分が角刈りでいかにも柄が悪そうな見た目に反した小声で控え目に正論を言う高身長の男。
そんな男の高い背中に飛び乗ってしがみ付き、肩から顔を覗かせるアニー。
「ハッハー! オミーちゃん大正論! 流石はオレちゃんの弟!」
「あっ、ありがと、アニー」
ガリガリで小柄の道化師のアニスライトこと、アニーと、その実弟にして一見柄の悪い高身長の猫背男のオムニダークこと、オミー。
兄のアニーに褒められた事が嬉しいオミーは青白い顔をほんのり赤らめて終始困った顔を少しだけ嬉しそうに歪ませた。
しかし対照的に、今度はチャチャの表情が悔しそうに歪んでいき…。
「んもー! 言われなくても分かってるもーん!」
自分でも十分理解している事だった。
だからこそ、そこを指摘されてしまったチャチャは酷く荒れた。
オモチャを買ってもらえなかった子供の様に地面に寝転がって手足をバタバタ振り回している。
チャチャは地獄の住人であるために人間が数えるのと同じ年齢を当てはめてしまえば優に数百歳を超えている。
それでももっと前から地獄で生まれた彼等に比べれば子供と言っても過言ではない。
そんな姿を見て、他の団員達は更に呆れた視線を自分達の団長に向けるのだった。
ジェーンは「やれやれ…」とった感じで苦笑いを浮かべて、駄々っ子モードのチャチャを抱き上げて背中の土埃を叩き落としてやった。
起き上がっても不服そうな表情のままのチャチャ。
そんな中、集まる団員達の背後からひょこっと顔を出し、膨れっ面のチャチャの隣に寄り添う小さな影。
「まーまー、チャッチー? もう少し様子を見てみようじゃないかい? 初日のショーも開演してまだ数分しか経ってないんだよ? 今からでも外回って宣伝したらきっと明日はお客さん来てくれるさね!」
チャチャを更に別の愛称「チャッチー」と呼んで元気付けようと声高らかに提案を持ちかけた団員の一人。
団員一の最小サイズ+童顔の見た目でありながら誰よりも最年長の女性・マチルダハートこと、マッチ。
彼女の回りには必ずと言って良い程に手懐けた地獄の魔獣達が側に居る。
その中でも一番無害そうな小型の魔獣・キキ。
見た目は現世のリスザルにそっくりなキキはチャチャの肩に飛び乗って、その膨れっ面を宥める様に自らの頬を擦り寄わせる。
その愛らしさには、チャチャも思わず表情を緩ませた程。
「……うん。そうだよね! ここから文字通りの『ゼロからスタート』! 最初から何もかも上手くいってたら逆に不安だったかもしれないもんね!」
「その意気さね!」
「うわ単純」
「しー」
元々前向き思考なチャチャがマッチのお陰でペースを取り戻した。
しかしながら、可愛い生き物に絆されて開き直るその様に、アニーが歪んだ笑みを浮かべつつ躊躇無くツッコミを入れる。
折角調子を取り戻したチャチャのペースを崩すまいと、空かさずジェーンがアニーの口を塞いだ。
その時、突如ジェーンの肩にズシッと負荷がかかった。
長い袖のライダースーツの袖から伸びる骨張った男の手。
肩に乗った重さは何者かの腕だった。
180センチの高身長のジェーンの肩にも容易に腕を乗せられる程の背丈の男。
ジェーンは特別に驚く様子も無く、自分の肩に腕を乗せる男の方に視線を向けた。
正確には視線だけしか向けられなかった。
顔ごと横を向けば、そのまま腕を乗せて来る男の顔とゼロ距離でぶつかってしまうから…。
と言うか、寧ろそれを狙って男は顔を寄せて来ていた。
「んで、結局この後どーすんの? その辺で簡単にパフォーマンスすんなら俺のバイクじゃ無理よ?」
「うーん、そうね。ゲリラパフォーマンスとは言え街中でバイク乗り回す訳にはいかないよねぇ…」
「なら俺はお留守番しとくぜぇ」
軽い感じでそう言うライダースーツ姿の男・エドワードスモークこと、エディはジェーンの肩に腕を乗せたまま、更に顔をジェーンの顔に寄せて来る。
連動する様に顔を逸らすジェーン。
そんなのお構い無しに密着してくるエディの顔は、露骨に嫌がっているジェーンの反応を楽しんでいる様に笑みを浮かべていた。
「なぁ、ジェーン? お前も残って俺と遊ぼうぜぇ。サービスするからよぉ?」
「結構だ。遠慮するよ」
甘ったるくジェーンの耳元で囁くエディの誘いに対して、対照的に塩っ辛くキッパリと拒否するジェーン。
するとエディはあっさり顔と体を離して「ざ~んねん♪」と楽しそうに笑った。
本来ならギョッとして周囲が気まずくなる様な光景だが、このサーカス団の中では既に見慣れた光景だった。
「はいはい! それじゃあ今から宣伝しに各所パフォーマンスしながら向かいます!」
手をパンパンッと叩いて団員達の気を引き締め直すチャチャ。
その姿はさっきの駄々っ子と打って変わってサーカス団団長としての威厳に満ちていた。
「パフォーマンスメインはアニオミブラザーズの曲芸! 小道具バンバン使ってお客さんの関心を惹き付けて!」
「ラジャッ」
「お、おー…!」
「盛り上げ要因と集客でマッチとお兄ちゃん! 可愛い魔獣達の愛らしさとサーカス団の良さを観に来たお客さんにバンバン広めてって!」
「あいさ!」
「分かった」
「エディは看板持ち! サボるの禁止!」
「ハハー、俺の扱いウケんねぇ…」
約一名だけ不服そうだが、そんなのガン無視してチャチャ団長は右手の拳を天高く突き上げた。
「さぁ、行くわよ!―――『地獄の曲芸団』!」
「「「おぉー!!!」」」
そうして、たった六人だけの悪魔のサーカス団一行は、奇々怪々と愉快痛快に地獄の街中へ溶け込んで行った……―――。
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