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追憶4

「お前にはがっかりしたそうだ」

「は?」


 ランスのにやついた言葉に、アルフレッドは心当たりがなさすぎて素朴な疑問符を返した。


「フローラ嬢のことだよ。難攻不落なアルフレッド様のハートを誰が射止めるのかって皆が興味津々だったのに、あんな分かりやすい女に引っ掛かるとはって、学園中の女生徒ががっかりしているらしいぞ」

「馬鹿馬鹿しい」

「そうか? オレも興味ある。なんで急に誘いにのったんだ? 前から粉は掛けられていただろ? 全く相手にしていなかったくせに」


 ランスは不思議がって言うが、デビュタントを終えたならば、結婚相手を探し始めるのは通常のことだ。先日同じことを父にも言われだが、元来疑問を抱かれることではない。


「将来のことを考えたら当然だろう」

「家の為ってことか? それなら見合い話がいくらでも来るだろう」

「……自分で見つけろと言われたんだ」


 アルフレッドは面倒くさ気に答えた。父は、あの後も「いつか運命の人が現れる」と夢見る乙女みたいなことを言い、アルフレッドの見合いを勝手に断り続けている。


「それで手っ取り早く言い寄って来た相手を選んだのか? 安易過ぎないか?」


 女性問題で身を滅ぼす人間は少なくない。フローラは、誰が見ても派手好きで男好きだ。金持ち狙いなのがバレバレで、それでも籠絡される男がいるのは、容姿が愛らしく、豊満な身体を持ち、人を持ち上げる話術に秀でているから。しかし、家の為に結婚するならば、もっと貞淑で爵位の高い女性である方がよいのは明らか。アルフレッドがフローラに入れ揚げているとは思えないので、ランスにはわざわざ問題を起こしそうな相手を選ぶ意図が分からなかった。


「愛とか恋とか求められても困るからな。多少割を食う相手の方が公平だ。あいつなら、そういうことは自由に外で済ますだろう」

「変な所で公平を求めるんだな」


 ははっと声を上げて笑うランスに、アルフレッドは冷めた視線を投げた。何一つ面白くない。こっちは大真面目なのだ。

 アルフレッドは、


「俺は他に好きな女がいる。お前のことは愛せない。この結婚はただの契約だ」


 などと、三文芝居のような台詞を吐くつもりはない。ちゃんと相手の度量を確認して、人として最低限の礼を失しないやり方で進めようと思っている。

 だから、フローラに誘われた時、取り敢えず了承してみた。何度か食事に行き、夜会にエスコートした。フローラは、流石に手練れであるから、ドレスも宝石も物を強請るのが上手かった。女性に免疫のないアルフレッドは分かりやすい明け透け感が逆に楽であった為に、しばらく関係は続いた。

 フローラとは学園の生徒会で知り合った。役員は成績順に選出される。つまり、フローラの頭は悪くない。公爵家に()してもらうには、まるっきりの馬鹿では困る。アルフレッドがフローラの誘いに応じた一番大きな理由だ。その上、フローラは強かさと狡猾さを兼ね揃えている。良し悪しは別として貴族社会でやっていく素質はあると判断した。だが、あまりに欲望に忠実で、裏表が有りすぎる。高位貴族には良い顔をするが、下位貴族の、特に令嬢を見下げている態度に、フローラが「公爵夫人」という称号を得たらどうなるか、が暗に想像できた。しっかり教育すれば良いのかもしれないが「何故そこまで」とアルフレッドは思ってしまった。贅沢して、外に男を囲って、好きに生きる。フローラにばかり利がある気がしたのだ。冷静に考えれば「妻に遊び歩かれる男」とレッテルを貼られるなど御免蒙る。もし自分が心底フローラに惚れていて、傍にいてくれるならどんな我慢もする、と切望するなら話は別だが。例えば、相手が……と考えてアルフレッドは思考をやめた。しみったれたのは嫌だったから。兎に角、フローラでは、条件を満たせないとだけ結論づけた。



 フローラと別れて以降、しばらく特定の誰かを選ぶことはなかった。

 アルフレッドは正直、別にリリーに操を立てて「誰も好きにならない」と決めたわけではない。好きになれないから仕方ない、と感じているだけだ。夜会に出席して、誘われるままダンスを踊り、談笑した後は、自分を慕ってくれる素直で優しい令嬢と共に歩んでいけば良いのではないか? と何度か思った。だが、実際デートをしてみると、まるでしっくりこない。やはり好きになれる気がしない。だから、結局、当初の予定通り契約結婚してくれる女性を見つけるしかないと思っていた。

 そんな中、出会ったのがバッカリー伯爵家の次女エドナだ。ある夜会で、ダンスの誘いから逃げるため、人目のないバルコニーに避難したときに出会(でくわ)した。二人の出会いはお互いに僥倖だと言えた。利害関係が恐ろしく一致していたからだ。

 エドナは長年冷遇されていた片思いの相手に見切りをつけ、うまい具合に別れる算段を模索している最中だった。


「子供の頃にお嫁さんにしてくれるって言った約束を、私がずっと本気にしていただけ。だから本当は別れるも何もないんだけど。ただ、家族ぐるみの付き合いだから、色々柵があるわけ。向こうは外堀を埋められてるみたいで、それも嫌だったんだと思う」


 エドナは淡々と語った。

 アルフレッドは、その男と別れたとして、失恋の傷が癒えれば他に好きな男ができる可能性を懸念した。なにせエドナは自分と同じ年だ。その時、アルフレッドは十七になっていたが、それでも十分に若い。自分と契約するのは時期尚早ではないか。尋ねると、


「それは貴方も同じでは?」


 と返された。自分とエドナでは全然違うだろう。しかし、アルフレッドが食い下がると、


「わたしも、他に誰かを好きになれる気がしないの。でも、自分を削ってまで、あの男の傍にいる気はもうない。あいつはそれだけのことをしたから」


 と苛々と返された。そのエドナの心中に迷いはない気がした。あいつがした「それだけのこと」というのが、ケーキをやったやらないに起因していることだけは、理解できなかったけれども。

 そんな経緯で、契約結婚の約束は交わされた。周囲に怪しまれないように、まずは定期的にデートすることから始めた二人だった。が、関係は長く続かなかった。

 結論を言えば、エドナが件の男と元鞘に収まったからだ。エドナは「今更だ」と言って全く相手にしなかったが、紆余曲折あり最後はアルフレッドが説得して仲を取り持つ形で終結した。アルフレッドはエドナに対して恋愛感情はなかったが、契約結婚の相手としては申し分ないと認識していた。だから、


「一度約束したんだから、ちゃんと守る。約束は守る為にあるんだから!」


 と、頑なに自分との契約を履行しようとするエドナに従い、そのまま結婚しても良かった。エドナは、曲がったことが嫌いで変に潔癖症なところがある。アルフレッドが素知らぬふりを通せば婚約は成立したはずだ。しかし、エドナの本音を推し量ると見過ごせなかった。手にあったものを失った相手の男が情けなくて、自分や父に重なった部分もある。途中から男の味方をしたので「裏切り者だ」とエドナには随分責められた。だが、面倒くさく、利にも、得にもならないことに骨を折った一番の要因は、エドナの性格が、少しだけリリーに似ていたから。幸せになれるのならなったら良いのじゃないか、と思ったのだ。

 その後、パワーバランスが完全に逆転したエドナとその男は、めでたく正式な婚約を結んだ。アルフレッドには、理想の結婚相手の代わりに変な女友達ができてしまった。

 


 

 ぼやぼやしている間に、デビュタントから二年が経過した。契約相手は見つからないままアルフレッドは面倒くさくなって、ランスに丸投げという暴挙に出ていた。


「俺が将来の公爵夫人を選ぶのか? 正気かよ。なんでそんなにやる気ないくせに、結婚したがるんだよ」


 ランスは半分呆れて、半分面白がって、適当に聞き流していたように見えた。が、一ヶ月ほどして、


「見つけてやったぞ」


 と、突然話を振ってきた。

 アルフレッドが出した条件は、忘れられない男がいるが決して結ばれることはなく、しかし、家のために結婚しなくてはならず、仕方なく相手を探している貞淑で真面(まとも)な女性、だった。エドナの失敗があるから、できれば相手の男には死んでいてほしい、などと不埒極まることを考えていた。しかし、ランスは、


「相手は生きているが、男じゃない。女性だ」


 と予想外な言葉を告げた。残念ながら我が国は同性婚を認めていない。その隠れ蓑に契約結婚するケースがあるという。その発想はなかった、とアルフレッドは初めてランスを手放しで誉めたくなった。詳細を聞くほど、まさに願ったり叶ったりの相手と言えた。


「乗り気なら会う段取りを整えてやるよ」


 とランスは続けた。

 しかし、その相手とは結局会うことはなかった。アルフレッドが直前で断ってしまった。ランスの顔を潰して、大きな借りができてしまい、リリーのことを洗いざらい白状させられた所以だ。



 人生とは本当にどう転ぶかわからない。

 その事実が、アルフレッドの耳に入ったのは、オーウェン家の領地を分割統治している貴族達の集まりの場だった。

 次の誕生日がきたら侯爵位を授爵する。

 父は当分隠居などしないが、仕事はきっちり振り分ける気らしい。卒業間近になると、モラトリアムの最後を謳歌するため遊びまくる、という習わしがある。だが、アルフレッドは父について既に仕事を始めており、叙爵後は、四つある領地のうち、一つを管理するように言われていた。それで初めて領地内の貴族達が一同に集まる定例会に参加することになった。

 オーウェン公爵家主催の豪華な舞踏会だ。

 次期当主に取り入りたい貴族は多い。こぞって参加者達がアルフレッドを取り囲んだ。そんな中、幼い頃からの付き合いがあるアマリエ伯爵とその入婿のレオナルドが、他の貴族達に比して、アルフレッドと親しくするのが気に食わない者がいた。ウェスリー領のルドルフ伯爵だ。兼ねてからアマリエ伯爵と対立関係にある。人前で恥を掻かせるつもりで、


「リリー嬢の婚約解消の件、残念でしたね」


 と唐突に告げた。

 婚約解消は事実だ。しかし、今この場で話題にすることではないだろう。ルドルフ伯爵の意図が明確に伝わった。周囲からも好奇の視線が集まってくる。この手の話はどうしたって面白可笑しく尾鰭が付く。品性に欠ける連中は相手にしないのが一番だとアマリエ伯爵は「えぇ、そうですね」とだけ答えた。だがもし、続けてリリーを貶める発言をしたら応戦する腹は決めていた。


「それ、何の話ですか?」


 しかし、口を開いたのはアルフレッドだった。リリーが婚約解消をしたのは二週間前。アルフレッドは王都へ移住して以来、リリーとは交流がない。アマリエ伯爵は、アルフレッドと会うこと自体久しぶりであり、定例会初参加の祝いの席で口にする内容ではない、とまだ直接は何も伝えていなかった。


「いやー、それが酷い話なんですよ。なんでもご友人に婚約者を寝取られたとか。あんなに仲睦まじかったのに驚きました。いやはや人というのはわからないものですね。しかし、そういう男は結婚しても外に女を囲いますから、むしろ、結果的には良かったのではないですか?」


 ルドルフ伯爵は、にやついた思いに蓋をして慰めるような口振りで語った。あまりに下劣な発言に、


「それは、」


 事実無根だ、と主張しようとするアマリエ伯爵の声に被せて、


「それは本当ですか?」


 とアルフレッドが尋ねた。邪魔されたアマリエ伯爵はアルフレッドに強い視線を向けたが、その表情にはっとなった。アルフレッドは喜怒哀楽が抜け落ちて人形みたいに冷めて見えた。火は赤より青の方が熱い、と何処かの学者の台詞がアマリエ伯爵の脳裏に過ぎった。


「まさか。そんなわけありません。アルフレッド様もご存知の通り相手はアーサー卿ですよ。義妹は友人を救うために、婚約解消を自ら申し出たのです。アーサー卿とは元々兄妹みたいな関係でしたし、本人が望んだことです。義妹を知る近しい者なら、皆、誉に思っています。勝手な憶測はやめて頂きたい」

 

 アルフレッドに気を取られているアマリエ伯爵の代わりにレオナルドが割って入ると、

 

「そうだったんですか? これは失礼しました。いやはや詰まらない噂を真に受けてお恥ずかしい。しかし、火のない所に煙は立たないと言いますからねぇ」


 とルドルフ伯爵は「そんな風に取り繕って」と言わんばかりに(あざけ)て笑った。ルドルフ伯爵にもリリーと同じ歳の娘がいる。子を思う親の気持ちが分からないわけではないだろうに。むしろ、それを理解して言っているから始末に悪いのだが。

 アマリエ伯爵とレオナルドは、温和な性格が災いして、ルドルフ伯爵に対抗する嫌味ったらしい言葉が瞬時に出てこなかった。激しい憤りが腹底で膨れ上がる。だが、それは直様すぐさま消えた。さっきとは打って変わり、アルフレッドのギラつく侮蔑の眼差しがルドルフ伯爵を刺したから。


「あ……」


 という情けない声がルドルフ伯爵から漏れる。いくら次期公爵家当主といえアルフレッドは年下の若造だ。長年貴族社会で生き、本人を前に悪びれもせず醜聞を語る腹黒い男を、一瞬で恐怖させるほどの憤怒。ルドルフ伯爵は、アルフレッドの怒りの理由は分からなかったが、拙い状況であることは悟った。掌返しにあれこれリリーを褒める発言をし始めたが、逆に場を白けさせた。結局、ルドルフ伯爵は、そそくさとその場を去った。アマリエ伯爵とレオナルドは、アルフレッドとリリーはすっかり疎遠になっているのに、それでもこんな風に怒りを露わにしてくれたことに感銘を覚えた。一方、アルフレッドは、感じの良い公爵家の次期当主の顔に戻り、


「珍しいワインを用意したんですよ。是非ご賞味ください」


 と何事もなかったように話題を変えた。そして、その後、定例会は問題なく終了した。

 しかし、アルフレッドの内心はずっと怒りに揺れていた。ただ、それはルドルフ伯爵に向けられたものではなかった。昔からこんな時、アルフレッドの苛立ちの矛先は理不尽に一点に向かうから。リリーを憐れむ気持ちも、悼む感情も、だったら自分にチャンスがあるんじゃないかと浅ましい望みを抱くこともなく、ひたすらに思っていたことは一つだけ。


 下らない馬鹿に舐められて、妙な噂を立てられてるんじゃない。

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[一言] ああ、潔癖なアルフレッドが好き!この美しい清々しい少年らしく純粋さが何度でも共感できて感動する
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