9 七草を探そう かぶ(すずな)採取編 新たなる出会い
春の七草集め、いよいよ最後の1つを探しに行きます。
かぶ(すずな)採取編ー
ー前回のあらすじ。
七草を食べないうちに、地上の食べ物を食べると天界に帰れなくなる。
地上に咲く七草が、天界人が地上のご飯を食べても良い体質に変える薬草と知り、直ぐに天界に帰りたくないゆいは、ロッチ(ウサギ)と龍の力を借り、7草を探すことにする。
そしてゆいは6草目の大根を親切な農家さんに分けてもらった。
ゆいは、空腹をがまんし、すずな(かぶ)を探しに次の地に向う。
ーーーーーー
現在、採取した七草
○ほとけのざ(コオニタビラコ)
○なずな
○はこべら(ハコベ)
○ごぎょう(ハハコグサ)
○せり
○すずしろ(大根)
✕すずな(かぶ)
✕は、まだ採取して無いもの。
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右の脇腹が空腹で痛くなったが水を飲めば何とかなる。ゆいはそう思い、龍の背に乗りながら次の目的地へと急がせた。
ウサギのロッチは龍の背に乗るのも大分慣れたのか、くつろいだ様子でロッチはゆいを心配そうに見ながらもタンポポを食べていた。
『食べなきゃ力も出ないよ。こ‥れ‥‥でも食べて。』
名残惜しそうに黄色のタンポポを両手に掴み、片方の手でその内の1本を取りながら、ゆいに渡す。口から少しよだれが自然と出てくる。
「‥いらない。」
食いしん坊‥優しいな。と思いながらぶっきら棒に返事をした。空腹はゆいの普段の優しい言葉使いを遠ざける。
『そう?』
頭をを不思議そうに右に傾け、器用に立ちながら持っていた黄色のタンポポの花を美味しそうに食べ、次に葉と茎も齧っていく。《サクサクポリポリカリカリ。》美味い〜。
ゆいは、ロッチの頭を自分の首の辺りに抱き寄せ、龍の首にしがみついた。
(あと1つ集めれば‥揃う。龍は一度食べれば暫く食べないでも平気だったし、ロッチは季節が春なので草は沢山あり食事には困らない。問題はわたしの食事だけ、わたしさえ我慢すれば二人にも迷惑かけないですむし、すぐにかぶを見つけて食べれば大丈夫。)
そう思っていた。
次の目的地に龍に連れてきて貰えば、かつてかぶを植えていた人がいたらしき場所にはどこを見渡しても人が見あたらないー、一面の花畑に変わっていた。
紫色のラベンダー畑、それは見たことも無いぐらい幻想的で、ゆいはその花畑の美しさを見て嬉しさのあまり空腹なのも忘れてその場で両腕を真横に広げクルクルと回転した。
気持ち的にはラベンダー畑にそのまま回転した後倒れてみたかったのだが、お花が可哀想なので我慢した。ゆいは、花に鼻孔を寄せて匂いを嗅いでみた。
「いい匂いー!」
「ロッチには少ぅし臭いがキツイかも。」
眉間の髭をピクピク動かし鼻でスンスンと匂いを嗅いだ。コレは食べられないな。
その間も、タンポポは道の路肩に沢山咲いていたので、ロッチは見つけるたびに美味しく食べていた。
龍は念の為に姿を消していたが、空を飛ばずに地面を這っているようだ。その証拠に土に通った足跡が出ている。無駄に蛇行している地面に出来た線が気になるが‥‥。ゆいの真横をゆっくりと並走しているようだ。
『ふんふふん。』
龍は、ゆいとの地上での散歩にウキウキしていた。
ゆいは、腕を組みながら、
「う〜んお爺ちゃんになんて言い訳しよう。お爺ちゃん、昼ご飯間に合わないから。もう気がついてるかな。あっ、おみやげにこっちのお花を持っていったら喜ぶかな?でも、無断で家から出たのがばーれるー。何から話そう‥うーん‥。」右手で顎をつかんだり、首を傾けたりしながらブツクサと言う姿は遠目では独り言をしているかのように見えたことだろう。
ゆいは、無断で家を出てしまったことに、何かいけないことをしているみたにチクチクと胸が痛くなった。
何となくウサギのロッチを胸に抱き上げ、モフモフ感を堪能したあと。ふーっと息を吐いた。
お爺ちゃんにロッチも紹介出来れば良いけど。
七草が集まったらもしかするとお別れなのかな。考えると何だか悲しくなってきた。
何気なくロッチの背中を撫でていると
『あの‥毛づくろいをして頂けるのはありがたいんですけど、もう少し食べ物を食べたいなーと。』
と口をモフモフ動かしながら話かけてきた。
「仕方ないな。」
といいつつ道端に咲く花を手折ろうと手を伸ばしかけたが止めて、ロッチを地面に降ろす。
ロッチが食べ始めたのはヒメジョオン
小粒の花で小さな菊の花と言う感じの花だ。
少し食べたあとお気に召さないのか、別のを食べ始めた。
暫くロッチが食べているのを見ると、少し遠くの山に生き物が見えた。何かいるみたいと龍に言うと、龍がゆい達を背中に乗せて近づいた。生き物は体長1.5m位の熊で、近くに行くとゆいは突然ひょいと龍の背から降りた。
《ーッビクッ!!》
熊は突然の来訪者に驚いたようだ。
《グオー!!》
熊は驚いて右に左に熊手を振り回す。
ゆいは、一度も目を逸らさず熊を見ながら熊の体の中にある気の流れを見る。自分の身体の気の流れを常に感じ取れるゆいは、久しぶりの熊に少々興奮していた。
小さい頃ー
子熊とは、よく遊んだりした。
だが、大人の熊とは遊んだことはない。
《ヒョイ ヒョイ》
ゆいが右に左に動き、ひたすら風を切る音だけがロッチの耳には聴こえた。
ロッチは、足の下に龍がいるから逃げ出さないでいたが、熊よりも強そうな龍が足下にいなければ通常なら目の端に熊を捉えた瞬間に逃げだしていたであろう。
ロッチは龍の上からゆいを見ていた。
ゆいは、熊の攻撃を避けている、何故か避けられる。寸での所で柳がしなる様にヒラヒラと避けている。
右に斜め上から来る!と思えば熊の右肩に移動し
左斜めから熊手を振り下ろせば後ろに回る。
いつ熊の爪で引き裂かれてもおかしくない。
ロッチにはそんな状況に見えたのだが、龍は身動きもせず金色の瞳で静かに達観していた。
その時、龍は倒れた時のゆいを思い出していた。
『暑くないか。‥‥暑いよな。』
不意に龍がそんな独り言を言うと、
『ぐわーワワワ落ちるー!』
龍はロッチを背に乗せたまま急に体を上昇させると、龍の背に爪を立てているロッチに気にも留めないで、小川まで翔んで行った。
《ガブ!》
久しぶりに怒ったロッチは、鋭い前歯で龍の首辺りに噛み付いた。
龍は、優雅に小川の浅瀬に舞い降りるとロッチの噛みつきにも気にも留めずにゴクゴクと透き通る小川の水を飲み、沢山の水を一度に口に含むと、ロッチを背に乗せたまま再び熊とゆいの真上まで飛行して来た。
《ドグバァ〜。》
と口の中から大量の水をゆいに掛けたが、熊にも掛かった。
熊は呆然自失
ゆいも動きを止めた。
「‥‥ぷっ‥あはははははーっ!」
ゆいは、服が濡れた事にも気にもせずに、突然笑い声出した。
龍に今だに爪を立て必死にしがみついているロッチはビックリした。
「クックッククマが困っただってー! あはははははー。熊がー!」
ゆいにしか分からないツボに、自身で嵌まり絶叫した。
熊はでかい声が苦手。
「クックック‥んっ、ほっぷぅーっっ。」
ゆいは笑いを堪らえつつ‥笑いつつ。
ゆいは熊に空かさず腰を入れながらジャンプし、拳を顎にヒットさせた。
《ズズーン。》
熊は倒れた。
ーーーーーーー
△ほんの一幕
龍はゆいを心配していた。また熱中症にならないかと。それで、小川に行きゆいの頭に水をかけてあげた。熊はとばっちりである。結果的にいきなり始まった戦闘は、思わぬ形で早く決着がつきはしたのだが。この戦闘が長引けばもっと違う形で深く熊と仲良くなれたに違いない。
ゆいとしては、道を聞こうと思い考えて近づいた。ただ、初っ端から熊との距離感を誤ってしまった。
ゆいにはこれまでの経験上動物は本能で動くので、強者になればこの場合話を聞いてもらえるという算段があった。
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『うっうーん。』
熊は起きると、周囲を見渡した。
葉っぱの団扇で熊を扇ぐゆい。
「気がついた〜?」
『はっ!』
《ペチッ》
直後に熊の額を右手中指で弾くゆい、
「んっだめだよ。仲良く‥しよう。」
『なっ? 何をするんです!』
「んっふっふー。」
口元を両手で抑えながら、
「もうおっ友達ーだよね。ダジャレを言う仲だもん、ダジャレを言うのはダジャれ〜!なーんて。ウププププ。」
『『『‥‥‥‥‥‥‥。』』』
ロッチは、半ば戦々恐々としながらも思った、この子は少し空気の読めない変な子供ではないかと。
目をパチクリした熊。
《今、一体全体何が起きたのかが分からない》
と熊は内心思っていたが、そうとは言わずに、
『ふぅー。敵意は無いことは分かりました。しかし、あなたに一撃も与えられませんでした。降参です。‥今後、あなたとこの縄張り内では争いません。』
と少し疲れた顔で笑ってみせた。
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ゆいは熊にこれまでの経緯を話そうとしたが、
突然
《ぐぅ~ぐぐぅぐぅ~~ぐぐぅ》
ちょっと休めば大丈夫、とは言えないぐらいにお腹の虫が泣いた。右の脇腹の痛みは水を飲めばなんとか収まったが、今は手元に水がないので、再びカエルの合唱のように、うるさい音が響いていた。
〈周りに気づかれてないよね。〉
ゆいはお腹を押さえると腹の虫が聞こえなくなると思い込み押さえていたが、周りに座っている面々にはよっぽどお腹が空いてるのかと心配させていた。
それで、最初に口火を切ったのは龍だった。
『この辺にかぶはないか?』
熊は突然ありえない所から声が聞こえびっくりした。
『えっ?』
振り返るとそこには、渋い声に似つかわしく無い可愛らしい真っ白なウサギが、器用に空気椅子で座っているような姿勢を保ちながらコチラを見ていた。(※空気椅子 椅子があるかのように座っている様に見せる様。)
普通なら今頃逃げているだろう小動物。
一瞬舌舐めずりをしそうになる程の可愛らしい愛玩動物に、熊は野生の本能で心とは真逆に体が硬直している自分に驚いた。
冷や汗が出てくる。身体の神経が警告を出し《逃げろ》と告げる。圧倒的強者から出るはずの威圧感。目の前のウサギからは到底出るはずのない畏怖、目では捕らえているはずの愛くるしい小さな餌と、その周囲から漂う何とも言えない空気の温度差。ギャップに、熊は戸惑い次の動作に移れないでいた。
そして、野生動物がしてはいけない空きを見せてしまった。
「ねぇ聞こえてる?」
《ビクーーー!!!》熊は体を瞬時に震わせ目を見開く。
その1動作で熊が怯えているのが一同には分かった。
「ねぇ大丈夫?」
間合いを取りつつも心配そうに首を傾け聞いてくる人間。
《ビク!!》
ふと前を見やるといつの間に同じ姿勢を保ち大分近寄っているウサギが目の前にいた。
実際には透明になっている龍の口元が熊の真ん前まで迫っていた。
勿論ゆいやロッチ(ウサギ)、熊には透明化により見えていない。
《‥‥すっ‥すまない、かぁぶ?とは何だ?》
冷や汗を大量に発汗し、動かなくなっていた頭をぼーっとしたままやっとこさで返事をした。
ゆいは、人間が育てているかぶの説明をしたが、この辺では見かけないと言う。2つ向こうの山の麓あたりに昔人を見かけたと、同じ熊仲間が話をしていた事を熊は話した。
「話を聞いてくれてありがとう。」
ゆいは、親切な熊に御礼を言った。
熊は、ゆいとウサギが去ったあと金縛りが解けた時の様にふぅ〜っと長い息を吐き、胸を撫で下ろした。
『母に昔教えて貰った通り、人間は怖い生き物だったんだな。あんなにまだ小さいのに一撃も当たらないなんて。大人の人間はきっと考えたくも無いぐらいに強いのだろう。』と予測した。
『それにしてもあのウサギは得体がしれない。滅多に見かける事が無いと言われている白ウサギとはあんなにも可愛いらしく弱々しく美味しそうであるのにその存在には恐怖すら感じた。美味しい物を得るのは険しい道のりなのかもしれないな。』
そう言いながら熊は、いつの間にかウサギを抱き消え去った人間の子供の残滓を探すかのように、ぼんやりとラベンダー畑を見つめていた。
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ーかぶ(すずな)採取編ー
ゆい達一行は、親切な熊に人間がいたらしい場所を教えてもらい、取り敢えず言われた通り2つ山を超えて、山の麓辺りを探す事にする。
ロッチは心配そうにしながら、ゆいが新たに積んでくれたタンポポの束を食べていた。
『‥‥‥これ食べない?』
ロッチは、一応聞いた上で黄色のタンポポの束を両手に掴みながら両サイドからタンポポを食べ、春の花をゆっくりと味わった。
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再び龍の背中に乗ったゆいは、龍達と2つ山を超える途中、遠い高い山の尾根の頂きにまだ雪が残っているのを見たゆいは思わず近づいて見たくなった。だが、先ずはかぶ(すずな)を探す事に専念すべきと思い直した。
それで、龍にさっきより低い場所を飛んでもらった。
今は、地上から300m位の高さを飛んでいる。不意に、ゆいは少し気になるところを見つけた。
その場所は、実際に目を開けて見るのではなく心の神眼で見れば、丸くシャボン玉の様に模様がある。真ん中は緑色だがその周囲は黒っぽい糸のようなグジュグジュした物が緑色の周囲を囲っていた。
心の心眼を解き目を開けて見ると、その辺りには背の高い草が生えて、その奥には雑木林が広がっていただけで、先程のシャボン玉の様な丸い物体はみえない。
「ごめん、旋回して!さっきの所気になる。」
なんだろ黒っぽい糸?あれは何。何の意味があるんだろう。
ゆいは、リュックを胸の前に掲げ中にロッチを入れていた。コレならロッチ(ウサギ)が集めた6草を食べないように見張れるし、ロッチは龍の上でも寒くなくて安心である。ぶるぶると震えるロッチも可愛かったが、それはお友達には失礼な話しである。
『この辺か?』
龍は、急旋回でゆいたちが落ちないように気をつけながら大きく旋回すると、先程の背の高い草近くまで飛んでくれた。
「この辺で止まって!」
空中で龍はゆっくりと止まり、龍はゆいの言葉を待つ。
指を指しながら、
「あの森の手前で降ろして、龍は草をなるべく倒さないように。」
『解った。』
龍は頷くと、ゆいを雑木林の手前で降ろした。大根は少量を風呂敷から取り出し、リュックにロッチと共に入れ、残りは風呂敷を背負う形で持った。少し重いが仕方がない。龍に持たせたら、風呂敷を枝に引っ掛けて破いてしまうかもしれないし。
《ザワザワ》
ゆい達が来ると何だか森が少しザワついた気がした。
「この森なんでだろ。何かお爺ちゃんの畑の空気に少し似て‥いる‥かな?」
首を傾げて森の奥に進んでいく。
パキッ
木の枝が折れる。
『この森は少し密生していて飛び(歩き)にくい。』
龍は体が大きいので歩くたびに木の枝を折ってしまう。
「うーん、少し小さくなれない?」
『少しならば。』
龍は体を少し小さくし、今度は器用に枝の間を通って行った。
雑木林を少し行くと短い緑色のシャボン玉の模様の巨大な膜の奥に草原が見えた。
「上から見た景色と違う?上からみたらここは、ずっと雑木林だった筈。」
膜は、目を開けていたら見えない、神眼でしか見えない壁である。
「結界‥‥?」
シャボン玉の膜のような目には見えない壁にそっと恐る恐る触れるように、右手を前に出しながら近づいて歩く。一瞬ポヨンとするのかなと想像してみたが実際はそんな感じすらせず、いつの間にか通り過ぎていた。
あれ?何なんだろう。
振り返り龍を見るが、龍も何事も無かったかのように平然と膜の中に入ってこちら側に来た。
「‥‥‥?」
首を傾げて短い丈の草原に足を踏み入れるゆい。
「??!!!!!。」
不意にリュックの中のロッチ(ウサギ)の顔を見ようとした所、平原かと思ったが草原がなだらかな斜面になっており。ゆいは、濡れた草に足を滑らせ草原を止まれずにロッチを抱えたまま無様にも地面に足をバタつかせ半ば落ちるかの様な速度で草原を駈けていく。
「‥うっー‥わーわーわわわわわわ!‥!‥‥‥!」ブッブッブレーキ!
心の体感時間約1分弱。
「はぁ〜。」
やっと止まりほっとして辺りを見回すと、村の広場らしき所にて立っていた。
そこは、見た所ススキを重ねて厚みを出した屋根に木で組まれた木造住宅が所狭しと並んだ、何とも情緒豊かな暖かみのある家々が連なった村である。ここは、丁度村人が集まる広場みたいな所だろうか。ゆいが入った所は広場から見ると少し高い所にあって、入口らしき道は見当たらなかった。村の裏手になるのだろうか。
ーーーーー
『ハッ ハッ ふっーっ。最近生きた心地がしーない。』
不意にロッチの声がした。頬に生えた髭をブルブルと震わせながらゆいが胸に抱えたリュックから顔を出したままそう言った。
『はぁー。さっきは熊そうだよ熊、いきなりロッチを乗せたまま空を飛んで水を飲むじゃない?ロッチも少し飲もうかと思ったら、イキナリ物凄いスピードで飛んだと思ったら気がつくと目の前に熊、ビックリしていたら龍のやつ段々と熊に近づいて行くじゃない?もしかしたら(熊)気がついていないかもと思うようにしてたけど、熊もこっち見てるし、何も無かったけど。何も無かったけど、何も無かったけど!もう!トラウマものだよ。』
ロッチは一気にまくし立て、思い出したのか体をブルブルブルと震わせながらそう言った。
『うむ、私も首に爪でずっと掴まれたがな。』
いつの間にかロッチの背後から声がした。
『ううっ、それは振り落とされない様に仕方無く‥‥。』ロッチは、リュックに首を縮こまらせながらそう言った。
ゆいはロッチを抱えながら見えないはずの龍に向かい合う。
『しまいに歯で噛みはしなかったか?』
龍は片方の目を少しすぼめ険しい顔をしてみせた。
『あっあれはその‥。』
シドロモドロになり目を泳がせながら龍に言い訳するロッチ。
「二人共喧嘩しちゃ‥め!」
二人の間に割って入り仲裁したゆいに背後から、
「あの‥‥だれ?」
「え?」
振り返ると、ゆいより少し背の高い男の子が、ゆいの5m先から話しかけてきた。長ズボンに長袖手首あたりに刺繍が施されている可愛らしい上着を着ていた。
「あっ。」
ゆいが、見回すと家の陰からまた1人今度は小さい子共が出てきた。
「かわいい〜!もしかしてウサギ〜。」
「うそ本当?ー可愛い!」
続いて腰まで髪を降ろしたワンピースの小さい女の子まで来た。
「どこの子〜?」
「どっから来たの?」
「うまそう。」
「え‥!だっ‥だめ!ロッチは食べちゃ駄目ぇ。」
「うまそうだからそう言ったんだよ。」
ゆいと変わらない背丈の男の子二人が、女の子の後からやって来てそう言った。
「唐揚げ。」
「肉団子。」
「串揚げ。」
「焼肉、うッシシッ。」
次々に美味しそうな料理を揚げ食べる気満々の2人。
「ひどい。ロッチはお友達なの。食べないでー。」
ゆいは、涙目になって抗議した。
この時突如と現れた子供達に、実はゆいは焦っていた。(囲まれた、囲まれた。ひゃ〜!)心の中はパニックになっていた。ずっとお爺ちゃん神様と二人で暮らしていたゆいは、人間の遊び友達がいなかった。初めて人間の子供に突然出会い囲まれて、
「触らせて〜。」
「おとなしい〜。」
「逃げないの?」
近づかれてロッチを取られないように、しかし内心は喜んでもいた。(ちっちゃい子ー。ぉ同い年の子供ー。)しかし、ゆいは思わず後ずさる。
「触る場合は、まずロッチに触っても良いですかと聞いてから。良いって言ったら触ってもいいの。‥グホン。」‥変な咳でちゃった。
「変なの〜、ウサギは話さないよ。」
「え?喋れるの?」
次々に矢継ぎ早に質問をしてくる子供達。
あセッあセッ焦りながらも、
「もっもちろん!ただし、ウサギの出す声は人間の耳には聴こえないから、耳に頼っちゃ駄目。」
少し最初の声のトーンが裏返ってしまったゆい。
「えっ!」
じゃあどう聞くのよとキョトンとした顔をして子供達は、お互いに顔を見合わせた。
『おい!お前らロッチを馬鹿にしてるのか?喋れるに決まってるだろ、お前達の尺度でものを考えるなよ!』
ロッチは眉間に皺をよせ口を開け威嚇した。
「かっわっいいー!」
「見て、見て!前歯二本ある長ーい。」
「こんな近くで、生きてるの初めて見た。」
『おい!そこのガキ何気に恐ろしい事言うなよな。‥‥なぁ‥ゆい、コイツらロッチを狙っているのか?食べな~ω⊿Λβ‥。』
段々と声が小さくなり、最後は口をムグムグさせ、何を言ってるのかわからない感じてゴニョゴニョと声が小さくなる。
「ん‥‥ロッチが怯えてるから怖い言い方しない!」
「かっわいいー。お口モグモグしてるー、お腹空いてるんじゃない?」
ロッチが一生懸命話しているが、何も聞こえない子供達はかわいい可愛いと、楽しそうにはしゃいでいた。
「あっ!そうだ!わたし家から野菜の切れ端取ってくる。」
「あっ。わたしもー。」
「俺もー。」
キャキャキャキャっ走っていく。
『コイツら、人の話し聞いてないな。』
眉間に皺をよせムッとするロッチ。
「撫でて良いですか?」
小さい男女の子供がその場に残っていて、恐る恐る聞いてきた。
ロッチに聞くと言うよりもゆいに話しかけているようだが、ロッチもゆいもその事には気がつかない。
『‥‥毛並みに沿ってなら良いぞ。』
「毛並みに沿って撫でてあげて。」
サワサワサワサワ。二人で変わりばんこに触る。
「フッカフカ〜!」
「モッフモフ〜。」
「おーい!野菜持ってきたぞ!」
1番背が高い男の子が戻ってきた。手にはキャベツの芯と、虫で穴空いた何種類かの葉野菜を両手に握ってきた。
「人参、人参食うかな?」
片手に人参を持ち、髪を腰まで伸ばした女の子も戻って来た。
「えっへへっ。みんなであげよ?」
パキッと人参を3つに折る女の子の言葉に、小さい男女の子供は目を輝かせて頷いている。
ロッチはされるがままに撫でられてはいたが、人参が近づくとまたたく間に食べてしまった。食べやすい葉野菜はあっという間に無くなった。
「はぁ、はぁ、はぁ。」
息を肩を切らしながら蔦で編んだ籠に野菜を沢山入れて二人で持って帰って来た。
「はぁ、はぁ、はぁ籠の野菜くず持って行って良いって。」
「はぁ、はぁ、いつも、土の肥料に埋めてるだけだから。‥‥‥いっぱい‥はぁ持って‥はぁ持って来たぜ。」
「悠大!悠助!」
「おぉー?すごー。」
次々にロッチに食べさせていた子供達、新たなる餌に嬉しさで悠大と悠助に掛けよった。
「うッわー、いっぱーい。」
「たっくさん。」
籠を持つ二人に、餌が手元に無くなった子供が近づいて行く。
「ワッショイ!ワッショイ!」
籠を半ば神輿のような状態で持ち、みんなが声をだしながら運ぶ。
ロッチをリュックから抱き上げ地面に降ろすゆい。
ーーーーーー
「たっくさん食べてね。」
「お腹減ってたのかな?」
「‥‥‥‥‥。」
いえ、こちらに来るまで沢山食べていました。とは、何となく言えないでいるゆい。
「けっこう食うな。」
「‥‥‥‥。」ほんとに。
「ねぇ、お腹壊さないかな?」
「野菜ばっかりで喉乾かないかな?」
『喉は乾きませんよ、何せ野菜の中に水分が含まれてますから。』
「あれ?今ウサギ、食べるのやめて返事したように見えた。」
「そうか?‥まぁ少しモグモグしてたけど。」
首を傾け疑問視する背の高い男の子。
「もしかして、今返事したんじゃね?」
「口の中の食べてただけじゃないの?」
髪を腰まで伸ばした女の子が返答をする。
「うっうん、間違いなく返事したよ。野菜の中には水分があるから今は大丈夫だって。」
ゆいは、ロッチの言葉を訳してくれた。
「まっまじか〜。」
「すっすごい。」
「素敵。」
歓喜で思わず手を叩く小さい子供。
ロッチを見ると、手に唾液をつけ毛づくろいを始めた。
何か、さっきよりお腹丸くなってないかな。食べすぎ?ゆいは少し心配になった。
「コラ!野菜、何勝手に持ち出してるんだい」
突然雷のようにお婆さんが怒鳴り込んできた。
「あっ。」
少女は驚いて声の方向を向く。
〈ビクッ!‥。〉
小さい男女の子供達は突然の剣幕に体を震わせた。
「妖怪ババァー。」
「鬼ババァ。」
二人の男の子は、構えて戦う姿勢を取る。
「えっ‥?こんな所にものの怪‥‥が?」
驚いてお婆さんを見るゆい。
「違う違う、悠大と悠助のお婆さんだよ。」
小声で、そっと少しゆいより背の高い男の子が教えてくれた。
「え‥‥。」
間違いに気づき顔が顔が赤くなるゆい。
(ひぇ~なんて失礼な事を呟いちゃった。)突然パタパタと手をペンギンのように上下させるゆい。
「ババァ、ちゃんとかぁちゃんに了解は貰ったぞ。」
「そうだよ、裏の納戸にあるの持って行って良いって言ってたよ。」
「納戸でもなぁ、母屋に続く扉の前じゃ無くて、裏の納戸の牛小屋の前の籠って言ってただろ。馬鹿が。」
「馬鹿って言うなよ!」
「そうだ!バカに馬鹿って言う方が馬鹿なんだ!」
「‥‥‥悠大、悠助。‥本当馬鹿だね。はぁーっ。」
っと溜息をつくお婆さん。
「「‥‥‥。」」
悠大と悠助はお互いを見やる。
「‥‥‥ほんと、妖怪ババァ。馬鹿って自覚はあるみてぇだな。」
どうしようも無いな。と肩をすぼめ、お婆さんを見る悠大と悠助。
コックリ、コックリ。ロッチは立ちながら船を漕ぎだした。
『ゆい、敵前で悪いが眠い眠いのだ。あまりに眠くて、あまりにも御馳走で理性が止まらなかったのだ。そのカバンに避難させて‥くれ。』
(じゃぁ食うなよ。)と内心ゆいは思ったが、そっと(睡魔に襲われ今にも倒れそうな)ロッチを抱きリュックの中に入れた。
「そこのあんた見たところ、ここの村の子じゃ無いね。どうやってここまで来たんだい、この辺にはここしか村は無いし、あるとすればずーと歩いたとしても、東に3山、北に1山あとは海を超えなきゃ駄目だし。南には花しか咲いてないしね。」
「あの、山のずっと向こうから来ました。雑木林を抜けて歩いてたら草原で足を取られて‥〈ぐぅ~ぐぅ~ぐぅ~ぐぅ~。〉」
腹の虫が突然鳴り出し、再び耳まで真赤になったゆいは言葉に詰まった。
「なんだい、お腹を空かせてるのかい、さっきそっちの馬鹿がそこのウサギにやったんで野菜は無くなってるんだがね。あんたどうしてくれんだい!変わりにそのウサギ、ご馳走してくれるのかい?」
『『「え‥?」』』
子供達はビックリしてお婆さんを見た。
「こーっの、ごうつくババァ!!やっぱり妖怪だったか、とうとう(みんなの前で)正体を現しやがったな〜!」
「ひどい‥。ほんとに妖怪だったの?」
小さい男の子が小さい声を出した。
「クスン。クスン。」
小さい女の子は泣き出した。
悠大は、
「そこのウサギは見かけに(お腹)よらずあんまり食べてないよ。‥えとっ。人参の葉っぱに、白菜の葉1枚、かぶの葉‥‥。」と弁明した。
かぶの名前が突然でて、
「え!! 本当ですか?かぶ?本当に‥?〈ぐぅぐぅぐぅ~。〉」
腹の虫にうるうると瞳を潤ませ、恥ずかしさから逃げ出したくなる衝動をグッとこらえたゆいは、目の奥が熱くなりながら、素直なお腹の合唱が再び鳴り響いて、お腹の音に鳴るな!と
〈ドンドン。〉
とお腹を叩いてごまかした。
「お婆さん、ロッチが食べてしまって。その変わりとは言ってもなんですが、すっすみません、大根を何本かあげますから、その上でかぶを少し分けていただけないでしょうか。」
背中の風呂敷を広げ大根をお婆さんに見せる様に広げた。風呂敷の中には、直径5cm(不揃いだが)長さ平均15cmの細い大根が30本余りある(間引きした大根なので細い。)大根が、びっしりと入っていた。一家族が暫く満足できそうな量はある。
「まあ!こんなに?」
お婆さんは、と両手を叩いて喜び
「これ、全部頂けるんだね!」
と聞いてきた。
ー追申ー
龍の口から出した水が掛かった熊は何故か他の動物に怖がられてしまいましたが、川で魚を採っているうちに臭いが取れ普通に暮らせるようになりました。
話しの区切りが良いと思った段階で投稿します。今更ながら、十二仔 ではなく、十二支にすれば良かったと思います。誰も読んでくれていなさそう。題名の変更の仕方分かる方いましたら教えて下さい。