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十二支  作者: 白猫の耳
旅立ち━━七草を探して
8/44

8 龍との出合い2 精霊との談話 決行

「やっぱり龍が動いてる。」


 確信はなかった。でも確かめずにはいられなかった。動いている証拠を掴むために2年費やした。実質写生21日目には特訓を開始して、動いている確たる証拠を残すためにスケッチブックに描き続けた。そして、油断したのかようやくゆいがいなくなると動き出すの目の端に視認出来たが、ゆいが近づくとまたたく間に元の龍の石像に戻る、何度やっても。


 ムッキー!ゆいは苛立ったが、たぶん怒っても意味が無いことは想像に難くない、それに、それをしてしまえば二度と龍が動いてくれないような気がした。


「ふーっ。」

 軽く深呼吸をして気持ちを落ち着かせて、森の精霊達と話し合った。


作戦1 

 気配を消し近づくこと。


作戦2

 動いている所を取り押さえ、言い逃れさせないこと。


 作戦3 

 スケッチブックを勝手に見たことを怒る事。

 

 この案件が最も高い重要ミッションである。

 ゆいは憤っていた。ちらっと見てしまうことならまだ許せるが、毎回コソコソと、ゆいにバレて無いと高をくくり、石像のフリをしてゆいの絵を断りも無く見てる事が許せなかった。それに加え、サンショウウオやうん○とまで言われたのだ、最悪である。最低だ。


「絶対に文句を言ってやる。」

 おしゃべりな森の精霊達は逐一龍の動向をゆいに話していた。

 ゆいも動物と普通に話す事ができる、普通の人間には分からないが、僅かな空気の振動、耳鳴り、空気の色、動物により会話の仕方が異なる。ゆいは龍の口元から流れる空気の波紋により龍が何を言っているのかを読み取っていた。


 ゆいは家に帰っても静かにプリプリ怒っていたので、心做しか暫く幾日かお爺ちゃん神様が妙に優しくなっていた。


「プリン食べるかの?」


「桃食べるかの?」


「ケーキ食べるかの?」


 ゆいはカロリーを考えるエネルギーに変え対策を練っていた。


「ふっふっふっ見てなさいよ!必ず動かぬ証拠を掴んでやる!」ゆいは、両手に握り拳を作りながら真上に上げ自室で声高に叫んだ。


 この場合、動いている証拠と言うべきであろう。



ーーー


 お爺ちゃんには、ゆいが病気になったりする度に体の中の気の調整をして貰っていた。


 お爺ちゃん曰く、ゆいは気の流れの掃流そうりゅう力が特に強いそうだ。ゆいの体の中には大小の気の塊がぐるぐる周るように、それは血管の中に塊ができるようなもので、放って置くと体を調整できなくなり詰まり出すと熱になり、体に危険信号となって教えてくれているそうだ。


 病気が直ると、常に自分で調整できるようにとお爺ちゃんが気の調整の仕方を教えてくれた。


 ゆいが覚えている熱が出た回数は2回だが、お爺ちゃんが言う事には1才と3才の時にもあったらしい。2年越に熱になっている。7才の時にも熱が出たが、体をお爺ちゃんと共に鍛えていたのと精霊と共に自然に存在する個と御魂みたまの存在と会話をして、自分の体質を改善させようと格闘したからか、大分楽な感じで熱がでて、ぐに治まった。


 看病して貰うと熱がでてるからか、頭がぼ〜とするからなのかお腹辺りがほわほわする。それが何故か心地良くて、そしてお爺ちゃん神様は、必ず看病の合間にプリンを作って食べさせてくれる。プリンは普段よりも、より美味しく感じた。だが、熱が出るたびにお爺ちゃんに看病して貰うのは単純に申し訳なく思う。

 

 次に熱がでるのはおそらく9才の時。しかし、もうその心配は無さそうだ。たぶん。


 ゆいは、現在体の中の気の流れを常に感じるまでになっており、それが精霊と共に繰り出す精霊術と切っても切れない因果関係にある事がわかっている。


 気を巡る掃流と、精霊が織り成す大自然の恩恵の力が上手くバトンパスできないと魔法は体現出来ない。


 見た目は簡単だが簡単ではないのが精霊術と呼ばれる秘術である。ゆいは、また熱を出してお爺ちゃんに迷惑をかけられないとして、必死になって精霊術を体得たいとくした。


 ゆいは、゛開かずの森゛と、ここを知る人に陰でささやかれている森で、精霊と共に龍に気取られず近づく事に特化すべく修行に明け暮れる。

 

 人間の言語で言えば、それに近い音が精霊語である。


 語尾で種族が変わる

〈ピ〉の方は、光の精霊

〈キ。〉は植物の精霊

〈ヒ。〉は風の精霊

〈ギ。〉は闇の精霊

〈ド。〉は土の精霊

〈モ。〉は炎の精霊

〈ミ。〉は水の精霊


 ーーーーー


「こうやって近づくでしょ?」


イメージつき解説かいせつ


〈ピカピカ。光の屈折くっせつで気づかれるピ。〉


〈キ‥枯れ草かすったキ?〉


〈ヒュー‥風の操作そうさバランスが悪いヒ。〉


〈ド‥いっそ土壁つちかべを作ったらド?〉


〈モクモク‥炎の煙で煙幕(煙幕)作ればモ?〉


〈ギ‥龍に近づくの反対するギ〉


〈ミストのミ‥霧を作り近づくミ‥‥?〉


 地味にうるさく厳しい精霊達の指導が段々と激化する。


 ゆいは、土精霊の土壁を使いながら近づく案を採用して、それにとりかかる。


〈ボクの土壁を採用した点は見どころがあるド。〉


 土にも色々な種類がある。まずは土を手に取り感触を味わう。すると植物精霊が


〈土の良し悪しは植物にも関係があるんだキ。苔の下、木の根の下、落ち葉の下それぞれ土も特性が違うんだキ。まずは、そこに寝てる土の精霊を探してみてキ。〉


 土の精霊を土の中から探してみたら、それぞれ場所によって服は似ているが顔の色が微妙びみょうに違うとか、落ち葉の下に隠れていた精霊は日に焼けてなくて、肌の色がだいぶ肌白かった。


 そこで教えて貰ったのだが、ゆいの周りに常に飛んで教えてくれる様々な色に点滅し光っている精霊達は森の空気の濃さで光具合も強くなるそうだ。


 また、補足だが精霊は種族事に光る色が違う。光り、点滅できる精霊は精霊の元になる存在らしい。


金色 光の精霊

緑色 植物の精霊

白色 風の精霊

藍色 闇の精霊

茶色 土の精霊

赤色 炎の精霊 

水色 水の精霊


ーーーー


 ゆいは、土を粘土状ねんどじょうにする。


 コネコネ‥コネコネ‥

「カワイイ猫さんできあがり〜。」


「はっ!  しまった。」


 コネコネ‥コネコネ

「カワイイ象さんできあがりー!はっ! しまった。」


 コネコネ‥コネコネコネコネ

「う~ん頭の中でコネコネ作ると猫つくりたくなるなぁ。‥‥はい!猫の親子でーきた。」


 今日の作品、猫の親子と象1頭


ーーー

 次の日コップ 皿


 ゆいが作った象、猫の親子、コップ、皿をお爺ちゃん(神様)が火を扱い、これ迄の作品を焼いてくれた。


 火の温度が適度になるよう風を混ぜると良いらしい。 ちなみに、家の中にオーブン、庭にかまどはある。


 神様(お爺ちゃん)は、手をこねるように目に見えない空気の玉を作り、それを徐々に大きくし、丹田に力を入れると、そこを中心にして体の熱を出した。その熱を土の上に置いたゆいの作品達の真下にそそいだ。少し風がそよいだかと思ったら、いつの間にか地面の土の色が少し変化していた。各々の作品の周囲に、神様が出す熱気が満遍なく行き渡る。まるで、蜃気楼の様に作品の後ろの景色が揺らいだ。


 煙は出ていないが熱気が熱い。ゆいは、周囲の湿気を取り込んだかの様に、いつの間にか空気がカラカラになっている事に気がついた。


 「少し離れなさい。」

 神様は掌を逆向きにして空気を挟むようにし

 

 「厶ッ‥。」

 眉間に少ししわを寄せ、右手の掌で気のボールを放つ様に、空気の玉を再びゆいの作品辺りに投げ入れると、いつの間にか上空にわずかな黒雲が広がる。


 ゆいが瞬きをしてる間にミストの様な細かな雨がが辺りに振り注いだ。


 シャンッ。

 お爺ちゃんは左脇に挿していた日本刀を右手でゆいの作品に向い空気をなぎった。

 途端に、ゆいの作品が置いてあった辺りから土埃が舞い視界が悪くなる。


 右手に水平に持っていた刀は、いつの間にかさやに納められていた。


 「どうだ?焼いた方が良いじゃろ?」

 焼かれた土の作品は茶色から赤茶く変わり、ゆいから少し離れた所に置いてあるが、ゆいの気のせいなのか分からないが、僅かに縮み微弱に光沢を持ち輝いて見えた。


 「まだ熱いから触っては如何いかんぞ。」


 (うわ〜!)

 両手を頬にあて、いつも優しく色んな事を教えてくれるお爺ちゃん。いつもは うん。と返事をするゆいだったが、お爺ちゃんが凄くかっこ良く見え。

 (すごい、すごい、すごい〜!) 

 ゆいは、その場で小躍りした。


 その日から、前にも増してゆいはお爺ちゃんをとても尊敬するようになり、どこかで読んだ本の中のゆいが、カッコイイと思う人物の良い口調を真似て、お爺ちゃんに対して丁寧に受け答えをするように心がけた。


 ゆいは、開かずの森で幾日かを過ごし、土壁を作ったのち、土壁が重くて動かせないのと、かりに、龍の近くまで行っても見つかる事に気がついて、ゆいは土の精霊案、土壁を作り龍に近づく計画を断念した。



 ゆいは、敷き布団の上でゴロゴロと寝転びながら明日の計画を考えていた。


ーーー翌日早朝


 「いつもお爺ちゃんありがとう。プレゼントあげます。」

 コップと皿はお爺ちゃんにあげることにした。

 

 手渡されたコップと皿にびっくりして目を見開いたお爺ちゃんは、ゆいを優しく抱きしめて

「ありがとう、ゆいや。」と涙を薄っすらとにじませた。

 

 猫は玄関のポストの上に飾り、象さんはゆいの机の上で鉛筆を持ち上げていた。


 コップと皿は、この為だけに作られた飾り棚の中の中央を陣取っていた。因みにお爺ちゃん神様はいずれ、この棚の中にゆいのスケッチブックも置きたいと密かに考えていた。


 

 

 龍との出会い  決行 

 

ーーー゛開かずの森゛ーーー


 その日は朝から雨がしとしと降っていた。


 こんな日に‥‥。と龍が思っても仕方のない日だったが、昼には雨が小雨になり、その時ゆいは一冊のスケッチブックと絵の具、そして何かが入った籠、大きな傘を持って来ていた。

 森の中でゆいは、スケッチブックに絵を描いた下書きに、水彩絵の具で色を塗っていた。


 水彩絵の具を初めてみた龍は、いつもの様に巨像のフリをしていたが、心の中はとてもソワソワしていた。


 ゆいが、水に筆をカチャカチャしてうつむくたびに、ゆいの方をチラチラと見ていた。


 ゆいは、龍を焦らしてそうしているのかではないが、色んな色が置かれたパレットの中をたっぷりと水を含んだ筆を何度もスケッチブックの上を走らせているのを見ると、龍は焦らされているみたいにイライラした。



 ‥遠くて良く見えないな。


 小雨が降りそそぐ中、傘を持ち雨で絵が濡れないように、大きな傘を差しながら熱心に絵を描く姿に、龍は心を討たれていた。


 降りしきる雨は、龍の頬を絶えず流れていたが、ソレが雨のせいなのかは分からない位に龍は心を震わせていた。


 目から ポロポロ、ポロポロ何かが落ちる、 落ちている気がする。



 最初は一つぶが流れた。

『‥‥‥‥?』


『‥‥‥?何だろう。』

 巨像になっている龍は、なにかが目の中から出ている事に気がついた。


『‥‥‥‥‥気のせいか。』

 降りしきる雨は龍の目から出る何かをまたたく間にぬぐい去った。


 折り畳み椅子に座るゆいを再び見る龍。

 いつもならほんの少し首の角度を変えるだけで、ゆいの描く絵を逆さまながら覗く事が出来たが、今日は大きな傘が邪魔でそれができない。


 喉の辺りが水を欲しがるように震える。


 もどかしい。

 近くにいるのに、酷く遠くにいる様な気がした。


 傘が邪魔だ。ほんの一吹き吹けばあんな傘なんて吹き飛ばす事が出来るのに‥‥。

 

 ポタポタと龍の顎からまた流れ落ちる。

 雨のようで何かが違う。喉が締め付けられる様な気がした‥‥。


 カチャカチャと筆が水の中で鳴る。

 龍は少し上を見て、雨が落ちる様子を見た。

 雨は、相変わらず激しくなった訳では無く相変わらず降っている。


 これは何だ‥‥‥。な‥み‥だ‥‥?私は泣いているのか?

 悲しいのか‥‥?

 何が‥‥。 

 ‥もどかしい、もういっその事あのゆいという娘を食ってやろうか。


 《ザーザーザー。》

 食わないでと言うように雨が激しくなってきた。ゆいは、筆を持つ手を強く握りしめながら絵に一心不乱に着色していた。


 ‥‥もはや、雨なのか涙なのかどうでも良くなり龍は目から出る涙を流れるままにさせゆいを見つめ続けていた。

 

 《ザーザーザー。》

 雨は降りそそぐ。

 

 龍が初めてゆいに会ったのは2年前。

 久しぶりの人。人は悪に染まる欲深い生き物、それが龍の人なる種族への認識だった。


 ゆいを初めて見た龍は、ゆいが小さく、か細く、小枝のように直ぐに折れそうだと思った。


 出会った当初、本能で食べようとした瞬間にゆいの腹の虫が鳴り、思わず体を固めた龍は、ゆいを食べるのをのがしてしまった。今までとは勝手が違い、食べにくい生き物、タイミングが合わない。食べようとすれば気が削がれる。やりにくいと思った。

 

 暫くすると、この子には悪意がない。それに気がついたのは、ゆいと出会って間もない時だった。良く晴れた日、ゆいはおにぎりを5個持って来た。


 「食べる?」

 ゆいは、お握りを右手に持ち私の方を見ながら聞いてきた。勿論微動だにしない私を見て、肩を落としたゆいは、一人で2個のおにぎりを頬張ると、残り3つを食べ残し家に持ち帰っていなくなった。

 

 次の日は、サンドイッチを持って来た。


「これは卵サンド、これはカツサンド、これは、野菜サンド。ん‥‥食べる?」

 入れ物ごと持ち上げて見せる。私が動かずにいると、溜息をつき、黙々と食べてから森の中でひとしきり遊ぶと帰っていった。


「この葉っぱ食べる?」

 数日後、バッタが食べるススキの葉やら、キャベツの葉、菜っ葉、この辺にはあまり無い葉を台座の横に乗せ森の中に行くと暫くすると帰っていった。葉っぱは台座の横に置き忘れたまま。


 次は籠にみかん、林檎、葡萄、桃、色取り取りの色んな種類の果物を入れ持ってきた。


『ゴクッ。』

 その時桃を見た瞬間、私の喉が意図せずに鳴った。


 景色が揺らぎ、

「悪意ある人を食べたくないなら、せめてコレを食べて見ないか?」

 籠の中には沢山の桃。

 頭の中で、遠い記憶の中の忘れていた友の声が聞こえてきた。顔は思い出せない。



ーーーーーーー

《パラパラパラパラパラパラ》

 いつの間にか小雨になり、雨の降りそそぐ中、追憶の記憶の中の友は何という名前だったか‥。左手に桃を掌に乗せ、右手に籠を持ち、中には沢山の桃。爽やかに笑った友の名前顔を思い出せずにいた。



(『ッ!』)

 龍は動いてはならない時に目を見開いた。


 思い出した。

 ー結牙(ゆいが)ー。それが男の名前であったことを。


 ゆいと出会った後何かが気になった。ゆいと結牙、思い出せなかったが響きの似通った名前。あの家の一族はゆいという名前にこだわりがあり、似通った名前を皆につけていた。あの家の所縁ゆかりの子供か‥‥。人懐こく黄龍を大事にする一族。


 はたと記憶の回想から現実に戻り、気がつくとゆいはいなくなっていた。広げた傘の下には濡れないように描き終った絵が置いてあった。

 

 龍は即座に周囲を見渡し、ゆいがいないのを確認すると、台座から降り絵を近くで眺めた。


 『なんて立派な(うろこ)だろう。』

 龍は絵を見て感動していた。

 絵には龍の鱗が画面いっぱいに描かれ、色とりどりに着色が施されていた。しかし、悲しいかな折り畳み椅子に置かれたスケッチブックの端は少し濡れており不安定に置かれていた。


 雨に濡れないように開いたままの傘の持ち手に大きめの石が置かれていた。


 こんな雨に傘も差さずにとは思ったが、ここは森の中、木が傘の役割もする。


『何処かで雨宿りをしているのか。』


‥雨宿り‥雨が降りそそぐ雨模様〜‥。  

 ふと遠くでゆいの歌声が聴こえたかと思ったが次第に遠ざかっていった。


 『森の奥に行ったか。』少し寂しさを覚えながら遠くを見やると不意に森の中を突風が吹き荒れた。


 《バサバサバサバサバサバサバサバサバサ》 

 物凄い風に木々が揺れ、椅子とスケッチブックが倒れ傘は飛んでいくーッ。その瞬間傘の持ち手を龍がくわえた。


《パキッ!》

 傘の持ち手を軽く噛んだつもりだが、咄嗟とっさのことで歯に力を入れすぎてヒビを入れてしまった。


ーしまった!!龍は目を見開き雨で濡れた体が慌てた拍子に、スケッチブックを大きな体で踏んづけてしまっていた。


《バサバサバサバサ。》風の音か?

「ーッ!」

「つーかまえた!!」

 龍の背に鷹の足から降りたゆいは、まだ硬化していない龍の体の上に着地した。龍は暖かく苔臭く、ゆいが背中に乗った途端に、驚いた勢いで龍がひっくり返したバケツの色水が龍の足と腹に豪快に掛かった。


 その日、ゆいは龍により5冊目のスケッチブックを駄目にしたが、2年と数週間を費やし成し遂げたかった龍との会合をようやく果たす事が出来た。


 龍は小さな手に導かれて、ゆいの家の庭で滝のシャワーを浴び、ゆいに無理やりブラッシングをされて長年の垢と苔を取ってもらった。

 

 龍は元から光り輝く能力を持っていたので汚れは黄金色に光っている間は気にならなかったが、流石に泥と絵の具で汚れたからきれいに洗うと顎の毛、鱗の隙間から出てる毛、首の後ろの並々とした毛が滑らかに艶もでて、磨くとフワッフワッになった。鱗は触ると黄色で硬いが、弾力がある。鱗は、龍で言う所の爪の様なもので、大きくなると自然に落ちて小さな小皿位の大きさになるそうだ。

 

 ゆいが先程持っていた籠の中には、沢山の桃が入っていた。


「食わず嫌いは駄目だよ体がでかい分沢山食べなきゃ。」

 ゆいは左手に籠を持ちながら右手で桃を掴んで龍の顔の前まで持ってきた。


 ゆいの言葉に、不意に遠い過去の友人の顔が浮かんできた。


 「桃好きでしょ?前に桃むいたら、わたしが食べる時だけ目をつぶってたでしょ?」

 龍は戸惑うようにしながら口を開け咀嚼そしゃくした。

 

 シャクシャク。

『ゴックン。』

 桃を噛むと甘く果汁が噛むたびに溢れ出す。


 シャクシャクシャクシャクシャクシャク 

 タイミング良くゆいが龍の口に入れていく。

 シャクシャクシャクシャクシャクシャク


『ゴックン。』

 ポロポロ ポロポロ ポロポロ

 これは、嬉し涙なのか‥‥‥‥‥?

 龍は頭をかたむけて考え込んだ。


======


「悪い人は食べてしまいなさい。」

「私が悪いと言う人は、悪いのだから食べてしまいなさい。」

『人を食べたくない?何それ変わってるね。』

『人を食べるから世の中が上手く廻るんだよ。』

「世の中悪い人ばかりじゃないよ。」

「悪人が少しはいないと、世の中は平和にならないんじゃないかな?ほらっ。いましめは必要だろ。」


 色んな人の言葉が不意に龍の頭の中を駆け巡った。


 何が必要で、何が不要とかでは無く。自分はどう生きたいか。どうありたいか。誰と生きていたいか。過去のその感情を思い出した。


 龍は、ゆいという小さな子供の献身的な盲目的な、もしくは病的な程のたくましい執念に、かつての友゛結牙゛(ゆいが)の正義感が溢れる人柄、人を疑わない、疑う事を知らない純粋な青年を思い出した。


 ゆいの中に、心暖まるかつての友を連想させた。また、ゆいを見ても衝動的に食べようと思う心にならないだろうと思った。

 

 その安堵からだろうか、

 ポロポロ ポロポロ ポロポロポロ ポロ

              

 龍の目から生まれ落ちた滴はポタポタと落ちた。


 しかし、龍は龍の存在は悪人を食べるものと神様に言い聞かされてきた事も思い出した。


 だから、ゆいがいつか悪人になれば食べてしまうかもしれないと。自分自身を信じる事ができないでいた。

 

 ゆいはそんな龍を見て、

「そんなにおいしい?ん‥あんまり我慢するからだよ。初めて食べるの?体でかいもんね。足りる?」

 そう言った。


 その日から龍はゆいとずっと仲良くしたいと思ったのであった。

ー追伸

 ゆいは、スケッチブックを汚されたことについては少しも怒らなかった。


 それは何故か、鱗以外の絵は切り離して別の所にあり、そして龍が゛龍の鱗゛と言っていたのは、実は鱗を描いたのではなかった。鱗もどきは森の手前の並木道、そこに生えていた大きな松の木、それを鉛筆を横にし、ひたすらシャシャシャとこすって写した松の木の模様であったのだが、龍の鱗に似てるかもと思い付き使ったのである。ゆいは、龍の鱗は描いてない。

やっと終った。


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