聞き慣れた声
マイナバードはガルボの為に踊り続けた。
店で使っていたヒールは既に折れ、使い物にならなくなったので捨てた。
足は疲労でむくみ、靴を履ける状態ではなかったので裸足で踊った。
毛羽だった床板のとげが刺さり鈍い痛みが足裏を襲うが、それもすぐに感じなくなった。
全身全霊をかけて踊り続けても「何か違う」を繰り返す男に、マイナバードは焦っていた。
思いつく限りのことを試した。
手始めに化粧を変えた。
髪型を変えた。
ネイルを変えた。
衣装を変えた。
しかし、男は違うという。
最後の手段でパラキートの真似をしてみると、これはガルボの機嫌をどん底に突き落とした。
「イーナ。外の空気を吸ってくるといい。僕も絵の具を買い足してくるから」
外に追いやられ、なんとなしに空を見上げてみて、そういえば太陽を見るのは久しぶりだとぼんやりと思った。
朝陽がまぶしいと感じながら、あてもなく歩きたどりついた先は、皮肉にも『黒縁眼鏡』だった。
「自分の家に帰りなさいよね」
己の行動にあきれながら、マイナバードはクローズの札の掛った扉を引いた。
鍵がかかっているはずの扉は容易に開き、難なく彼女を迎え入れた。
「……不用心ね」
マイナバードは静まり返った店内にそっと足を踏み入れた。
なんとなく足音を立てないようにしてしまう。
客のいない店内は夜の姿など忘れたように静かだ。
数段高い位置に作られた小さなステージは、足を上げればすぐに登れる。
しかし、足が動かない。
ぼんやりと立ち尽くすマイナバードに声がかけられた。
「マイン!」
「っ」
驚くことはない、店にクローズの札がかかっていたとしても扉が開いていたのなら、中に店主がいることは必然だ。
そんなことにも頭が回らない程自分は疲れていたのだろうか。
マイナバードは焦がれていた、しかし同時に聞きたくなかった男の声にとっさに体が逃げ出した。
けれど、痛んだ足裏は力を込めた途端に体を支える事を拒否した。
傾いだ体が床にたたきつけられることを覚悟して、新たな痛みに目を閉じたがそれが来ることはなく、代わりに逞しい腕とよく知った香りが鼻孔をついた。
そして、憎たらしい程に遠慮のない言葉がふってくる。
「おい、馬鹿。なにしてるんだ危ないだろう!」
ああ、うるさい。
うるさいが、久しぶりに感じる体温にマイナバードは自分の体が冷えていたことに気が付いた。
温いわ。まるでぬるま湯につかっているみたい。
「おい、マイン? マイン!」
自分の名前を必死に呼ぶカンの声を聴きながら、マイナバードは夢見心地で意識をてばなした。
やっとカンだせた。