06 フェン
無事赤亀を倒したが、問題の鉄鋼石は見つかっていなかった。
別の鉱山へ行こうかとベンターに相談したが、もう必要ないらしい。
「大丈夫だ。鉄鋼石は別の鍛冶屋に売ってもらう。売れる石も交換する石も、たくさん手に入ったからな」
鍛冶士のベンターは、スキルに"収納"を修得している。
赤亀の赤幻石はもちろんのこと、周囲に光っていた宝石を手当たり次第"収納"していった。
「さてと、石は十分手に入れた。そろそろ帰るとするか」
ベンターは満足気に俺達に呼びかけ、鉱山を出発した。
帰り道リンが野良ゴブリンを倒すと、剣をドロップした。
「先生!是非町へ帰ってからも、私に指導お願いします!」
剣を失っていた俺に渡してくれたが、一言添えられた。
赤亀を倒してから、リンの俺を見る目が変わっている。
たいした敵ではなかったのだが・・・。
また夜がきて、キャンプを設営する。
リンはフェンを枕にして眠っていた。二人はいつの間にか仲良くなっていた。
「グレン、助かった。あんたのおかげで無事生き延びて、さらには伝説の赤幻石を手に入れることができた」
ベンターは今夜もリンに毛布をかけながら、改めて俺に感謝を述べてきた。
「いや、俺は護衛の依頼をこなしただけだ。石を見つけられたのはベンターの運が良かったからで、俺は感謝される謂れはない」
「そんなことはない。あんたがいなかったら、いや、あんたでなかったら俺とリンは死んでいた。あんたがどう考えようと、俺はそう思う。」
ベンターは姿勢を改め、俺をまっすぐ見る。
「町へ帰ったら、少なくとも1週間は出ていかないでくれ。あんたの剣を打つ。いや、打たせて欲しい。頼む」
「・・・ありがとう。そこまで言われたら、何も言えないよ。こっちこそ頼む。俺の剣を打ってくれ。」
俺たちは互いに恥ずかしくなってしまい、頭を掻いた。
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夜が明け、帰路を進む。
昼頃にはサガミが見えてきた。
だが近づくと、様子が少し異なっていた。
「あれ?入口の所に兵隊さんが立っているよ?」
入り口に兵隊が立っていた。ベンターが声をかける。
「どうした?何かあったのか?」
「町の人間か?魔族襲撃の防衛だ。詳しい説明は中で聞いてくれ。」
「魔族の襲撃だと!?」
すぐさま町に入ると、簡易の駐屯地が作られていた。入口に座っている女性に話を聞いた。
「占い師の予言で、このサガミの町に魔族が襲撃することがわかりました。首都カイからすでに応援が来ており、セントラル・シナノからも応援が向かってきております」
大勢の兵士が戦闘準備を進めていた。各国協力してサガミを魔族から防衛するつもりのようだ。
女性に話を聞いたベンターは、魔族の襲撃までに俺の剣を作ると言い残し工房へ戻っていった。
「戦闘を可能な方は、こちらで名前、職業、冒険者であればランクをご記入ください。私達で役割を振り分けさせていただきます。是非協力お願いします」
「グレン、どうする?関わるのか?」
「ああ、もちろん。力になれるかはわからないけど、できる限りのことはしたい。町の人とも親しくなったしな」
リン、ベンターはもちろんのこと、清掃等の依頼をくれた人達含めてたくさんの人と交流してきた。
町の人にとっては大したことないだろうけれど、森で20年誰とも関わらなかった俺にとっては大事なことだった。
「・・・まあそうだよな。今更関わるなとは言わねえよ」
フェンはどこかあきらめた様子だった。
俺とリンは記入した用紙を再度女性に手渡す。
受付の女性がそれを見て、俺達に役割を振り分ける。
リンは町の外へ出て前線で魔族撃退、俺は後方支援で町民の避難支援だった。
「えっ!?なんで先生が後方で私が前線!?おかしくないですか!?」
リンはすがるような眼で訴えかけてきた。
「いや、しょうがないだろう。リンは冒険者登録していないとはいえ上級職。俺は下級職の戦士でさらにE級。真っ当じゃないか?」
「真っ当じゃないですよ!絶対おかしいです!先生はあんな大きい赤亀を倒したのに!!」
リンは首をぶんぶん振っていた。少し涙目になっていた。
「大きい赤亀?聞いたことのないモンスターだな。強かったのか?そいつは」
金髪の大男が話かけてきた。
「いや、この子が勘違いしているだけだ。強くはなかった。俺は下級職のE級だからな」
「そうか?なんかお前、強そうにみえるけどな。・・・俺はガイ。お前、俺と稽古してみねえか?」
男は指を鳴らしながら俺に近づいてきた。フェンは男を睨みつけていた。
「・・・おいガイ!道草くってんじゃねえ!行くぞ!!」
ガイの後方から、長髪の男が声をかけてきた。
「おおっと、わりいバルバ。今行く!」
ガイは去り際に振りむき、"また今度な"と一言残して去っていった。
バルバと呼ばれた男は、遠くからでも自信に満ちた様子が伺えた。よほどの実力者なのだろうか。
「あの二人の冒険者は、ここにいる人間で最強の二人。共に神級、拳鬼ガイと闘神バルバトスよ」
鎧を着た長身の女性が声をかけてきた。
「私はミスト。首都カイから来た防衛軍のリーダーよ。職は神職じゃなくて、上級職の騎士だけどね。よろしく」
「よろしくお願いします!私はリン、この方は先生のグレンさんです。よろしくお願いします!」
同性で嬉しかったのか、リンは上機嫌だった。
「さっそくなんだけど、今から作戦会議をおこなうのよ。リンちゃん、私と一緒に来てくれない?」
「えっ?先生は?」
「今回の作戦会議は前線部隊のみで行うのよ。グレンさんは、引き続き受付から役割内容を聞いておいてね」
ミストとリンは去っていき、俺とフェンは受付の女性から引き続き役割内容を聞いていった。
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時は少し遡る。
グレン達がエンドの森を出てサガミの町へ着いた日。
到着後すぐに別行動となったフェンは路地裏を歩いていた。
「スキャット、そろそろいいんじゃねえか?」
フェンが振り向き誰もいない空間に声をかけると、空間が歪み扉が現れた。
ドアが開くと、ピエロの恰好をした者があらわれた。
「気づいておりましたか。さすが魔狼王様ですね。」
「そんな肩書もう俺にはいらねえよ。この真っ白の身体で、よく俺だってわかったな。」
「すぐわかりますよ、私はあなたを敬愛していますから。お会いできて嬉しいです。10年振りですね。」
フェンは顔を歪ませた。
「相変わらず気持ちわりい奴だ。・・・先に言っておくが、俺はもう魔界には戻らねえし、魔族のために戦うつもりはねえ。当然人間のために動くつもりもねえがな」
スキャットは表情を変えずに話を聞いている。
「だから、俺のことはほっとけ。お前らのは邪魔はしねえよ」
「・・・何故ですか?あなたは、あれほど人間を憎んでいたのに」
先の人魔大戦で、魔狼王フェンリルは先陣を切って人族と戦った。
何千、何万もの人間を殺した。
「もう俺の復讐は終わった。別にお前らに義理はねえから、手伝う理由もねえ」
フェンは言い切ったあと、思い出したかのように続けた。
「ああ、そういえば。お前らに関係あったのかもしれねえから一応言っておく。町の東で発生したモンスターの軍団は、邪魔だったから相棒と殲滅しちまった」
スキャットは目を大きく見開いた。
「え!?殲滅しちゃったんですか?そのモンスターパレードに合わせて、ヨルム様が攻める予定だったのに!」
耳を疑ったフェンは、口を開けたまま一瞬硬直してしまった。
「いきなり爆弾ぶちこんできやがったな。また戦争を始めようとしてんのか?」
「はっ!?言っちゃった!あっと、えっっと・・・はい」
スキャットは満面の笑みで言った。
ヨルムの強さをフェンは十分知っている。この町がどうなるかも想像できた。
「てめえら・・・。だが何度も言うが、俺はてめえらとは関わらねえぜ」
「・・・はい。残念ですが、承知いたしました」
うつむいたスキャットは、声を絞りだす。
「・・・先ほど言われた相棒とは、町へ一緒にきた人間のことですか?」
「ああ、その通りだ。・・・俺はてめえらとは関わりたくねえが、あいつがてめえらと関わるなら話は別だ。だから、俺達がこの町にいる間は攻めるのは止めとけ。ヨルムにもそう言っとけ」
「っ!どうして人間なんか!!・・・わかりました。ヨルム様がどう判断するのかはわかりませんが。伝えておきます」
だがフェンはヨルムの性格を知っている。
モンスターパレードを阻止したため別の準備をするのだろうが、近いうちに必ず攻めてくるだろう。
「魔狼王様。どうかまた、私達の元へ帰ってきてください。スキャットは、いつまでもお待ちしています」
スキャットは悲しげに笑みを浮かべ、再度空間に現れたドアの向こうに去っていった。
周囲は静寂に包まれる。
フェンはそのままスキャットの居なくなった空間を見つめていた。
「・・・はあ。森へ帰ろうぜ、グレン」
声は誰にも届かず、虚しく空に消えた。