10 サガミの戦い
辺りは陽が落ち、うす暗くなっていた。
ヨルムは町に入ると蛇から飛び降りた。
蛇は家と同程度の大きさに8つに分かれる。
1匹の蛇をその場に残し、その他は建物を消滅させながら扇状に散らばっていった。
残った1匹は、小さくなってヨルムの首へ巻き付いた。
「近いですね。楽しみです」
ヨルムは2つの強い気を察知していた。
一つは昔から知っているフェンリルの気。
ヨルムは、知らない気の方へと歩き出した。
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ベンターはいまだ剣を打ち続けている。
フェンはベンターの工房の前にいた。
「っ!・・・ちっ」
最初からフェンは匂いで戦場の状況を把握していた。
リンは前線とはいえ最後方に配属されており、魔族に殺される危険性は少なかった。
またヨルムの能力のことは知っており、町の入口から大きく横にそれていたため蟒蛇に捕食される危険も無いことはわかっていた。
だが戦況はヨルムの蟒蛇によって大きく変わった。
多くの兵が蟒蛇に食われ、免れた兵も多くが士気を失っていた。
人族は魔族に大分押さてれており、リンのいる部隊へと魔族が接近するのはもはや時間の問題であった。
そもそも、リンはヨルムの蟒蛇を見て正気を保っているのか不安になった。
「おいベンター!リンが危ねえ!俺はリンの元へ行く!!」
ベンターは一瞬金づちを止めて返答する。
「なに!?わかった、俺のことはいい!頼む!」
フェンは即座に駆け出した。
「ヨルムが向かう先は・・・。奴の目的はグレンか」
フェンはグレンの強さを知っている。だがヨルム相手ではどのような結果になるかわからなかった。
だがフェンは相棒を信じ、町の外へと向かっていった。
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俺は町の入口付近の明かりの灯った広場にいた。
周囲には同じ程度のランク、下級職の兵が10名ほど待機している。
作戦では魔族が1体でも町に入ってきたことを確認次第、魔族を抑える側と町民を首都カイへ避難させる側に分かれることになっていた。
できるだけ若い人に生きてほしいという理由から年長者である者が魔族を抑える側の役目を担っており、俺は兵の中で最年長であった。
奥から魔族が歩いて近づいてくるのが見えた。
だが魔族を見た兵達は我先にと全員町の奥へと散らばっていってしまった。
「えっ!?・・・くっ、仕方がないか。おい、そこの魔族、止まってくれ」
まず、襲撃にきた魔族の仲間か否かを確認する。
「お前は、町を襲ってきた盗賊達の仲間か⁉︎」
魔族は口を開けて固まっていた。
「はっ⁉︎・・・質問の意味がよくわかりません。襲ってきたのは間違いありませんが、盗賊ではありませんよ」
「盗賊ではない?では何故襲ってきたんだ⁉︎」
魔族が町を襲ってきた理由については、誰も話をしていなかった。てっきり盗賊の類だと思っていたのだが・・・。
「理由・・・ですか。今更魔族が人族を襲うのに、理由など必要でしょうか?」
"今更"の含む意味が俺にはわからない。俺が森にいる間に魔族と人族の間になにかあったのかもしれない。
だが、町を襲うのに理由がいらないはずはない。
「当たり前だ。理由が無いなら今すぐ町からでていくんだ」
「そういうわけにはいきません。では本当の理由を教えてもいいですが・・・あなたがフェンリルの相棒ですか?」
「・・・フェンリル?フェンのことか?」
俺の言葉を聞いて、魔族は顔を怒りに歪めた
「・・・フェンですか。たかが人間が、我らを愛称で呼ぶとは」
言った瞬間、魔族は踏み込んで拳で突いてきた。
俺はそれを掌で受け止めた。
「フェンを知っているのか?俺は魔族に恨みはない。このまま引いてくれないか?」
魔族にはフェンという親友がいる。
恨みは無いどころか、できれば魔族とは戦いたくはなかった。
「ふふっ。私の攻めた理由は簡単です。あなたを殺しに来たんですよ」
魔族は殴った拳を引いて回し蹴りを放ってきた。
俺はそれを後方へ避けた。
「俺を?・・・よくわからないが、俺も黙って殺されるわけにはいかない。全力で相手をさせてもらう」
相手は魔族。少なくともC級ダンジョンのボス以上の力があるはず。出し惜しみして勝てる相手ではない。
俺は剣を上段に構えた。
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巨大な黒い蛇が、町へと進んでいく。
私の目の前で、人が食われていった。
斬りかかった人も腰を抜かした人も、手を合わせて祈っている人も震えて立ち尽くす人も、等しく例外なくただ黒い蛇に飲まれていった。
その存在を私は呆然として眺めていた。
何もできなかった。する気がおきなかった。
私が戦おうと思っていたものは、こんな理不尽な存在ではなかった。
「た・・・たす・・け・・」
泣きながら助けを乞う人もいた。
だがその行為も何の意味もなさず、蛇は食らっていった。
この戦場は、まさしく地獄であった。
そして黒い蛇は町へと消えた。
私は膝から崩れ落ちた。蛇が町へ入ったことの意味を考えようともしなかった。
前線で、再び交戦の音が聞こえはじめた。
先刻までとは違い、戦う音が徐々に近づいてくる。
魔族が人族を押してきている。
それでも私は顔をあげることができなかった。
頭に浮かぶのは、数日前の鉱山へとみんなで旅をした楽しかった記憶だった。
「あぶない!!」
私に兵士が叫ぶ。
私は動くことができなかった。死を覚悟した。
・・・でも、死は待っても訪れなかった。
魔族が目の前で倒れ込む。
「なに呆けてんだ、リン」
顔をあげると、そこには真っ白で綺麗な犬がいた。
「・・・フェン君・・・・」
いつかみたく、私の目に涙が浮かんできた。鼻水も今にも出そうになった。
「おい、ちょっと待った。今はそんな状況じゃねえ。咥えてくぞ」
フェン君は私の腰のベルトを咥えて走り出した。
「えっ!?ちょっっ・・・フェン君!?」
私はフェン君に子犬のように運ばれていった。
しばらくそのまま走って、私は町の片隅に下ろされた。
「ここで待ってろ」
フェン君は再び町の外へ向きをかえた。
「待って、さっきはごめんなさい!私はもう大丈夫、私も戦わないと!!」
立ち上がろうとしたが、うまく立てなかった。
フェン君は私の方を振り向いてため息をついた。
「・・・リン。いいからここにいろ。戦争は俺が終わらせてくる」
フェン君はまっすぐ私を見て言った。
そんなこと不可能なはずなのに。
なぜか私は疑いもなく頷くと、フェン君は夜の闇へと消えていった。
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「---強撃!」
グレンは上段から剣を振り下ろした。剣は閃光を伴いヨルムを襲った。
剣はヨルムを肩から切り裂さいた。
・・・が、途中で剣が折れる。
「ぐっっ!・・・まさかこれ程の威力とは。驚きました。危ないところでしたね」
ヨルムは肩で止まった剣先を抜き、投げ捨てた。
「なに!?くっ・・・」
グレンは折れた剣を捨て、盾を構える。
「これは私も本気をださないと危なそうですね。・・・蟒蛇」
ヨルムが手をあげると、黒蛇がヨルムの元へと集まっていった。
首に巻かれた蛇も離れ、黒蛇と合わさって山のような大きさへと変化した。
「ではいただきます」
黒蛇がグレンを襲う。
「---ガード」
グレンは盾を構えた。
「ふふっ。そんな盾で蟒蛇を防ぐつもりですか?」
蟒蛇は、黒蛇に触れたものを例外なく存在ごと消滅させる。
防御など不可能であり、そのまま黒蛇は盾ごとグレンを食らって前進する。
・・・はずが、黒蛇はグレンの構えた盾に抑えられ、それ以上進むことができなかった。
「なっ!ばかな!あなたはいったい・・・」
グレンは蟒蛇を防ぎ続けていたが、剣が折れてしまったため攻撃に転じることができない。
ガードが破られるのは時間の問題だった。
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私達は馬を全力で走らせ、再びサガミの町へとやってきた。
町は既に荒らされていた。明かりの殆どが壊されており、夜の闇が町を覆っていた。
住人に話を聞くと、蛇のような魔族が何匹も建物を壊して廻っていたらしい。
蛇はいなくなったようだがほとんどの家屋が倒壊しており、ひとまず住民の救助が最優先だった。
「----エリアヒール」
聖女である私のスキル、エリアヒールはほぼこの町全域の人族が効果範囲になる。身体の傷は癒すことができた。
「ひっ・・蛇が・・あああああ」
だが心の傷は癒せない。今でも震えて動けない者は多い筈だ。
「シスタ、分かれて先に住民を避難させよう!」
一緒に町へ来た守護神カムドが馬上から叫ぶ。
私とカムドは分かれて町を廻る。
馬を走らせると、倒壊した工房が目に入った。
「おい、誰か・・・誰かいねーか‼︎」
倒れた工房から声が聞こえた。
馬から降り周囲を探索すると、年配の職人が建物の下敷きになっていた。
傷はエリアヒールによって癒えているようだが、瓦礫が邪魔で動けないようだ。
「今すぐどかします!」
「いや、それよりも頼む!今すぐこの剣をグレンって男に渡しに行ってくれ!」
職人の手には鞘に入った巨大な剣が握られていた。
その強い眼差しに、私は否定することができなかった。
「わかりました。どんな方か特徴を教えてください」
職人から剣を受け取り、再度馬に乗って町を再び駆ける。
すると、遠目に山のような蛇が現れた。
山は何か小さな物に押さえつけられているように見える。
身体に悪寒が走った。
あれが町民達の言っていた黒蛇。
そして、おそらく四魔天蛇竜王ヨルム。
あんなもの相手では、今いる兵力では戦いにすらならない。
ひとまず町民を避難させるのが先だ。
振り向こうとしたその時、急に周囲が明るくなった。
「っ!あれは‼︎」
振り向くのを止めて、私は馬を全速力で駆けさせる。
光に照らされたその先で、黒蛇は一人の人間に襲い掛かっていた。
その人間、黒髪の男の後姿を見た私は、いつの間にか四魔天への恐怖など消え去っていた。
その人の後ろ姿を、私は知っていた。
死を覚悟した私を、救ってくれた英雄。
剣を手に持ち替えて、全力でその名を叫んだ。
「グレン様‼︎」
私は、渾身の力で剣を投げた。




